第61話 真性ロリ
夏休みが終わり、大学生活も再開した。
吾妻君との距離はさらに縮まり、吾妻君と私が付き合っているということが、同学年だけでなく他学年・他学部の学生にも周知の事実になりつつもあった。何で見ず知らずの人が……と思わなくないが、それだけ吾妻君が有名人ということだろう。
何故知れ渡っていることに気がついたかというと、あからさまに廊下から覗き見されることが多々あったり、吾妻君がいない時に声をかけられ、本当に吾妻君と付き合っているのか聞かれたりしたからだ。
私達の進展は……残念ながらまだない。デートはするものの、ラブホテル的なところはいかにもヤりますって感じが恥ずかしくて行けないし、お互いの家も実家だからなかなか二人っきりという状況にはなれない。
私的には、いつも手をつなげたり、たまに隠れてキスできるだけで満足なんだけどね。
それに前期テスト期間もあり、それどころじゃなかった(主に私が)っていうこともある。
「今日、うちの親帰り遅い」
大学の帰り道、吾妻君と手をつないで帰っていたら、吾妻君がボソッとつぶやいた。
「そう……なんだ」
つまりは、アレだよね。初めてのお誘いだよね?
この間はイタしてないだけで、かなりグレーなことしちゃったし、コンドームさえあれば最後までしてた筈で……。
私は顔を真っ赤にしてうつむいた。だって、吾妻君から誘ってくれないのに、私から「おうちに行っても良い? 」とか聞くの、いかにも待ってました! って感じではしたないじゃない?
嫌がってないですよ、恥ずかしいだけですよとアピールする為に、つないでいた手をギュッと握りしめる。ついでに、吾妻君に寄り添うように身体を寄せた。
「うち……くる? 」
「……ゥン」
小さな私の返事だったけれど、吾妻君には聞こえたようで、いつもなら私の速度に合わせてゆっくり歩いてくれるのに、かなり足早になり駅に向かっていた足を駅を通り越して吾妻君宅へ向ける。
「あ、吾妻君、その、アレ、アレは……ぁるのかな」
「大丈夫! あの後すぐに買った」
アレで通じてしまった。
やはり、アレを使用することをいたすつもりですよね。吾妻君サイズのコンドームって、普通に薬局で売ってるのかな? マジマジとその売り場を見たことないからわからないけど。
とにかく無言で早足(私は小走り)で歩き、あと角を曲がれば吾妻君の家というところまで来て後ろから声をかけられた。
「修斗先生! 」
吾妻君の名前が呼ばれ、立ち止まって振り返る。そこには、ショートカットの小柄(私よりは少し大きいけど)な女の子がいた。学生服を着ているから、女子高生か女子中学生だと思う。スカートが凄く短くて、生足に白ソックスが若々しい。目がクリクリ大きくて、元気いっぱいな感じだ。
「なんだ、若林妹か」
「もう!
彩ちゃんはプクッと頬を膨らませ、フリーな方の吾妻君の腕を引っ張った。
「わりぃ、わりぃ。伊藤、こいつ後輩の妹で、ほらカテキョやることになったって話した奴」
ということは、この間吾妻君のスマホに出た中学生だ。
「修斗先生の何? 」
「彼女だよ」
「エーッ?! だって修斗ロリコンじゃないって私の告白断ったじゃん」
告白?!
この子に告白されたの? 告白してきた子の家庭教師しちゃう訳?
「バーカ、ありゃギャグだろが。若林らもいたし。それにおまえの勉強教えんだから、先生って呼べっつったろ。あと、伊藤はタメだよ。大学の同級生」
「はーい、修斗先生。そうか、合法ロリに走ったか。私なら真性ロリなのに」
「だから、ロリコンじゃねぇっつうの」
いつもは寡黙な吾妻君が、ずいぶん気安く話している。しかも、彩ちゃんの手はいまだに吾妻君の腕に触れていて……というかしがみついている。
「あのさ、学校の宿題でわからないとこがあってさ、ちょっと教えて欲しいんだよね」
「おまえ、カテキョは水曜日だろが」
「いいじゃん! 」
吾妻君が彩ちゃんのことを「おまえ」って呼ぶ度、胸がズキンと痛む。
「私……帰ろうか? 」
「本当?! やった、ほら彼女さんのお許し出たし、勉強教えて、勉強! 」
吾妻君の腕を強引に引っ張り、彩ちゃんは吾妻君の家に向かおうとする。
「いや、伊藤も一緒で三十分ならいいぞ。それ以上は有料だ」
「エエッ?! 修斗のケチ! 」
吾妻君は彩ちゃんの手をやんわりと外すと、私の手を握り直して「な? 」と顔を覗き込んでくる。
そりゃ、誰もいないと言われた吾妻君宅に、彩ちゃんと二人きりにはさせたくないから、一緒に行きたいのは行きたいけど、自分より全然親しげな二人を見たくないって気持ちも強い。
「ウワッ、そんな顔修斗らしくない」
彩ちゃんは顔をひきつらせて叫び、ひたすら「修斗らしくない!」を連発した。
吾妻君らしいって何だろう?
優しい吾妻君も、強引な吾妻君も、ちょっとHな吾妻君も、全部私が知っている吾妻君だし、吾妻君らしいのらしいがわからなかった。
吾妻君の家に三人で向かうと、吾妻君の言う通り吾妻君宅は誰もいなかった。吾妻君の部屋に通され、吾妻君は飲み物を取りに一人でキッチンへ行ってしまった。
「宿題、わからないとこがあるんだよね。みてあげようか? 」
見た目は対してかわらなくても、年長者として彩ちゃんに私から話しかけた。彩ちゃんは床にペタンと座り、勉強道具を出すでもなく、私をジッと睨んでいた。そのせいで、凄く居心地が悪い。
「修斗に聞くからいい」
さっきまで吾妻君に絡んでクルクル表情を変えていたのに、今は私を全拒否しているかのように冷ややかな表情を浮かべている。中学生と侮ることなかれ、すでに女の顔をしていた。
「伊藤さんだっけ? 彼女なのに名字呼びなんだ。まだ修斗と知り合って数ヶ月っしょ? 」
「そうだね」
「フフン、修斗のこと何も知らないでしょ。それとも噂を聞いて近付いたくち? 修斗の彼女なら箔がつくもんね」
私の方が彼を知っている……そんな口調だ。彩ちゃんは私を馬鹿にしたように鼻で笑う。
「それとも、女の方の噂? 見た目純情そうなのに、とんだ淫乱だね。おばさんがいないの狙って上がり込むくらいだから、修斗の身体目当てなんでしょ。残念ながら、女関係のヤリチン疑惑は遥さんとゴッチャになっただけだから。修斗が昔から親しくしてる女子は私だけだから」
吾妻君のお母さんがいない間に上がり込んだってのは、まぁ否定はできない。それ以外はとんだ勘違いだけれども。
彩ちゃんの口調からは、吾妻君と親しいのは自分だって、マウント取ろうとしているのが見え見えだ。確かに一番親しい異性なのかもしれない。吾妻君の様子からもそれはヒシヒシと感じたし、モヤモヤするものがないと言ったら嘘になるから。
でも、吾妻君にしたら恋愛感情じゃないのはわかる。わかるけど……。
心狭いなぁ、私って。
彩ちゃんが吾妻君に向ける感情はわかるから、近寄って欲しくないって思っちゃう。相手は中学生されど女だ。
私は何と返していいか悩んだ。
「吾妻君の噂はよく知らないんだ。地元違うし。違う大学のだけど、受験の時に初めて会ったの。私転んで捻挫しちゃってさ、みんな見て見ぬふりで通り過ぎて行くのに、吾妻君だけが声をかけて助けてくれた。優しくてカッコいい人だって思ったよ」
「修斗は誰にだって優しいんだから。あんただけじゃない」
「知ってる。だから素敵だと思うし、みんなきちんと吾妻君を知ったら、絶対に惚れちゃうよね」
私は心底心配だよ。
吾妻君は優しくてカッコ良くて頭もいいし、とにかく素敵だから、吾妻君を知ったら絶対みんな好きになっちゃう。噂のおかげで、みんな深く吾妻君と関わろうとしないから遠巻きにしてるだけだけど、これが何かのきっかけに吾妻君の素敵さが周知の事実になってしまったら……。
吾妻君を引き留めておくだけの魅力が自分にあるだろうか?
ないな。
彩ちゃんみたいな弾ける若さもないし、舞先輩みたいに大人の色気もない。雅先輩みたいな頭の良さもない。ないない尽くしで嫌になる。
そろそろ彩ちゃんと二人で部屋にいるのがきつくなった頃、吾妻君が飲み物とスナック菓子を持って部屋に戻ってきて、私の真横に座った。
「で、宿題は? 」
彩ちゃんは学生鞄から教科書を取り出すと、付箋の貼ってあるページを開いた。宿題を教わりたいってのは口実かなと思っていたが、実際に難しい問題を用意してきたらしい。私には中学生の問題でもチンプンカンプンで、さっき「みてあげようか? 」と言った時に頼られなくて本当に良かったと安堵する。
吾妻君はやはり頭の出来が私とは違うらしく、ザッと目を通すとわかりやすく説明していった。
「凄い、吾妻君! やっぱり頭良いよね」
「いや、そりゃ、中坊の問題だしな」
私が手放しで誉めると、吾妻君は鉛筆で頭をかいた。
中学生の問題、私にはわからなかったよ。吾妻君と同じ大学に入れた筈なのにおかしいな。やっぱマグレだったんだね。せめてちゃんと卒業できるように頑張らねば!
「そうだ、カテキョだけどさ、私の友達も一緒したいって言ってるの。ちゃんとお月謝も払うよ。そのかわり、二人一緒だから割り引きよろしく」
わからないところを全部教えて貰った彩ちゃんは、教科書は片付けたものの、いっこうに帰る気配なくスナック菓子に手を伸ばしながら言った。
正直、吾妻君を好きな女子と、アルバイトとはいえ二人っきりで個室に籠られるのは気分が良くない。二対一なら、変な心配はしなくていいかな?
「別にいいけど、その子は俺で大丈夫なのか? 」
「大丈夫、大丈夫。修斗の噂とは知ってても気にしないってさ。ただ、勉強できなくても体罰は止めてねだって」
「するかよ」
「あと、うちより広いからさ、彼女の家で勉強教えてよ」
「そりゃいいけど……。なぁ、宿題終わったんだろ? おまえ帰らないのか? 」
吾妻君は時計をチラチラ見ながら、彩ちゃんに直接的な帰れコールをする。
「えっ? 絶対嫌! 私がいなくなったら、二人でイヤらしいことするつもりでしょ」
吾妻君は目をそらし、否定も肯定もしない。
そんな吾妻君の態度に私の顔が赤くなる。
「ウワ~ッ、最低! 」
彩ちゃんは頑として吾妻君宅に居座り、私達の初めては先送りとなった。
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