第52話 映画デートです。吾妻君に触りたいです!

 あれから毎日、同じ時間に吾妻君からラインが届く。朝の七時半と夜の九時。朝はおはようとか天気の内容、夜はおやすみとか今日一日の報告……といっても遥君と会ったとか、バイトしたとか一行なんだけど。


 会いたいとか、好きだよ的な甘い内容は一度もなくて、吾妻君がそういうの苦手な人だってわかってるけど、なんて言うか……、少し残念感がね。いや、嬉しいんだよ。ちゃんと一日の報告をしてくれるとことか安心できるし。


 でもさ、定期連絡じゃなくて、突発的に私に連絡したくなったとか、急に声が聞きたくて……みたいな感情的なものはないんだって思うと、私だけが大好きなのかなとか、吾妻君とのことを拒否したみたいな形になっちゃったから、積極的に会いたいとか思わなくなっちゃったのかなって、不安がいっぱいになる。


 他で練習しないって約束してくれたけど、お色気ムンムンの女子が吾妻君の回りにはいっぱいいるだろうし、私は家も遠いから気軽には会いに行けない。今は定期もきれてるから、電車賃だけだって馬鹿にならないもの。

 夏休みだっていうのに、結局吾妻君との予定が合わなくてデートすらできてない。来週には及川のおばちゃんが退院してくるけど、まだ仕事復帰は無理だからバイトは減らせないし、吾妻君に会いたいのに会えないよ~ッ!


 ピコン♪


 吾妻君からラインが来た。


 吾妻:今日は短期バイトに行ってきた。


 知ってます。朝、短期バイトに行くってラインあったもんね。イベント設置って書いてあったっけ。


 莉奈:お疲れ様。私もバイトだったよ。明日はお休みです。吾妻君は?

 吾妻:俺も休み


 休み? 後輩君の家庭教師の日じゃなかった? 休みなんて聞いてないよ。


 莉奈:家庭教師のバイトは?

 吾妻:あっちが旅行に行くとかで休み


 あっちってどっち? あぁ、家庭教師してる後輩君か。

 それなら会える? 会えるよね。二人休みって合宿以降初だよ。会いたいとか言ってくれないの?

 私から誘っちゃうからね! 絶対会いたいんだもん。


 莉奈:見たい映画があるんだよね。一緒に行かない?


 見たい映画なんかないけど、吾妻君が行ってくれるんなら無茶苦茶捜すよ!


 吾妻:いいよ。何時?

 莉奈:時間調べたらラインする。でも朝一の

 吾妻:了解


 やった!

 明日は吾妻君と映画デートだ!!


 ★★★


 翌朝八時半。私は頑張ってお洒落して待ち合わせの駅に向かった。

 髪の毛はユルフワに巻いて編み込みのハーフアップにして、お化粧はパールブルーのアイシャドウに淡いピンクのグロスリップ。ガッツリメイクは似合わないから、然り気無く、でも盛る所は盛る。睫毛のボリューム二倍のマスカラはウォータープルーフだけど、泣いたら凄まじいことになるから、今日は絶対に泣けないよね。映画もコメディの選んだから大丈夫。

 ワンピースは少し大人をイメージして黒のタイト。ウエスト高め切り替えで、不規則に白のストライプが入ってる。私の身長でロングや膝丈は似合わないから膝上十センチだけど、少し短かったかな?

 カーディガンとヒールのサンダル、ショルダーバッグは白で揃えてみました。ついでに髪止めもね。


 吾妻君はすでに待っていて、壁に寄りかかりながらスマホをいじっていた。

 黒地のTシャツにジーンズ。それだけ。それだけなのに、何であんなにカッコいいの?!

 入学当時はツンツンのショートヘアだったのが、少し伸びてよりカッコ良さ度が上がってる気がする。


 つい見惚れてしまい、立ち止まって吾妻君を眺めていると、スマホから視線を上げた吾妻君と目が合った。


「はよ」

「おはよう。朝早くの待ち合わせでごめんね」

「いや、その方が映画館も空いてるだろうからいいよ」


 確かに映画館も空いているだろうけど、なるべく長く吾妻君といたかったんだもん。言えないけどね。


「行くか」


 吾妻君が歩き出し、私がその後に続く。いつもなら普通に手をつないでくれるのに、今日の吾妻君の両手はズボンのポケットだ。何で?


 映画館につき、チケットを購入して中に入る。朝一恐るべし。前後左右誰もいない。それどころか、同じ列にも誰もおらず、全体を見渡すとパラパラしか入っていない。


「空いてるね」

「そうだな」


 吾妻君は胸の前で腕を組んでいて、宣伝が始まった画面を真っ直ぐ見ている。私はさりげなく肘掛けに手を置いたけど、映画の最中も吾妻君の手は私の手を握ってはくれなかった。こんなことならホラー映画にすればよかった? 目を開けていられる自信はないけど。


「面白かったな」

「そうだね」


 嘘です。吾妻君の手が気になって、手をつなぎたくてソワソワして、内容なんかほとんど頭に入ってないから。


 それからファミレスでお昼を食べて、当たり障りのない会話(バイト先の常連のおじさん達の笑い話とか、高校の時の友達の話や体育祭や文化祭の話)をし、時間はすぐに一・二時間たってしまう。


 吾妻君と向かい合って話すのは楽しいけど、できればくっつきたい。甘えたい。安心したい。

 今日は一度も触れてくれないのは何でだろう?

 大学とかで手をつなげなくても、頭をポンポンってしてくれたり、然り気無く肩が触れるくらいの距離にいてくれたりするのに、今日はその距離も半歩遠い気がする。


「吾妻君、お散歩しようよ」

「いいよ。じゃあ出るか」


 割り勘でお支払いをして外に出ると、ムワッと暑くて日差しが厳しかった。私は日傘を出してさした。日傘の分、より距離が開いてしまう。


「吾妻君、日傘一緒に入る? 」

「別に……いや入る。傘、俺が持つな 」


 最初は断られるかと思ったけど、吾妻君はすぐに私から日傘を受け取って一歩私に近寄った。

 手を伸ばせばすぐに触れられる距離だ。

 それが凄く嬉しい。


「腕……つかまってもいいかな?」

「もちろん」


 吾妻君の腕は筋肉で固くて安定感があった。

 すぐそばの国立公園へ向かうと、あまりの暑さのせいか、人はあまりいなかった。多分噴水とか水遊び広場なんかには人がいるんだろうけど、私達は人気の少ない散歩道を歩いた。「涼しくはないけど、日差しを避けられるだけいいよね」と散歩道を選んだけど、本当はあまり人がいなさそうだったから。


 だって、二人っきりになりたかったんだもん。


 日傘は散歩道に入った時点で木陰が多かったから閉じていたが、吾妻君の腕にかけた手はそのままにしていた。


「蚊にくわれそうだな」

「そうだね……あ、虫除け持ってるよ。つける? 」


 散歩道から少し入ったところにあるベンチにくると、ショルダーバッグの中をゴソゴソ漁った。小さな虫除けはなかなか見つからず、ベンチの上に荷物を出しながら捜した。


「そんな小さなバッグに色々入るもんだな」

「そう? スマホ、キーケース、化粧ポーチ、ハンカチにティッシュ、日焼け止めに日傘、お財布……あとはあった! 虫除け」


 間口が小さいから、いちいち出さないと見つからないのが厄介だけど、確かに色々入るしフリンジがいっぱいついていて可愛いから愛用している。

 吾妻君の腕に虫除けをスプレーし、自分の手足にもかける。かけたところの隙間をぬって刺されるから、最近の蚊は逞しい。


「あ、虫刺されの薬も持ってるから、刺されたら言ってね」

「至れり尽くせりだな」

「でしょ。熱射病予防に塩分補給のタブレットどうぞ。お茶もあるからね」


 お茶のペットボトルは一つだから、一緒に飲もうねとペットボトルを手渡す。


 吾妻君は一瞬視線をさ迷わせたが、ペットボトルを開けるとグイッと一口飲んだ。喉仏が動いて凄くセクシーだ。差し出されたペットボトルを受け取り、私も一口飲んでからショルダーバッグにしまった。


 荷物をしまいながら、二人でベンチに腰かけた。


「手……」

「手? 」

「手をつないでもいいか?! 」


 今さら?

 キスだって、それ以上のことだって(未遂だけど)してるのに、いきなり手をつなぐ許可なんかいらないのに。


「もちろん」


 吾妻君は私の手を握ると、小さく息を吐いた。まるで初めて手をつなぐように緊張した吾妻君の様子に、ただ手をつながれただけなのに私まで緊張してしまう。

 そのまま会話もなく、ただ寄り添って手をつなぐ。シェイクハンド、恋人つなぎですらないのに、やっとつなげた手にドキドキする。


 吾妻君の肩に頭を寄せると、吾妻君の手に力が込められた。


 回りには誰もいないよ! 吾妻君、キスするなら今だよ!

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