第57話 夏休み最終日 2
「雅先輩は? 雅先輩とはどこまで行ったの?! 」
私がにじり寄ると、吾妻君は少しのけ反った。
「が……合宿? 研究室の合宿」
「そうじゃなくて! 何したの?!」
私の勢いに圧されてか、吾妻君はかなり戸惑っている。そりゃそうだよね。さっきまでまるで生気なくドンヨリしていたのが、いきなり目を爛々とさせて突撃せんばかりの勢いで突っかかってくるんだから。
「実験……? いや、俺は主に手伝いというか、先輩達みんなの雑用係みたいなことしてたかな」
「裸で?! 」
「裸ッ?? な訳ねぇし」
「何で雅先輩が吾妻君の裸の筋肉のこと知ってるの?! 二人っきりで、洋服脱ぐようなことしたの?! 」
「しないって! ってか、何それ?!意味わかんねぇんだけど」
「じゃあ、何で雅先輩が吾妻君の黄色いパンツのこと知ってるのよ! あの時黄色いパンツ履いてたのは?!」
吾妻君がハッとしたように視線を自分のズボンに向ける。
私は有無を言わさず、ムンズと吾妻君のジーンズに手をかけると、勢いよくジッパーを下ろした。いわゆる社会の窓から覗く吾妻君のパンツは黄色の柄パンだった。
よりにもよって、何で今日それを履いてくるのよ!
「黄色いパンツ~ッ! 」
私はパンツに突っ伏すようにして(この時パンツに中身が入っていることは、私の頭の中からスッポリ抜けていた)、ワンワン号泣する。
「えっ?! ちょっ! 伊藤?! 待って!! マジで! ヤバイって!」
ヤバイのは吾妻君の黄色いパンツじゃない!
私は吾妻君の静止も無視して、頭をグリグリと黄色のパンツに擦り付けるようにして泣いた。
「待った! ストップ! 」
吾妻君が私の両脇に手を入れ、腕力だけで私を持ち上げた。私は高い高いされたような格好になり、ビックリして目を見開いて吾妻君を見下ろした。
「パンツがどうしたって? 」
「……雅先輩……が、吾妻君の黄色の柄パンと裸見たみたいなこと言ってた。……吾妻君、練習するって言ってたから、雅先輩でそういうことしたのかと思ったの。……グズッ、だから練習しないでって言った。吾妻君しないって約束してくれたけど、やっぱり気になって、凄く嫌で……、ヒック……、なかったことにしようって思ったけど、吾妻君の回り女の人いっぱいで……」
「なかったことって……」
私は吾妻君の膝の上に下ろされた。吾妻君の太腿を跨ぐ感じでペチャンと座り、涙を溢しながら自分の気持ちを説明していく。
「だって、吾妻君のこと大好きなんだもん! 絶対私だけがいいし、他の人で練習なんかしてきてほしくないよ。でも、もししちゃったんなら、それは取り返しがつかないし……。私が吾妻君の彼女なのに、私以外の人のとこで裸になったりシャワーしたり……、ヒック。私だけ! 私だけにしてよ~ッ!」
「ちょっと待て! なんか、誤解がワラワラ聞こえてきたんだが」
吾妻君が私を硬い胸に抱き込んだ。
「ゴ……カイ? 」
一瞬、釣りの餌が頭に浮かび、あまりの気色悪さに涙も止まった。すぐにそんな訳ないと思い当たり、【誤解】という漢字が頭に浮かんだ。
「誤解……なの? 」
「他の人で練習って、あり得ないだろ。俺は、本やDVDでだな、それだって見るのは男優の方で」
「えっ?! 」
「それも違うぞ」
唸るような吾妻君の声に、私は何も言ってないし、まさか吾妻君が男の人の方に興味があったのか……なんて、これっぽっちも思ってませんからね。
「……ハァ。どうやって触ったらいいのか、手とか指使いとかをだな、そういうのを見て、枕なんかで練習を……って、俺、とんでもないこと暴露してないか? 」
私は首を横にブンブン振る。つまりは、吾妻君の練習相手は枕で、対人ではないってことだよね。
「練習しないでって伊藤に言われた時さ、そういうの見るのも嫌なんだなって。いや、見たのは本当に手技だけが目的だぞ。まぁ、俺だって伊藤が他の男の裸とか見てたら嫌だし、そういうことだろうって思ってた。まさか、浮気を疑われてたとはな」
「ごめん……なさい」
「いいさ、俺の言い方も悪かった。勘違いさせるような言い方だったかもだしな」
吾妻君の手が私の背中に回り、軽く抱きしめて背中を擦った。
凄く、凄く落ち着く。
「でも、じゃあ、雅先輩が何で吾妻君のパンツ知ってたの? 」
吾妻君はうーんと顎の下に手を持ってきて悩む。
「あの人、絵を描くのが趣味みたいなんだけど、モデルになれって言われたことならある。俺なんか描いて何が面白いんだか。その時に脱がされかけて……あれかな?もちろん拒否って逃げたけどな 」
女の子に襲われてんじゃん!
「私以外の人の前で裸になっちゃ駄目! 芸術の為でも断って! 吾妻君を描きたくなる気持ちはわからなくはないけど……」
「わかるのか? 」
「だって吾妻君、顔だけじゃなくて身体もカッコいいもん」
「そんなこと言ってくれんの伊藤だけ」
私の頭の上に吾妻君が顎をのせてグリグリしてくる。少し痛いけど、その距離感が嬉しくてピッタリとくっつく。
「あのさ……」
「うん? 」
「この間、そういう雰囲気になった時に、ちゃんと触る前に泣いちゃったじゃん」
「うん」
「あれって……俺に触られるのが怖かった? 」
吾妻君に触られるのが怖い? こんなにくっついてるのが幸せなのに?
私はビックリして吾妻君にもたれていた身体を起こした。
「違うよ。そりゃ恥ずかしかったり、その……アレするのは凄く痛そうで……なんだけど。でも吾妻君と二人で頑張りたいとは思ってるよ。あの時泣いたのは、吾妻君が誰かと練習してきたんだと思ったからだよ」
吾妻君は大きく息を吐き、私のオデコにオデコを合わせてきた。
「そっか、良かった。俺に触られるのも嫌になったんかって思ってたから」
「そんな訳ないじゃん。あれから手もなかなかつないでくれなかったし、キスも……。凄く寂しかったよ」
吾妻君が顔を傾け、そっと唇に触れてくる。
合わさるだけのキスは、何度も角度を代えて繰り返された。
「俺、無茶苦茶我慢してた」
「我慢しないでよ」
吾妻君の膝の上、跨がるように座りドンドン深いキスになっていく。唇を食み、厚い舌が入り込んでくる。舌をからめて吸い上げ、お互いの唾液を嚥下する。
「あのね……、佳苗ちゃんから……もらった……もの……があって」
キスの合間に言葉を挟む。
凄く恥ずかしいけど、あの
私は名残惜しく吾妻君の上から下りると、ベッドの下に隠してあったアレを取り出す。
「佳苗ちゃんがね、これくれたの。これ使えば、少しは痛くないんじゃないかって」
「レモンテイスト? 飲み物? 」
吾妻君はボトルを手に取ると、説明書きを目を細めて読んだ。
「これ……って?! 」
「一緒に使用しませんか?! 」
私の最大限言えることでした。
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