第56話 夏休み最終日

 今日は夏休み最終日。パパは仕事、ママはお友達とランチの後、何かの記念日とやらで夕方からパパと記念日ディナーとやらを楽しむらしい。何の記念日かは教えてくれないけどね。

 つまり、昼ちょい前から夜遅くまでうちには誰もいない。


 そして、私もアルバイトは休み。吾妻君は午前中バイトが入ってるらしいけど、昼過ぎには終わるって聞いてる。だから、ラインを送っておいた。


 莉奈:今日バイト終わったらうちに遊びにきませんか?


 両親がいないからとか、余計なことは書けなかった。だって、いかにも期待してます!!って感じでイヤらしいかなって思って。


 朝風呂に入り、愛花ちゃんから貰った洋服に着替えた。実は後ろの紐、ゴムみたいになっていて、かぶるだけで着れる優れ物でした。だから、一人でもきちんと着れる。見せパンは恥ずかしいけど、履かないとより恥ずかしいことになるからちゃんと履いたよ。スキニーパンツを合わせたら駄目なの?って聞いたら、可愛さ半減だから駄目って言われた。

 さすがに、この格好を人目にさらす勇気がないから、おうちデートです。しかも、期待は特大です。


 実はあの後(映画デート以降)もデートはしたんだ。この洋服は着れなかったけど、私の中ではできるだけ攻めたつもりの洋服を着て、さりげなくキスされるように人気の少ない場所をデートに選んでみたり、個室カラオケに誘ったりしてみた。


 でも最高でハグ止まりなんだよね。手もつないでくれるけど、恋人繋ぎにはならない。


 スマホを何回も確認しながら、部屋掃除をした。シーツも替えて、枕カバーも新品にした。何回も掃除機をかけて、塵一つ落ちてないよ。することがなくなって、スマホ片手にキッチンに向かう。


 吾妻君、お昼食べたかな?


 時計を見ると、一時ジャスト。もうお昼過ぎだよね? もしかして、ラインに気がついてない?

 今日はバイト以外用事ないって言ってたのにな。


 私は思いきって吾妻君のスマホに電話してみた。コールは五回まで。もしバイト中だと悪いから。


 一…二…三…四…。


『もしもーし』


 えっ? 誰?


 電話口から聞こえたのは、低めのいつもの吾妻君の声じゃなくて、甲高い女性の声。

 思わずスマホを耳から離し、かけた名前を確認する。吾妻君にかけたので間違いなかった。


「あ……あの」

『何? 誰? 』


 イヤイヤ、あなたが誰?


『修斗なら、今電話出れないわよ。シャワーしてるから。で、誰よ? 』


 私は慌てて通話を切った。心臓がバクバクして、さっきの電話口の声が頭の中でグルグル回る。


 女の人が吾妻君の電話に出た。今日はバイトって言ってたのに。

 しかも、親しげに名前を呼んで、シャワー浴びてるって言った。

 セックス後なの?

 セックス前なの?


 手が痛くなるくらいスマホを握りしめ、真っ黒になった画面をただただ見つめた。


 自分の格好が惨めになり、ワンピースを捲り上げて脱ぎ捨てた。見せパンも脱ぎ、それを抱えて部屋に戻る。安定の部屋着(Tシャツ短パン)を着込み、ベッドにダイブした。


 もう、本当に馬鹿みたいだ……。


 あまりのショックに涙も出て来なかった。どれくらいそうしてたかわからない。気がついたらおなかがすいていた。動かない思考で、最後に食べたのはいつだったか考える。

 昼は食べてないな、朝はシリアルを食べた。あぁ、掃除とかで動いたし、ショックでもおなかって減るんだな。今は……夕方の五時五分前。寝たつもりはなかったけど、かなり時間が過ぎていた。

 私はノッソリとベッドから起き上がると、何かおなかにいれようとキッチンへ向かった。


 ピンポーン。


 荷物でも届いたんだろうか?

 キッチンに向かっていた足で玄関へ向かう。

 誰かも確かめずにドアを開けた。


「……吾妻君」


 目の前には鳩尾が。見上げると吾妻君が立っていた。


「悪い、ラインに気がついたのが遅かった。返事したんだけど、既読つかないから取り敢えず来てみたんだけど……遅かったか? 」


 ラインしただけじゃなくて、電話もかけたんだよ。電話に出た女の人は誰? シャワー浴びて何してたの?


 聞きたいことはいっぱいあるのに、一言も言葉が出てこない。しかも、表情筋が凍んだように動かない。


「伊藤? 」

「……どうぞ」


 頑張って言えた一言はこれで、吾妻君は戸惑いながらも家に入ってきた。

 階段を上がり、自分の部屋のドアを開ける。


「お茶持ってくる。待ってて」


 吾妻君を部屋に残すと、私はキッチンに行ってマグカップに烏龍茶を注いで戻ってきた。吾妻君は床に直に座っていた。


「どうぞ」

「ありがとう。……あの、おばさんとかは? 」

「今出てる」

「そう……か」


 吾妻君は一息で烏龍茶を飲み干すと、空のコップを床に置いた。私は吾妻君と向かい合うようにベッドに腰かけた。


「ごめんな」


 私はビクッと身体を震わせた。それは浮気してごめんのごめんななの?


「何が……」

「くるのが遅くなったからさ。待ってたんじゃないか? 」

「急……だったから」


 しばらく沈黙が続く。吾妻君が同じ部屋にいて、距離は近い筈なのに凄く遠く感じた。


「……隣、行っていいか? 」


 私が答えられないでいると、吾妻君は小さくため息をついた。


「そっちはマズイか。伊藤、こっち来て。隣座って」


 私はノロノロと立ち上がると、吾妻君の隣で体育座りをした。両手で両膝を抱え、できれば顔も膝に埋めてしまいたかった。


「なんか今日変だぞ。ライン気がつかなかったから怒ってる? 」


 私は首を横に振る。


「具合悪いのか? 」


 私はまた首を横に振る。


「伊藤? 」


 吾妻君は眉を寄せて私の顔を覗き込んだ。怒ってるんじゃない、心配してる顔だ。わかりづらいけど。


「今日」

「今日? 」

「バイト」

「うん、バイトだった。いつもの後輩のカテキョと、実は新学期からそいつの妹も見ることになって、その顔合わせ」

「妹? 」

「スッゲー生意気なガキんちょ。中坊だよ」

「電話……かけたんだよ」

「電話? 今日? 不在ついてなかったけど」

「女子が出た」


 吾妻君はスマホをいじって着信履歴を確認した。


「マジか……ああ、通話になってるな。それ、そのガキんちょだから。もしかして、それで機嫌悪い? 」


 私はオデコを膝に押し付けるようにうなずいた。


「シャワー浴びてるって言われた」

「ああ、あいつドジだから、頭からコーヒーぶっかけられて、シャワー借りたな。あ、ちゃんと後輩もいたし、おばちゃんもいたからな」


 あいつ……ずいぶん親しげなんだね。

 中坊って言ってるけど、今時の中学生は私より全然大人っぽいし、十分女性だよね。第一、着信って名前で出るだろうし、普通は他人のスマホに知らない人からかかってきた電話には出ないよね。

 つまりは、威嚇されたんだよ。わざわざ誤解させるような言い回しをしてさ。


 そんなこと考えて、頭の中を黒いモヤが渦巻く。でも、吾妻君には言えなくて、ただただうつむいていた。


「勝手に人のスマホに出るなって叱っとく。あいつは本当、ただのガキんちょで、小学生の時から知ってるからさ。気安いんだよ。きっと何も考えずに出たんだと思うし。でも、不在ついてたらもっと早くラインに気がついただろうし、やっぱ説教だな」


 吾妻君は私の頭を二回撫でると、困ったなというように私の肩辺りで手をさ迷わせ、結局床に手をついた。


「私ばっかヤキモチやいてる」

「え? 」


 余りに小さい声でつぶやいたからか、吾妻君が数センチ近寄って顔を覗き込むようにしてきた。


「プールで会った吾妻君の先輩も、サークルの先輩の雅先輩も、その中学生の女の子にも」

「いや、みんなただの知り合いだろ? プール……は舞先輩か。あんなの今じゃ接点すらないし」

「別れる時、って言ってた」

「そう……だったか? でも、実際また会いようがないだろ。共通の知り合いがいる訳でもないんだから。大学だって違う……よな? どこで何してるかも知らんけど」

「雅先輩は?! 」


 もうこの際全て聞いてしまおうと、私は頭をガバッと上げて吾妻君に詰め寄った。

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