第47話 その頃俺は…吾妻君サイド
研究室の夏合宿、結構ハードだった。
実験機材運びに先輩達のサポートという名前の雑用係、なんかこの研究室に誘われた理由がわかる気がする。いわゆるガテン要員。体力と腕力のみが求められている気がする。
でも、別にそれはそんなに嫌じゃない。適材適所って言葉もあるし、先輩達の研究を見てるだけでも勉強になるから。それに、ここでは誰も俺のことを見てビクビクしない。みんな自分の研究に没頭しているせいか、研究以外のことに興味がないんだろう。ちょっと強面の力持ちの雑用係としか思われていないようだ。
「部長、あの……ここで合宿する意味があるんすかね」
「ここはサークルじゃないから部長は止めてね」
「前園先輩、研究室に泊まり込みでも良かった気がするんすけど」
わざわざ高い機材を細心の注意をはらって運び、研究室をそっくりそのまま移転する時間と労力があったら、もっと有意義に研究に時間がさける気がした。大学の保養施設の一つだから、宿泊費は激安だし研究室よりは広々とした空間を使えるから、ストレスは軽減できるけれどもだ。
初日から思っていたことを、つい前園先輩に聞いてしまう。
前園先輩はアイスキャンディを口に突っ込みながら、顕微鏡を覗いている。この顕微鏡だって、何台箱詰めして運んだことか。
「そりゃ、夏を満喫したいからじゃないか? 」
「朝から晩までこもりきりなのにすか? 」
「空気がうまい! 最高! それにつきるね」
つまりは気分転換の為だけに来たということか?
学生はヒキコモリで実験し、教授は趣味のトレッキングで帰ってきやしない。研究材料の採取って名目らしいけど、確実に楽しんでいるのは見ててわかる。
「吾妻君、ちょっとお願い! 」
三年の先輩に呼ばれると、前園先輩は顕微鏡を覗いたまま俺に手を振った。
「はい何ですか? 」
「あのね、あの上の棚の箱を取って欲しいの」
「いいっすよ、あれですか」
俺を呼んだのは三年の
伊藤よりもちょい高め(女子としたらちょい低め)の身長に、肩までの黒髪ストレート。美人なんだろうけれど日本人形(夜中に髪が伸びるやつ)を彷彿とさせる人だ。ちょっと何を考えているかわからない系の人で、だからこそ俺にも無造作に話しかけてくるんだろう。
「そう、それ! 重いから気をつけて」
「了解っす」
何が入っているのか知らないが、女子が下ろすには酷な重さの段ボールを床に下ろし、ついでに運ぶことを伝えると、雅先輩は赤い唇でニターッと笑みを浮かべる。
「それじゃあ、私の部屋に運んでちょうだい」
研究室代わりのホールではなく、自分の部屋?
男子はホールで雑魚寝状態だったが、女子には一応個室が与えられていた。二階の雅先輩に割り振られた個室に段ボールを運ぶと、雅先輩が扉を開いて押さえていてくれる。部屋の中に入って段ボールを置くと、後ろでガチャリと音がした。
振り向くと、雅先輩が後ろ手にドアを閉めていた。
鍵閉められた?
「……先輩? 」
「フフフ……」
笑いながら近寄ってくる雅先輩は、怖くはなかったけど不気味過ぎた。
「理想的だわ」
俺の前まで来ると、俺の二の腕をギュッと掴む。痛くはなかったが、何がしたいのかわからずに戸惑ってしまう。
「あの……先輩? 」
「脱いで! 」
「いや、あの、先輩?! 」
雅先輩は俺のTシャツに手をかけたが、 身長差から腹を捲り上げるくらいしかできない。先輩に触るのも憚られ、その手を押さえることもできず、自分のTシャツを引っ張って下げる。
「ならば! 」
雅先輩は、いきなり攻撃先を変えた。狙われたのは俺のトレパン。履き古してゴムが弛くなっている俺のトレパンは、全く無抵抗に引きずり下ろされる。まさかそっちに手をかけられると思っていなかった俺は、トレパンが膝にもたついた状態で俺の派手めの黄色の柄パン(ボクサーパンツ)をさらされる。
「派手ね。目に痛いわ。……でも嫌いじゃないわ」
いや、あんたにパンツ好かれたくないし、これは母親が勝手に買ってきただけだし、ってかこの状況は何だ?!
襲われてるのか?!
今までも、俺と既成事実とやらを作ろうと、迫ってくる肉食女子がいないこともなかった。男をアクセサリーの一種くらいにしか思っていない輩で、いわゆる周りから怖がられてる俺を好きにできる立場が欲しいだけだった。
そんな女子は、大抵は色仕掛けで迫ってきて、俺をその気にさせようとくっついてきたり、わざと衣服をはだけさせてチラ見せどころかガン見せさせてきたりしていた。そんな女子に魅力を一ミリも感じたことはなかったし、俺の下半身も反応することはなかった。
そんな経験上、まさか全く迫られることなく、いきなり自分が脱がされるなんて想像もしていなかったから、あまりに無防備にパンツ姿をさらけ出してしまった。そしてあまりのことに放心してしまう。人間、あまりに驚くと一瞬思考が停止するのな。
雅先輩の手が俺の太腿を撫で、その瞬間放心していた俺の意識は覚醒し、俺は雅先輩の手首をつかんで引き剥がした。それと同時にズボンを引き上げる。
「雅先輩、駄目だ! 何すんだ?!」
「何って、筋肉を愛でるのよ」
「は? 」
雅先輩はまるで悪びれた感じもなく、俺の身体をウットリと眺める。
「私の趣味は絵を描くことなの」
「絵……すか」
「そう! しなやかな筋肉、盛り上がる筋肉、躍動する筋肉! それを絵に留めるのよ! 」
筋肉フェチ? ってか、変態かよ?
「あなたの筋肉、私の好みドストライクなの。これを愛でて絵に残さないなんて、筋肉への冒涜だわ! そう思うでしょ」
「思わない! 全く思わないから!ってか、いきなり男のズボン引き下げるとか、勘違いされて襲われたらどうするんだ」
「え? 吾妻君私を襲うつもりあるの? 」
「ない! 彼女以外とそういうことするつもりないし」
「まぁ、この筋肉を堪能できるなら、それはそれで……。身体を許せば全裸の絵を描かせてくれるって言うなら。芸術の為なら一肌だって二肌だって脱ぐから、吾妻君も脱いでちょうだい! 」
「無理!! 」
この先輩、変態過ぎて怖過ぎるだろ。
脱げ! 脱がない! の押収を繰り返したが、どこまでいっても平行線で、雅先輩の筋肉へ対する熱量に圧されそうになる。いや、脱がないけどな!
こっちが女子にノータッチなのをいいことに、雅先輩は攻め攻めだ。
「せ……先輩、マジで止めましょ! 止めろて! 」
再度ズボンを引きずり下ろされそうになり、思わず先輩を突き飛ばしてしまった。雅先輩が吹っ飛んだ先はベッドで、先輩はポスンとベッドに転がる。一瞬やっちまったと青ざめたが、雅先輩はビックリしたように目をまん丸にした後、笑顔で俺に両手を広げてきた。ベッドに押し倒した訳じゃないから!
とりあえず無傷だ!!
「失礼しまっす!! 」
俺は脱兎の如く逃げ出した。ドアに走り鍵を開ける。廊下に転がりだし、ひたすら走る。
女子、マジこぇーッ!!
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