第64話 話すべきか、話さないべきか…吾妻君サイド
舞先輩がバイトに入ってから一週間。なぜかシフトが駄々かぶり(だから自分が教育係に指名されたのかと納得)で、ほんの数日なのに普通のバイト以上に疲れた。
あの人、バイトにきているのか、逆ナンにきているのか不明だ。人(男限定みたいだが)との距離感が異常に近くて、勘違いして毎日通ってくる男性客も多い。
あれはあれで店に貢献しているのか? と、どこまで注意するべきかわからない。
そのうち勘違いした客同士で喧嘩になるんじゃないか?
「吾妻君、なんか疲れてない? バイト入れすぎてない? 」
俺の眉間の皺を細い指で揉みほぐしながら、伊藤が俺を心配そうに見上げていた。
「確かに、最近付き合い悪いって遥も言ってたよ。にしても、修斗がカフェのバイト? ウェイターじゃなくて用心棒なんじゃないの?」
「まぁ、それも兼ねてるな。夜はバーになるから、酔っぱらいが勘違いしてウェイトレスにからんだりするし」
伊藤と佳苗の三人で昼飯を食っていたのに、ついつい疲れてボーッと考え事をしてしまっていた。
横に座る伊藤を見て、そういえば同じバイト先に舞先輩が入ってきたことを伊藤に伝えていなかったなと思い当たった。ただの(迷惑な)バイト仲間だし、変に心配させるのも……。でも言わないで後でわかるのもな。
「そうなの? 吾妻君はからまれたりしない? 」
「修斗にからむ強者はいないよ。見るからにアレじゃん」
「アレって何だ」
佳苗はムシャムシャとA定食を頬張りながら、「カタギには見えないよね」と伊藤に同意を求め、伊藤は困ったように笑っていた。そこは否定してくれないんだな。いつも男らしいとかカッコいい(あくまで伊藤目線だ。俺はそんな勘違いはしていないからな)って言ってくれるのに。
「こんどさ、修斗のバイト先に行ってみようよ」
「アホか、夜はバーになるんだからな。酔っぱらいばっかだぞ」
「なら遥も連れて行くなら大丈夫でしょ」
まぁ、遥も一緒なら来るのは良いとして、やっぱり問題はアレだよな。向坂舞。伊藤に勘違いされるのは嫌だから、話しておかないとだよな。
「遥が一緒ならな。そういや、この間バイト先に新人が入ったんだけど、高校の先輩だった」
「へぇ、私も知ってる人? 」
「向坂舞、二つ上の先輩だ」
佳苗の眉がピクリと跳ね上がる。舞先輩として有名な彼女、プールでも挨拶したくらいだから知ってるんだろう。
「大丈夫なの? 」
何が? と聞かなくてもわかる。高校時代もエロい意味でちょっかいかけられていたし、またまとわりつかれてるんじゃないか……ってことだよな。
「大丈夫だ」
基本、バイト先でしか会わないし、人前で襲われるようなこともないだろう。俺がしっかり拒否ってればいい話で、舞先輩が全裸で目の前に現れても無反応でいられる自信あるしな。
「……舞先輩? 」
伊藤の瞳が不安気に揺れた。夏に一度会った(見かけた? )だけだが、あまり良い印象はないんだろう。
「あの人、色んな面で奔放過ぎる人だけど、俺にだけじゃないし、無視してれば問題ないから」
本当に? と言うように見上げてくる伊藤は、抱き締めたいくらい可愛くて、ここが食堂じゃなかったら抱き締めてキスして……いや、想像するのはマズイ! こんなとこで元気になってる場合じゃない。
「よし、じゃあ修斗のバイト先に突撃しよう! 修斗のおごりで」
「おまえな」
伊藤にならいくらでも払うけどな、佳苗と遥は自力で飲食してくれ。
とりあえず、佳苗にデコピンしておいた。佳苗は大袈裟に痛がり、それが可笑しかったのか、伊藤の顔に笑顔が戻った。
★★★
「ところで吾妻君、あの可愛い少女達は君の何? 」
わかってはいたが、佳苗の行動力は半端なく、今日の今日バイト先に突撃してきやがった。伊藤と佳苗だけでなく遥もいるのだが、店長の目には女子二人しか映ってないらしい。
「友達と彼女っす。少女達って、大学生ですからね」
「えっ! それもびっくりだけど、吾妻君、彼女いたの?!どっちの子」
可愛い方……は個人の認識の相違があるからな。俺にとっては大正解だけど、店長はどちらかというと顔よりスタイル重視なとこあるみたいだし。
「フワフワした茶色い髪の毛の方っす」
無難に見た感じで伝えてみた。店長はびっくりしたように伊藤を見ると、挨拶してこようと言って、伊藤達のテーブルへ行ってしまった。
店長が何か言ったのか、伊藤が可愛い笑顔を浮かべており、俺は気になりながらも接客をしていた。
カフェの時間もそろそろ終わり、バータイムに変換する為に証明を徐々に落とし、BGMの雰囲気を代える。そろそろ舞先輩の出勤時間だが、先輩はしょっちゅう遅刻する。
「そろそろ帰った方が良くないか? 酒提供する時間帯になるし、あんまりガラが良くない」
オヤジ連中が飲みに来るというより、若いサラリーマンがナンパ目的で来る方が多い。さすがに早い時間はナンパも少ないが皆無ではないし、かなり強引にお持ち帰りしようと企む輩も少数だがいる。
「酒は頼まないから大丈夫。俺がいんだからOKっしょ。少しバーの雰囲気見たら帰るし」
いくら遥がいても、心配なものは心配だ。
「伊藤は帰りの電車もあんだから、あまり引き留めるなよ。ってか、ちゃんと駅まで送れよ」
「大丈夫、大丈夫。帰りは車でドライブがてら送るし。莉奈ちゃんちの近くで行きたい場所もあるしな。な、カナ」
「帰りは心配しないで大丈夫。車のが速いし、ここにも車できてるから」
やっぱり早く免許取りてぇな。伊藤を送るのが違う男ってのが癪だ。それがたとえ遥でも。
俺は伊藤達を気にしながらバイトを続け、そしてやはり遅刻して舞先輩がやってきた。
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