第48話 黄色の柄パン

 もう眠い。目がくっつきそうです。


「莉奈、部屋に戻ろう」

「まだ大丈夫……」


 佳苗ちゃんに肩を抱かれ、私はトロンとした目を開けた。気を抜くと瞼が下がって身体が弛緩してくる。別に飲酒はしていない。回りの人はみんな泥酔一歩手前で、ご機嫌に騒いでいるけれど、私のは純然たる睡魔によるものだ。


 吾妻君達……吾妻君がくるって聞いてるから、絶対に寝たくない。


 日にちがかわる少し前、研究室組がやってきた。


「莉奈、修斗来たよ」


 佳苗ちゃんは私の隣から目の前の席に移動する。

 私の眠気は一瞬にして目覚めた。

 部長を先頭に、吾妻君は一番最後に食堂に入ってきた。


「吾妻君! 」


 吾妻君は私の横にくると、ちょっと気まずそうに座った。

 吾妻君と最後に会ったのは、衝撃の「練習してくる! 」発言が最後だった。あの時のことを思い出すと、さすがに私も恥ずかしい。会えて嬉しいのと、あと一歩……先チョン(何がとは聞かないで! )くらいで泣きわめいてしまった気まずさが交ざって、視線を合わせることができない。


「研究室、大変? 」

「雑用ばっかだよ。でも勉強にはなる」

「そうなんだ」


 この間も視線は合わない。お互いにね。


「修斗、これ入らない? 」


 佳苗ちゃんがラインの画面を出して吾妻君に見せた。


「佳苗ちゃん?! 」

「何……これ? 」

「ジョークみたいなものだから!」


 伊藤ちゃんを守る会、グループ名がこれってどうなの?!

 吾妻君は佳苗ちゃんのスマホを見て眉間に皺が寄っちゃってるし。


「莉奈ったらモテモテで、おじさん達のアイドルになったのよ。で、これが公式FC」

「違うからね?! 三田先輩が暴走して、なんかオモチャにされただけだから」


 吾妻君のポケットからピロンと音がし、吾妻君がスマホを取り出して見る。佳苗ちゃんがニマニマ笑って「招待しちゃった」と言った。

 私が慌てて自分のスマホを見ると、さっきのふざけた名前のグループラインに【佳苗が吾妻をグループに招待しました】の文字が。そしてすぐに【吾妻がグループに参加しました】の文字がピコンと表れる。


 ウソーッ! 何吾妻君参加してるの?


「アルバムに莉奈の写真がアップされてるからね」

「え、どれ? 」

「これよ、これ」


 佳苗ちゃんが吾妻君のスマホで、アルバムの見方を説明し、同時に自分のスマホもいじっている。とっても器用ね……じゃなくて、グループラインに吾妻君の紹介文がアップされた。もちろん出所は佳苗ちゃん。

 その途端、他の方々から怒涛の質問攻めがピコンピコン続き、何故かそれに佳苗ちゃんが対応。

 私はばらされていく吾妻君との馴れ初め(佳苗ちゃん、それは個人情報ですよ?! )に、恥ずかしくてスマホの電源を落とした。


「何、何ーッ? 君達いつも一緒にいるね。私も混ぜて」


 三年の雅先輩が吾妻君の隣に来て座った。黒髪ストレートの切れ長で涼しげな目元が印象的な先輩だ。一見地味目に見えるけれど、よく見るとパーツは整っている。


 無理やり席に入ってきたせいか、吾妻君との距離が近い気がする。雅先輩が身をのりだし気味にしているせいか、吾妻君の腕に雅先輩の胸がつきそうになり、吾妻君は私の方へお尻をずらした。

 私の腕と吾妻君の腕がピッタリくっついて、ついでに座布団に置いていた私の手の上に吾妻君の手が重なり指がからむ。

 思わず顔が赤らんでしまう。デートの時とかは手を繋ぐけれど、他の人もいる所でされると凄く恥ずかしい。


「ね、どっちかが吾妻君の彼女な訳? それとも二人共ただの友達?あ、待って! 言わないで。当てるから」


 雅先輩は 吾妻君の真横にいる私、吾妻君の正面に座る佳苗ちゃんを交互に見た。


「うーん、なんか二人共しっくりこないなァ。タイプが違う感じ?デカイ吾妻君の横に小さい女子ってのは萌えるポイントだけど、絵面的にバランスがねェ……」


 一般的に見て吾妻君と私、バランスが悪いってことでしょうか? 眠さも吹っ飛んで落ち込んでしまう。

 そりゃね、吾妻君は強面オーラが全面に出てるから今一認知されてないみたいだけど、私的にはできるだけ隠しておきたいけど、ワイルド系イケメンだと思う。目力が強すぎるから怖がられてるだけで、もし吾妻君がもう少し柔和な表情したら、みんな一発で惚れてしまうと思う。


「横に並べて描きたいって思えないから、三人友達一択で」

「外れでーす。そこの二人はカップルですよ」

「え? でも伊藤さんは伊藤君の彼女じゃないの? 」


 雅先輩の爆弾発言に、一瞬この場が凍結する。


 どこでどうしてそうなった?!


「ないないないないです! 武ちゃんは父方の従兄弟ってだけで、全くのあかの他人ですから! 」

「莉奈、そこは他人じゃなく親戚ね」


 勢いあまって否定しまくった私に、佳苗ちゃんが訂正を入れる。


「あら、でも伊藤さんがサークルに入った時に、伊藤君が大分男子に牽制してたわよ。俺の莉奈に手を出すな的に。そういえば、伊藤君は? 」

「武ちゃんは風邪ひいて来てません。くる前に叔母さんから連絡ありました」


 そう、今回の合宿が比較的居心地が良かったのは、会えば嫌みばかりで意地悪な武ちゃんがお休みだったから。まぁ、武ちゃんはごますり人間だから、もし来てたとしてもOBが多いこの合宿なら私にかまう暇はなかっただろうけど。


「私、ちょっとトイレ」


 佳苗ちゃんがトイレに立ち、それからすぐに吾妻君がちょっとと前園先輩に呼ばれて席を外し、私の横に雅先輩が移動してきた。


「ね、吾妻君と付き合ってるんなら、もう吾妻君とはしたのよね?」

「は? 」

「だから、もうヤッたんでしょ?……エッチよエッチ」


 雅先輩は私にだけ聞こえるように、声をひそめて言う。


「はい? 」

「彼、凄く綺麗な筋肉してるじゃない? 腹筋とかバキバキに割れてるし、本当理想的な身体よね。太腿の筋肉もセクシーだったし、あの身体たまらないわよね。裸体とか芸術品だと思う訳」

「……」


 日本人形みたいに上品な顔つきの雅先輩の口から、とんでもない発言が飛び出す。しかも、あたかも吾妻君の身体を見たことがあるような口ぶりで……。


「本当……魅力的な身体だわ」


 離れた席で前園先輩に連れられてOBに挨拶回りしている吾妻君を、雅先輩はウットリと見つめている。お酒を飲んでいるせいか、その目元は赤らみ、妙に色気を醸し出していた。


「あの……」

「そうだ、彼に似合うシックな下着をプレゼントしようかしら。どうせ(描く)なら裸体がいいけど、黒とかの方が彼には似合うわよね。黄色の柄パンじゃ(描く気も半減しちゃうわ)ね」


 独り言のようにつぶやく雅先輩に、私の頭は真っ白になってしまう。吾妻君の下着姿を、裸を……見たんだろうか?

 どうして? 何で?


 その時、「練習してくる! 」と言った吾妻君の言葉が頭に響いた。


 まさか、雅先輩と練習したの?!


 放心状態の私を残し、雅先輩は他の先輩に呼ばれて移動してしまった。それと交代するように佳苗ちゃんが帰ってきた。


「莉奈、どうしたの? 眠い? 」

「……ううん」


 顔色をなくした私の顔を佳苗ちゃんが覗き込む。


「私……ちょっと吾妻君と話てくる。二人で話したいの」

「うん? なら呼んでこようか?」


 前園先輩とOBに捕まっている吾妻君の所に佳苗ちゃんが行き、吾妻君に声をかける。吾妻君はすぐに私の所に来てくれた。佳苗ちゃんは吾妻君の代わりにOBの相手をしてくれているようだった。


「どうした? 具合悪い? 佳苗が伊藤の顔色が悪いって。部屋送るか? 」

「具合は悪くないよ。でもここから出たい」

「あぁ、じゃあ送る」


 食堂の建物を出て、真っ暗な表に出る。道並みに街灯はたっているが数は少なく、そこから離れた所は全く先が見えない。点在しているログハウス型のバンガローも、明かりがついているものは少なかった。


「凄い、真っ暗だな」


 吾妻君は私の手を握り、足元に気を付けろよと、スマホのライトで先を照らしてくれた。いつもならば握り返す手も、さっきの雅先輩の言葉を思うとピクリとも動かなかった。


 雅先輩と練習したの?


 聞きたいけれど聞けない。私が黙っているせいで、吾妻君との間に沈黙が流れる。ついに足まで止まる。


「どうした? 体調悪いのか? 」


 吾妻君が私を覗き込むように屈んでくれる。眉間に皺が寄っているけど、私のことを心配してくれている顔だ。私ゆっくりと首を横に振る。


「もしかして……寂しかった? 」


 寂しいのは寂しかった。今の気持ちは違うけど。


 吾妻君がギュッと抱き締めてくれた。この感触を雅先輩も知っているんだろうか?

 抱き合う吾妻君と雅先輩を想像してしまい、私は頭を吾妻君の鳩尾に押し付けた。


「伊藤……」


 掠れたような吾妻君の声に顔を上げると、吾妻君の顔が近づいてきて唇が触れた。軽く押し当てられ、離れたかと思うとすぐに角度をかえて触れてくる。唇を甘噛みされると身体の力が抜けてしまい、吾妻君に抱き抱えられるようにキスが深まる。


 吾妻君はキスが上手いと思う。

 他に比べる人がいないからわからないけど、吾妻君にキスされると頭の芯がボーッとなって、それ以外考えられなくなるから。


 私以外の誰としたの? 雅先輩? プールで会った舞先輩? 私の知らない誰か?

 雅先輩とこの間続きを練習したの? 黄色の柄パンって?


 涙が零れそうになり、思わず自分の唇を噛んでしまう。その唇を舐められ目を開けた私は、間近で吾妻君と目があった。吾妻君はキスの間も私を見ていたようだ。


「……ヤバイ。我慢出来なくなりそう」


 吾妻君は切そうにつぶやいたが、私の頭の中は吾妻君のパンツの色のことでいっぱいだった。吾妻君が本当に黄色の柄パンを履いていたら、つまりはそういうことだよね? 雅先輩とパンツ見せ合うようなことしたんだよね?


「吾妻君…………、ズボン」

「ズボン? 」

「ズボン脱いで! 」

「エッ?! ここで?! 」


 私は吾妻君のズボンに手をかけた。

 そして……黄色の柄パンを目にしてしまった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る