第62話 バイト…吾妻君サイド
大学の前期試験も終わり、二週間の試験休み、この間学祭の準備やら研究室の手伝いやらで、暇なようで暇じゃなかった。伊藤とも時間があった時はデートもしたが、雰囲気は良くてもなかなか場所が……。
伊藤の初めて(もちろん俺もだが)だから、変な場所は論外だし、お互いの家には人がいる。どうせなら記念になるように、日時や場所は厳選したい。
お互いの誕生日かクリスマスとかかなと思うが、伊藤は四月だからさすがにそこまで待つのは辛いし、俺は十二月二十五日。クリスマス&俺の誕生日じゃ、なんか俺だけのご褒美みたいで、伊藤に申し訳ないような気もする。一番近いイベントといえば、学祭かハロウィンだけど、なんか違くないか?
それで考えに考えた月間、クリスマスイブに的を絞った。泊まりなら、俺の誕生日にも一緒に過ごせるしな。
まだ二ヶ月ちょいあるけど、そこに向けてカテキョだけじゃなく、違うバイトも増やした。伊藤には車の免許取る為って伝えてある。それもまぁ考えてはいるから、全くの嘘って訳じゃない。春休みには免許合宿行くつもりだし、なにより伊藤を迎えに行ったり送ったりは俺がやりたいからな。
クリスマスプレゼントに宿泊費、免許取得に中古でも俺だけの車も欲しい。クソッ、金が全く足りない。
そんな訳で、今日も今日とてバイト三昧な訳だ。
「吾妻君、今日から新人が入るから、君、教育係よろしく」
「え? 俺も先週から入ったばっかっすけど」
先週から始めたカフェでのバイト。夜はバーになるから、俺が入っているのはカフェ一時間くらいと酒を提供するバーの時間帯。バーの時間帯は少しガラが悪くなるから、威嚇要員としとの採用だ。やるのはボーイの仕事だけどな。
「吾妻君なら大丈夫。俺が全部教えたしね」
店長はお気楽だ。俺がバイトに入ってからは、たまにフラフラと消えてしまう時がある。「なんかあったら電話ちょうだい」と言って、どこに消えているんだか。まぁ、香水の移り香をさせて帰ってくるから、お姉ちゃんのいる店に行っているんだろう。
店長は、「嫁さん怖い」からと、店を閉めると家に直帰する。そして自他共に認める女好きな店長があみだしたのが、休憩時間を少し延長(普通駄目だよな)して、仕事時間中にお姉ちゃんに接待されに行くらしい。俺がバイトに入ってくれたからできるとか言われたけど、そんなことの為にバイトしてるんじゃないんだが……。
ちゃらんぽらんで女好きなどうしようもない人(たった一週間での俺の評価額)だけど、悪い人ではない……と思いたい。
「今回のバイトの娘は、すっげぇナイスボディの美人ちゃんだから、お客さんにからまれたら助けてやってな。あ、うちは社内恋愛OKだけど、バイト時間内にチョメチョメは駄目だぞ」
チョメチョメって何だ?
社内恋愛って、俺には伊藤っていう可愛い彼女がいるんだが。
「店長、くだらないこと話してないで仕事してください」
「吾妻君がコワーイ! あ、来た。
店長のデレデレした視線の先には、クルクルした赤茶の髪の毛をかきあげながら濃い目の化粧をして立っていた舞先輩がいた。赤い唇がニッと上がり、身体をくねらせながら俺達のいるカウンターに近寄ってくる。
「どうもー。今日からお世話になります。店長、名字じゃなくて名前で呼んでくださいよ」
「えへへ、いいの? 舞ちゃん、じゃあさっそく制服に着替えてくれる? 吾妻君、ロッカー教えてあげて」
「ウフフ、よろしくね修斗」
「あれ? 知り合い? 」
キョトンとした店長に、舞先輩は艶然と微笑む。
「高校が同じなんです」
「そうなんだ。じゃあ余計都合がいいね。吾妻君が舞ちゃんに仕事教える係だから、わからないことがあったら彼に聞いて」
「はい」
知り合いというか、顔見知り?
別に親しくもないんだけどと思いながら、舞先輩をロッカーに案内する。ロッカーは男女共用、使用する時に使用中の札をかけることを説明する。用意してあった制服を渡すと、誰も使っていないロッカーを指差した。
「ここ使ってください」
「わかったわ」
「じゃ、出てるんで着替え終わったら声をかけてください」
「あら、別に出ていかなくてもいいわよ」
舞先輩がいきなり脱ぎ出そうとするから、俺は慌ててロッカー室を出た。しばらくしてから、舞先輩がロッカー室から顔を出した。
「終わったわよ」
「じゃあ……」
ドアを開けて、目の前に立った舞先輩を見て思考がフリーズする。
舞先輩は白シャツの第三ボタンまで全開にし、胸の谷間どころか黒いブラジャーまでチラ見え状態だった。
「ボタンは全部閉めてください」
「あら、閉まらないのよ。胸だけキツくて」
「じゃあ、もうワンサイズ上の出しますから」
制服がしまってある棚からLサイズのシャツを出す。
「Lサイズだと、肩とかガバガバになるから嫌なんだけどな」
知るか!
俺は無言で舞先輩にシャツを押し付けると、用意ができたら店にくるように伝えてロッカー室を出た。
思い出したぞ。あの先輩、高校の時もいやに胸を強調するように制服を着崩したり、やけにベタベタしてきて胸をおしつけてきた痴女の一人だ。先輩の彼女でやたらと俺に声かけてきてたのは何となく覚えていたけど、そうかあの痴女が舞先輩だったか。
高校の時、何故か肉食系女子にコナをかけられることが多かった。遥とかはそんな女子も適当にあしらってヤり逃げしてたみたいだけど、俺はそんな女子が苦手で、身体目当てみたいなのが気持ち悪いとすら思っていた。
近寄ってこられても、みんな同じ顔同じ格好にしか見えなくて、個人として認識する必要も感じていなかったからわからなかった。
うーん、バイトが一緒になったのは偶然なんだろうけど、かなり面倒くさいな。
「な、な、舞ちゃんってスタイル無茶苦茶良くね? あれ、何カップあんのかな。なぁなぁ、高校の時からあのナイスボディな訳? 」
フロアーに戻ると、店長が興奮気味に話しかけてくる。他のバイトの女子に、ナメクジを見るような目で見られてますよ。というか、女子の教育係はしてる女子の方がいいと思いますけど。
「知らないっすよ。上の学年だし、そんなに交流もなかったすから」
「おまえ、名前呼びされてたじゃん。彼女くらい美人ちゃんでボインちゃんなら、有名人だったんじゃないの? ヒョオ~ッ」
いきなり奇声を上げた店長に目をやると、舞先輩がいつの間にかフロアーにやってきて、店長の腕を胸で挟むようにして腕を組んでいた。
「や~だ~店長さん、それセクハラ~」
いや、あんたの行為こそセクハラだぞ。店長は鼻の下を伸ばして喜んでるようだがな。
「舞ちゃんお帰り~、制服似合うじゃん」
似合うも何も、シンプルに白いシャツに黒いタイトスカートだ。それに女子は赤い紐タイをしている。舞先輩は白シャツの第二ボタンまで外し、紐タイは緩く胸元に垂れていた。ちなみに男子は白シャツに黒のスラックス、黒の紐タイだ。
「先輩は、ボタンは上まで閉めてください」
「だから、キツイんだってば」
「Lサイズのシャツはどうしたんですか」
「あんな大きいのはブカブカ過ぎて可愛くないもん。店長さん、これじゃダメ~? 」
ピチピチのシャツは、ボタンが弾けそうだし、角度によってはブラジャーがボタンとボタンの間から見えてしまっている。
あれじゃ、酔っぱらいにからまれること間違いない。
この人って、自衛意識皆無かな?
「吾妻君~、固いこと言うなし。セクシーだからいいじゃ~ん」
「変な店と勘違いされますよ」
「大丈夫、大丈夫! なんかあれば、吾妻君が一睨みすれば万事解決っしょ」
店長の視線は舞先輩の胸に釘付けで、しかも自分から腕を押し付けているようだ。
「や~ん、店長のエッチィ。胸グリグリしちゃイヤ~ン」
だから……、そういう店じゃないだろ。数少ない客の視線すら集まっちゃってるし。
「今日は吾妻君の後について勉強して。テーブルの片付けとセッティング覚えようか」
「は~い」
初日は、ひたすら男性客に絡もうとする舞先輩をひっぺがし、ついでにやたらと俺にもひっついてくるのをブロックし、バイト以上に舞先輩の対応に疲れきってしまった。
というか、飲食店なんだから髪を結べ、爪を切れ、やたらとボディタッチをするな!
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