第58話 夏休み最終日…吾妻君サイド

 夏休みも残すところ今日一日になっちまった。

 伊藤とはかなり進展し、90%後退した。今じゃ、手をつなぐのもおっかなびっくりで、嫌がってないか探り探りって感じだ。でも、伊藤を怖がらせたい訳じゃないから、このペースでいいんだって自分に言い聞かせてる。


 新学期から頼まれている後輩の妹の家庭教師、その顔合わせ(必要か? そいつが小学生の時から顔見知りなのに)に行ったら、頭からコーヒーぶっかけられて(わざとじゃない……と思う。いや、カテキョが嫌でわざとか?)、シャワーだ洗濯だって予定より長居しちまって今に至る。スマホを見ると、ラインが一件。

 伊藤からの家デートの誘いだった。慌ててラインを返すが既読がつかない。返事はないけど、もう遅いかもしれないけど、少しでも会えるなら行かないという選択肢はない。俺は電車を乗り継いで伊藤の家に向かった。


 ドアチャイムを鳴らすと、Tシャツに短パンという部屋着スタイルの伊藤が出て来た。


「……吾妻君」

「悪い、ラインに気がついたのが遅かった。返事したんだけど、既読つかないから取り敢えず来てみたんだけど……遅かったか? 」


 伊藤の顔色が悪い……なんか表情が暗く見えるのは気のせいか? 何かあったんだろうか?


「伊藤? 」

「……どうぞ」


 心配して声をかけると、伊藤はうつむいたまま中に入るように言い、そねまま階段を上がって行ってしまう。ついていくと、伊藤の部屋に通された。


「お茶持ってくる。待ってて」


 この部屋では、あんなことやこんなこと……思い出したらヤバイ(主に俺の下半身が)ことになるから、なるべくベッドを視界に入れないように横を向いて床に座って待った。

 伊藤は俺の分だけ飲み物を持って戻ってきた。


「どうぞ」

「ありがとう。……あの、おばさんとかは? 」

「今出てる」

「そう……か」


 伊藤がベッドに座るから、嫌でもベッドが目に入り、ついでに伊藤の白い太腿も目の前にちらつく。ムラムラと湧いてくる欲情を隠すように、烏龍茶をイッキ飲みした。


「ごめんな」

「何が……」

「くるのが遅くなったからさ。待ってたんじゃないか? 」

「急……だったから」


 しばらく沈黙が続く。やっぱり、くるのが遅かったことを怒っているんだろうか?


「……隣、行っていいか? 」


 いや、ベッドに二人はヤバイな。俺の理性がもつ気がしない。俺はすぐに言い直した。


「そっちはマズイか。伊藤、こっち来て。隣座って」


 伊藤は俺の隣にくると体育座りをし、両手で両膝を抱えた。何だろう? いつもニコニコしてよく喋る伊藤が、今日は表情も固いしあまり喋らない。そんなに怒ってるのか? もしかして嫌われた?


「なんか今日変だぞ。ライン気がつかなかったから怒ってる? 」


 伊藤は首を横に振る。


「具合悪いのか? 」


 伊藤はまた首を横に振る。


「伊藤? 」


 伊藤の顔を覗き込むと、泣きそうな顔の伊藤がいて、思わず抱き寄せて甘やかしたくなり、両拳を握り込んだ。もし抱き寄せて泣かれたらと思ったら手が出せなかった。


「今日」

「今日? 」

「バイト」

「うん、バイトだった。いつもの後輩のカテキョと、実は新学期からそいつの妹も見ることになって、その顔合わせ」

「妹? 」

「スッゲー生意気なガキんちょ。中坊だよ」

「電話……かけたんだよ」

「電話? 今日? 不在ついてなかったけど」

「女子が出た」


 女子? ハアッ? 


 スマホの通話記録を確認すると、確かに着信になっており、その時間は後輩の家にいた。おばちゃんだったら電話かかってきたよの一言くらいあるだろうから、スマホに出たのは後輩の妹のかえでだろう。


 あのガキ、ろくなことしないな。いつもイタズラしかけてくるけど、今回のは洒落にならない。伊藤に勘違いされっぱで嫌われたらどうしてくれんだ!


「マジか……ああ、通話になってるな。それ、そのガキんちょだから。もしかして、それで機嫌悪い? 」


 伊藤はうなずいたまま、膝に顔を突っ伏してしまう。


「シャワー浴びてるって言われた」

「ああ、あいつドジだから、頭からコーヒーぶっかけられて、シャワー借りたな。あ、ちゃんと後輩もいたし、おばちゃんもいたからな。勝手に人のスマホに出るなって叱っとく。あいつは本当、ただのガキんちょで、小学生の時から知ってるからさ。気安いんだよ。きっと何も考えずに出たんだと思うし。でも、不在ついてたらもっと早くラインに気がついただろうし、やっぱ説教だな」


 本当は抱き寄せたいけど、我慢して伊藤の頭を撫でるだけにする。


「私ばっかヤキモチやいてる」

「え? 」

「プールで会った吾妻君の先輩も、サークルの先輩の雅先輩も、その中学生の女の子にも」


 何だろう、これ? 無茶苦茶可愛い生き物がここにいるんだが。


「いや、みんなただの知り合いだろ? プール……は舞先輩か。あんなの今じゃ接点すらないし」

「別れる時、って言ってた」

「そう……だったか? でも、実際また会いようがないだろ。共通の知り合いがいる訳でもないんだから。大学だって違う……よな? どこで何してるかも知らんけど」

「雅先輩は?! 雅先輩とはどこまで行ったの?!」


 さっきまで項垂れていた伊藤が、いきなりガバッと顔を上げ、凄い勢いでにじり寄ってきた。


「が……合宿? 研究室の合宿」

「そうじゃなくて! 何したの?!」

「実験……? いや、俺は主に手伝いというか、先輩達みんなの雑用係みたいなことしてたかな」

「裸で?! 」


 ハイッ? 何で裸?


「裸ッ?? な訳ねぇし」

「何で雅先輩が吾妻君の裸の筋肉のこと知ってるの?! 二人っきりで、洋服脱ぐようなことしたの?! 」

「しないって! ってか、何それ?!意味わかんねぇんだけど」

「じゃあ、何で雅先輩が吾妻君の黄色いパンツのこと知ってるのよ! あの時黄色いパンツ履いてたのは?!」


 黄色のパンツって、今日のパンツは黄色の柄パンだけど、何の話かさっぱりわからない。伊藤がいきなり俺のジーンズに手をかけ、勢いよくジッパーを下ろした。


 ヤバイ、伊藤の隣にいるから、部屋に二人っきりってこの状況も相まって、緩く半勃ちなんだよ。


「黄色いパンツ~ッ! 」


 伊藤は絶叫すると俺の股関に突っ伏すようにしてワンワン号泣した。


「えっ?! ちょっ! 伊藤?! 待って!! マジで! ヤバイって!」


 伊藤の頭がマジヤバイ! グリグリ刺激されて、俺のがどんどん固く勃ち上がってくる。


「待った! ストップ! 」


 伊藤の両脇に手を入れ、腕力だけで伊藤を持ち上げた。マジでヤバイから!

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