第65話 吾妻君のバイト先

 吾妻君がカフェでバイトを始めてから、実は心配でしょうがなかったりする。私がバイトしているご近所に根付いた(おじさんおばさんが常連の)喫茶店と違って、話に聞くとお洒落なカフェらしいし、夜にはバーにもなるらしいし、綺麗なお姉さん達がいっぱい来そうじゃない? ホロ酔いで大胆になった綺麗なお姉さんが、吾妻君に迫ったりするんじゃないかって、吾妻君には言えないけどモヤモヤしまくりだった。


 しかもその上、舞先輩っていう隠し玉まで現れて、私の心配はピークに達した。


「そんな心配いらないって」

「そうそう、修斗はまぁ一部の女子にはウケるけど、大多数の女子は怖がって近寄りもしないから」

「莉奈ちゃんが特別なんであって、普通は恐怖の対象だから」


 吾妻君がバイトに行ってから、私は佳苗ちゃんと遥君のおうちにお邪魔していた。二人のお邪魔じゃないかなって、最初は辞退したんだけど、私があまりにドンヨリしてたから、佳苗ちゃんに押しに押されて遥君のおうちに到着してしまった。

 そして私の心配事を洗いざらい吐かされ、佳苗ちゃんと遥君に慰められてる今に至る訳。


「それに、修斗が女子に興味持ったのなんて、莉奈が初めてだから。あいつ、ホモかって思うくらい女子に興味なかったし、数少ない肉食女子からの性的アピールも、普通にスルーしてたからね。据え膳すらなかったよね、遥」

「なかった。なかった。意味わかんないくらいスルーだった」

「意味わかんだろうが! だからあんたは! 」

「カナと付き合ってからは据え膳には手をつけてないじゃん。俺って結構一途よ」

「それまでが酷すぎるの」


 佳苗ちゃんは遠慮なく遥君のコメカミをグリグリし、遥君はダメージを受けていないかのようににこやかに笑ってる。少し嬉しそうに見えるのは、もしかしてMな人なんだろうか?


「百聞は一見にしかずだよ」


 遥君と佳苗ちゃんに押しきられるように、遥君の車に便乗して吾妻君のバイト先に向かった。


 大学(吾妻君の地元)から数駅離れた少し大きな駅の駅近にそのお店はあった。飲み屋や食べ物屋、上の階にはフィットネスジムも入っているビルの一階(半地下だからB1? )にあって、中に入るとまさにカフェって感じのシックな内装の店だった。夜にバーになる為か、中二階(多分一階? )にはゆったりとした空間に二人掛けのソファー席がある程度の間隔を開けて置かれていた。一階(半地下)はカウンターと椅子席からなっていた。全体的にアースカラーで統一された店内はシックで落ち着きがあり、いかにもサラリーマンやOLが来そうな感じだった。


「あ、ほら修斗いた」


 佳苗ちゃんが手を振ると、吾妻君はすぐに気がついて来てくれた。店員の制服なんだろうけど、黒いズボンに白シャツって凄くシンプルな装いなのに、スタイルのいい吾妻君は誰よりもカッコ良く着こなしているように見えた。


「本当に来たのかよ」

「ほら、うちらはお客よ。席に案内しなさいよ」

「吾妻君、ごめんね。バイトの邪魔はしないから」


 やはり勝手に来たら迷惑だったかと、シュンとしてしまう。


「夜はガラが良くないから、カフェの時間内だったら問題ない。ここ、紅茶のレパートリーが豊富だから、伊藤は楽しめると思うよ」


 店の端の方の椅子席に案内され、水とお手拭きを渡される。テーブルにあるメニューを見ると、確かにコーヒーと同じくらい紅茶の銘柄も多数書かれており、それぞれ飲み方のお薦めまで載っていた。


「どうする? 軽い夕飯も食べちゃう? 」


 佳苗ちゃんと遥君はビーフシチューのセットメニューに食後にコーヒーを、私はオムライスに食後にロイヤルミルクティーを頼んだ。

 メニューに軽食と書いてあったわりに、しっかりとボリュームのある食事が運ばれてきて、カフェ飯というにはクオリティーが高かった。


「どうも、店長の佐伯です」

「こんにちは」


 吾妻君と同じ装いの男性が食後の飲み物を持ってきてくれた。

 三十半ばか後半くらいの男性で、身長は高めでヒョロッとしていた。タレ目がちで涙黒子に色気があり、遥君とどことなくイメージが被る気がする。


「吾妻君の友達なんだよね、これサービスのデザート。食べていってよ。お酒は出せないけど、十時までは未成年も入店可能だからゆっくりしていって」

「ありがとうございます」


 さすがに帰りを考えるとそこまではいられない。

 大学入学当初あった門限も、連絡を入れれば少しは遅くなってもよくなったし、サークルの集まりの時とかは深夜になることもあったけど、それはあくまでサークル関係の時だけだ。

 今日は佳苗ちゃんと夕飯を食べることを連絡してあるし、帰りも送ってくれるとは伝えてあるけど、そんなに遅くは無理だ。吾妻君がどんな風に働いているのか見ていたいけど。


 店長さんに再度お礼を言い、しばらく佳苗ちゃん達と無駄話をしつつくつろいでいると、照明が少し落とされ、BGMの雰囲気もかわった。ただそれだけなのに、なんか大人のテレトリーに入ってしまったかのような居心地の悪さを感じた。


 私が心配していたように、吾妻君がお客さんに声をかけられることもなく、最低限の会話というか注文をとるか来店退店の挨拶しかしてないようだ。それを見てホッとしつつ、今日は舞先輩はバイトに入っていないのか? と、辺りをキョロキョロ見ていると、お水を新しく交換しに吾妻君がテーブルにやってきた。


「そろそろ帰った方が良くないか? 酒提供する時間帯になるし、あんまりガラが良くない」


 ガラが悪い? さっきもそう言っていたけど、ガラが悪いと聞くと、不良がたむろっていたりとそういうのを想像するけど、特に不良っぽいお客さんは見当たらない。みなスーツをしっかり着込んで、きちんと仕事をしている大人といった感じだ。


「酒は頼まないから大丈夫。俺がいんだからOKっしょ。少しバーの雰囲気見たら帰るし」

「伊藤は帰りの電車もあんだから、あまり引き留めるなよ。ってか、ちゃんと駅まで送れよ」

「大丈夫、大丈夫。帰りは車でドライブがてら送るし。莉奈ちゃんちの近くで行きたい場所もあるしな。な、カナ」

「帰りは心配しないで大丈夫。車のが速いし、ここにも車できてるから」


 私も大丈夫だよという気持ちを込めて笑いかけると、吾妻君の眉間の皺が深くなった。不愉快とかじゃなくて、遅くなることを心配してくれてるようだ。吾妻君が食べ終わったデザートのお皿を片付けて下がると、しばらくしてから見覚えのある派手目な化粧をした舞先輩が、胸の谷間を強調するように白シャツの第2ボタンまで外して現れた。

 一度チラッと見ただけだけど、独特な色気を振り撒くその姿はかなり印象的で、見間違えようがなかった。店長と話していた舞先輩は、私達のテーブルに目を向けると、わざとらしく口角を上げて近寄ってきた。飲食店勤務とは思えないきつい香水の香りがする。


「あんた達、未成年が来るとこじゃないわよ」

「ちっす」


 遥君がにこやかに笑顔を浮かべると、舞先輩は座っている遥君の横に立ち、ごく自然に肩に手を置く。佳苗ちゃんは笑顔のまま眉がピクリと上がった。


「遥、今度一人でいらっしゃいよ。あんたなら未成年には見えないからお酒だしてあげるから。ほら、昔は二人でイ・タ・ズ・ラしたじゃない? 」


 佳苗ちゃんの眉が更に上がる。


「やだなぁ、彼女に誤解されるような言い方しないでくださいよ。あの時はカナが相手してくれなくて、そこそこ荒れてましたしね。酒でも飲んで盛り上げないと、勃つもんも勃たないっていうか」

「あら、かなり元気だったような気がするけど」

「そうっすか? 多分通常サイズの二割減くらいだったと思いますよ。硬さは三割減だったかな。なぁ、カナ? 」

「私が知るか! 」


 遥君が笑顔で下品な会話してる。

 みんな笑顔なのに、場の雰囲気が氷点下だ。


「私、ちょっとお手洗い行ってくる」


 居たたまれなくて席を立った。

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