第54話 作戦会議です!
結局……吾妻君にキスして貰えなかった。
数ヶ所刺された虫刺されのアトに塗り薬を塗りながら、私は大きくため息をついた。虫刺されのアトをかきつぶしたらトビヒになりかねないからね、お薬は必須です。
長い時間ハグしてもらい、前みたいに手をつないで家まで送ってくれた。
そりゃね、電車の中とか、家への帰り道とか、人通りの多いところでしたい訳じゃないんだよ。そんなの私だって恥ずかしいし、ご近所さんに見られた日には、恥ずか死ねる。
でもさ、公園の散歩道とか、ちょと人通りがきれた裏道とか、オススメスポットは多々あったと思う訳。ガッツリブチュッじゃなくてもソフトなチュッくらいのやつならできたよね。
やっぱり、最初に無理って言ったから? 二回目に泣いちゃったから?
あの後のデートの最初は距離も遠くて、触れてももらえなくて、どれだけ後悔したか。でも、最初のはともかく(あれは狂暴凶悪な代物過ぎたよ。さすがにいきなりは無理ゲーだよ)、二回目のは吾妻君がどうのじゃなくて、他にいかれるのが嫌過ぎたからで、逆にだからこそ覚悟もできたんだし。私と練習して、二人でレベルアップして、最終的には!!
それなのに!
最初以前に戻っていませんか?
最初、手をつないだら積極的に手をつないでくれたし、キスしたらその先はガツガツと……。積極的な吾妻君は嫌じゃないですよ。
「莉奈ちゃん、ため息多いけどどうしたの? 」
バイトの休憩時間(って言ってもお客さんがいなくなった時間なだけだけど)、私がカウンターの中で虫刺されの薬を隠れて塗っていたら、アイスティーをいれた愛花ちゃんが私の目の前においてくれた。
「うーん、ちょっとね……」
まさか、彼氏が手を出してくれなくなりましたなんて、高校生の愛花ちゃんに相談できないよ。
「ズバリ! 彼氏のことでしょ。あー、私も見たかったな。常連さんに聞いたんだよ。莉奈ちゃんの彼氏オットコマエなんでしょ。なんか、任侠映画に出てきそうって言ってた。シブ目な感じ? 」
「任侠って……。カッコいいよ。男っぽい感じ? 目がキリッとしてて、一見怖そうに見えるみたいなんだけど、凄く優しいの」
「ウワッ、ノロケ? 今までどっちかっていうと男嫌いだったのに」
お客さんが途絶えたせいか、愛花ちゃんは自分の分のコーヒーもいれて、カウンター内の椅子に腰かける。
「それは今まで吾妻君に会ってなかったから」
「だってよ、お兄ちゃん」
洗い物をしていた俊平君が、愛花ちゃんに水を飛ばし、愛花ちゃんはケラケラと笑った。
「で、そのラブラブな彼氏のことで悩みがある訳? 」
「悩み……って言うか」
「彼氏が盛り過ぎてしんどいとか? 」
俊平君がガチャンと大きな音をたてる。お皿割れてないか心配になるけど、なんとかセーフだったみたい。
「愛花ちゃん、女の子が盛るとか言っちゃ駄目」
「そんなん普通だよ。うちの彼氏だって、しつこすぎるからたまに蹴り入れるもん。十代男子なんて、常に発情期じゃん」
「彼氏?! おまえ、友坂君とは友達だって」
「友達ってつまりボーイフレンドじゃん。ってか、私のことはいいから」
オムツしている時から知ってる愛花ちゃんに彼氏。しかも、話ぶりからすでに色々経験済み?
「おまえ! 高校生なら高校生らしい付き合い方をだな」
「古いよお兄ちゃん。そんなんだから初恋拗らせていまだ童「うるさいよアホ妹!」」
俊平君、初恋拗らせてるんだ。私の知っている娘かな? 初恋なら小学校からの同級生とか?
私は俊平君の初恋が実は私であるなどとは夢にも思わず、呑気に兄妹喧嘩を眺めていた。
しばらくギャーギャーやっていたが、おじさんが店に入って私と愛花ちゃんのバイト時間は終わった。
「で、彼氏との悩みって? 」
更衣室で着替えていたら、愛花ちゃんがさっきの話をぶり返してきた。
私はエプロンを外して、ロッカーからショルダーバッグを取り出す。スマホには連絡なし……一応ラインもメールもチェックする。
「ね、彼氏の写真ないの? 」
私のスマホを肩越しに覗き込んだ愛花ちゃんの胸が背中に当たる。何で私の周りの女の子はボイン率が高いんだろう? 私を除いてだけど。
「あるよ。えっと……こんな感じだよ」
「ウワッ! 怖ッ! 目付きヤバくない? 」
「愛花ちゃん失礼過ぎ! 怖くありません。ヤバくもありません」
愛花ちゃんはケラケラ笑いながらごめんごめんと謝ってくる。
「目力半端ない彼氏だな。アハハ、眉間の皺が通常使用なんだ。へぇ、凄く大きくない? 身長何センチ? 」
「百九十って言ってたかな」
「デカッ! 莉奈ちゃんとサイズ感が合ってないね。ね、身体が大きいと、やっぱりアレもデカイの? 」
「アレって? 」
「男性のシンボル的な物よ」
オムツ履いてた(かなり前のイメージだけどね)愛花ちゃんの口からそんな卑猥な?!
私は顔を赤くして愛花ちゃんをどつく。
「比較対象がないからわかんないよ」
「ということは、彼氏のだけは見たことあると。なるほどなるほど」
「愛花ちゃんったら! 」
「で」
「で? 」
「だから、その手のことで悩んでるんじゃないの? 」
「何でわかるの?! 」
愛花ちゃんは休憩用の椅子に跨ぐように逆向きに座り、ニッと笑った。
「前にお兄ちゃんに相談したっしょ。キスとかその先のことについて。お兄ちゃん、頭抱えて悩んでたよ。莉奈ちゃんがさせないくらいで浮気するような奴と付き合ってていいのかって。でもさ、身体の関係も大事じゃん。好きならしたくなるの当たり前だし、特に男子はお猿さんだから。浮気は駄目だけど」
「うん、私も吾妻君が他の人と練習するくらいなら、どんなに痛かろうが縫わなきゃいけないくらい裂けそうでも、一緒に頑張ろうって思ったの」
「そんなに(デカイの)か……」
私はロッカーに寄りかかってため息をついた。
「吾妻君にもね、二回目にそういう雰囲気になった時に、他の人と練習しないでってちゃんと言ったの。吾妻君も絶対しないって約束してくれたんだけど、私その時号泣しちゃって、結局できなかったんだ。その……一回目の時も泣いちゃって。吾妻君の……アレがあまりに……アレだったから。無理~ッ!って」
「なるほど(彼氏のナニがデカ過ぎて拒否ったのか)……」
あまりに恥ずかしい話に、私は赤くなる頬を押さえてロッカーに寄りかかったまましゃがみこんだ。
「そしたらね、次のデートの時になかなか手もつないでくれなくて。前ならキスしてくれたよねって場面でもキスもなくて……。一応手をつないでハグまではしてくれたけど、なんかよそよそしいって言うか……」
「うーん、二回号泣しちゃったかァ。普通ならフラれる案件だね」
「えっ?! 」
吾妻君にフラれる?! そんなのイヤだ!
「だって、そんな彼女メンドイじゃん。私が男なら次行こう次って思うだろうし、処女で嬉しいって男子もいるけど、面倒くさいから嫌だって男子もいるよ。まぁ、そんな後にデートしてくれたんなら、別れるつもりはないんだろうけど」
「けど? 」
愛花ちゃんは椅子をユラユラ揺らし、ムーッと唇を尖らす。子供の時から愛花ちゃんが考え事をする時の癖だ。そんな顔はとっても可愛いんだけど、今はそれを愛でている場合じゃない。愛花ちゃんの言葉を急かした。
「萎縮? しちゃったのかな。怖じけづいた? あんな見た目で、けっこうヘタレだね」
「吾妻君はヘタレじゃないよ。怖じけづいたって? 」
愛花ちゃんの唇がより尖る。
「二回拒否られて、どこまで許されるのかわかんなくなっちゃったんじゃない? 」
「そうなの? だから、なかなか手もつないでくれなかったの? 」
「じゃないの? 大切にしてくれてるってことじゃん」
大切……。そうか、吾妻君に大切にされてるのか。でも! やっぱり吾妻君ともっとくっつきたいし、キスもしたい! それ以上だって覚悟したんだから。
「私、吾妻君ともっと仲良くなりたい! 」
「じゃあ、作戦会議だね。莉奈ちゃん今日うちに泊まりなよ」
「いいの? 」
「莉奈ちゃんとこの手の話ができるようになるって思わなかったからね。ウフフ、楽しそう」
私は莉奈ちゃんちに泊まると家に電話し、喫茶店の裏手にある莉奈ちゃんちに移動した。
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