第53話 どこまでセーフか?! …吾妻君サイド

 明日、伊藤は休みの筈だ。そして、俺のバイトも急に休みになった。カテキョしてる後輩が、旅行に行くの言うの忘れてたとかぬかしやがって……いや、伊藤が休みの日に俺も休みになったから、それはラッキーなんだけど。あの伊藤号泣事件からまだ一度も会えてなくて、一応毎日の連絡には返事はくるから、まだ見限られた訳じゃないと思うけど、もし「俺、明日休みなんだ」って言って「そうなんだ、おやすみ」とかスルーされたら……。


 立ち直れないかも。


 いつもラインしている時間になり、伊藤にラインを入れる。


 吾妻:今日は短期バイトに行ってきた


 伊藤からの返信は早かった。


 莉奈:お疲れ様。私もバイトだったよ。明日はお休みです。吾妻君は?

 吾妻:俺も休み


 ドキドキしながら明日休みのことを伝える。


 莉奈:家庭教師のバイトは?

 吾妻:あっちが旅行に行くとかで休み

 莉奈:見たい映画があるんだよね。一緒に行かない?


 マジか!

 伊藤からデートに誘ってくれた!第一関門クリアだな。会うだけなら俺はまだ拒否られていない。


 吾妻:いいよ。何時?

 莉奈:時間調べたらラインする。でも朝一の

 吾妻:了解


 やった!

 明日は伊藤と映画デートだ!


 ★★★


 翌朝八時半。

 伊藤との待ち合わせ時間だ。俺は八時前からすでにここにいる。さすがに朝でも暑くて、汗臭くなってないか心配だ。

 スマホを何となくいじっていたが、視線を感じて顔を上げると、そこに天使伊藤が立っていた。


 フワフワの茶髪が日の光に光って、控えめの化粧は無茶苦茶清楚な感じだ。ワンピースは伊藤にしたら珍しく黒系だけど、これはこれでアリだ。大アリだ。スカートが短い気もするけど、俺とのデートだからな。俺以外と会う時は着ないで欲しい。小物は白で統一されてて、お洒落してきてくれたんだなってわかる。それに比べて俺はいつも通りの黒Tにジーンズ。やる気なしとか思われないか?!


 何故か伊藤が数歩離れて立ち止まっていたから、俺から声をかけた。


「はよ」

「おはよう。朝早くの待ち合わせでごめんね」

「いや、その方が映画館も空いてるだろうからいいよ」


 もっと早くてもいいくらいだ。その分伊藤と長く一緒にいられるからな!


「行くか」


 映画はまぁまぁ面白かった……と思う。俺の意識は肘掛けに置かれた伊藤の小さい手と、白いムチッとした太腿に釘付けだったから。

 こんなことなら、映画館に入る前に手をつないでいいか聞けばよかった!

 もう俺に触られるのは嫌だって振りほどかれたら……って思ったら、勝手に触れることができなかった。手をつなぎたい衝動を抑える為に、俺は映画の間中腕組みをして過ごした。


 映画を見終わり、ファミレスで昼飯を食べた。隣にいると、どうしても伊藤に触れたくなるから、目の前のこの距離感がちょうどいい。じゃないと、知らず知らずに手が伸びてしまいそうだから。できれば膝にのせて、俺の手から食べさせたいなんて、そんな妄想を実行してしまうかもしれないから。

 もう二度と泣かせたくない。

 

 俺はどっちというと聞き役。伊藤が楽しそうに話すのを見るのも聞くのも楽しい。

 気がついたら、けっこう長い時間ファミレスに居座っていたようだ。


「吾妻君、お散歩しようよ」

「いいよ。じゃあ出るか」


 会計をすまし外に出ると、夏の日差しがギラギラした中、白いレースの日傘がポンと開いた。なんか、そこだけ清涼な空気が流れてるみたいに見えた。伊藤にレースの日傘……滅茶苦茶似合う! 


「吾妻君、日傘一緒に入る? 」

「別に……いや入る。傘、俺が持つな 」


 俺にレースの日傘なんて見た目的におかしすぎるだろって思ったが、一緒に日傘に入ればあと一歩伊藤に近寄れるじゃん! と、すぐに伊藤から日傘を奪って伊藤に差しかけた。

 

「腕……つかまってもいいかな?」

「もちろん」


 当たり前だ! どこでも触ってくれ!


 伊藤が軽く俺の腕に手を触れて歩く。もしかして、手はいいのか?手をつなぐのは拒否られないか?!

 でも、俺から触るのはアウトかもしれないしな。もう少し様子を見よう。

 

 すぐそばの国立公園へ向かうと、「涼しくはないけど、日差しを避けられるだけいいよね」と人気の少ない散歩道を歩こうと伊藤に誘われた。

 マジで人っこ一人いないけど、ありなのか? 俺と二人っきりとか、トラウマになってない? 大丈夫か?


「蚊にくわれそうだな」

「そうだね……あ、虫除け持ってるよ。つける? 」


 散歩道から少し入ったところにあるベンチのところで、伊藤はショルダーバッグの中をゴソゴソ漁った。


「そんな小さなバッグに色々入るもんだな」

「そう? スマホ、キーケース、化粧ポーチ、ハンカチにティッシュ、日焼け止めに日傘、お財布……あとはあった! 虫除け」


 伊藤が自分につける前に俺に虫除けを先にスプレーしてくれた。


「あ、虫刺されの薬も持ってるから、刺されたら言ってね」

「至れり尽くせりだな」

「でしょ。熱射病予防に塩分補給のタブレットどうぞ。お茶もあるからね」


 お茶のペットボトルは一つだから、一緒に飲もうねとペットボトルを手渡される。いいのか? 間接キスだぞ! (それ以上のことしてるんだけどな。号泣されたけどよ)


 俺は一瞬迷ったが、ペットボトルを開けてグイッと一口飲んだ。そのままペットボトルを伊藤に返すと、伊藤も一口口をつけた。


 間接キスがアリなら、手はつなげるよな?! もしかして、イヤらしくないキスならアリなんじゃないか?!


 俺の願望がドンドン膨らんでいく。

 二人でベンチに腰かけ、俺は願望の一つを口に出してみた。


「手……」

「手? 」

「手をつないでもいいか?! 」


 伊藤はキョトンとした表情をしたが、すぐに笑顔で右手を差し出してくれた。


「もちろん」


 伊藤の手は小さくて柔らかくて……、守りたい守らせてくださいって土下座したいくらい尊かった。

 そのまま会話もなく、ただ寄り添って手をつなぐ。幸せ過ぎて言葉がでない。しばらくそうしてたら、ふいに伊藤の頭が俺の肩にコテンと当たった。甘えるようにすり寄ってくる伊藤が可愛い過ぎて、俺の理性が振り切れそうになる。

 それと同時に、子供みたいにワンワン泣く伊藤の顔も思い出される。


「……吾妻君」


 頬が少し赤いのは暑いからか?

 俺を呼ぶ声が甘く聞こえるのは俺の妄想か?


 フラフラと伊藤の唇に引き寄せられそうになり、俺は伊藤とつないでいない方の手で自分の太腿をつねった。多分青アザになってると思う。


「伊藤」

「うん? 」

「伊藤……」

「うん」

「だ………………抱き……しめていいか? 」


 伊藤がギュッと俺にしがみついてきた。


 小さい! 柔らかい! 凄くいい匂いがする!

 もう一度最初からやり直したい。伊藤が怖がらないように。


 俺はそっと伊藤を包み込んだ。


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