第46話 伊藤ちゃんを守る会? 意味わかりません
「伊藤ちゃんって、吾妻と付き合ってるってマジ? 」
サークルの合宿初日(明日には帰るんだけどね)、六人部屋のバンガローに荷物を置いた後で食堂に集まり、ここでテニス組・プール組・アスレチック組に別れて各グループ昼まで遊ぶことになった。
私と佳苗ちゃんはアスレチック組。テニスはできないし、プールは大勢の知り合いの前で水着姿を披露するのはちょっと嫌だったから。
巨大野外アスレチックはこの施設の目玉で、正直に面白そうだと思ったんだよね。吾妻君がいればもっと楽しめるだろうけどさ。
そんなアスレチックを楽しんでいた時、登り棒を登るのに手を貸してくれた先輩にいきなり聞かれた言葉が冒頭のあれだった。
「はい? 」
名前も知らない先輩で、何故か引き上げてくれたまま手を離してくれない。
「脅かされてるならさ、相談にのるし」
「いえ、別にそんなんじゃ」
「大丈夫! 俺色んなつてがあるからさ、あいつが手を出せないように出来ると思うし」
すでに二つ先のアスレチックをクリアした佳苗ちゃんが、地面から私を見上げて手を振っている。私も手を振り返したかったけれど、先輩に握り込まれた手を振りほどいていいものかわからなくて返せない。困っているのが表情に出たのだろう。先輩はそれを自分の良いように解釈したらしく、「わかっているから大丈夫」と、さらに強く私の手を握る。
「あの! 吾妻君と付き合ってるのは脅されてるとかじゃなくて、私が吾妻君のこと好きだからです」
「そう言えって言われてるんだろ? 」
この人、人の言うこと聞く気あるのかな?
「俺ら二年でさ、伊藤ちゃんを守る会を発足した訳。俺と斉藤と矢島の三人で」
「は? 」
斉藤さんも矢島さんも顔が浮かばないし、何よりあなたはどなたですか?
「俺らで吾妻から伊藤ちゃんを守るからさ! 大船に乗ったつもりでいてよ。なんなら、毎日護衛とかするし」
「けっこうです! 私が吾妻君と一緒にいたいんですから、邪魔しないで下さい」
「またまたぁ。俺らのこと信用してくれていいから」
だから、俺らがどなたかわかりませんてば。この人、耳聞こえてるのかしら?
あまりに下りてこないのを怪訝に思ったのか、佳苗ちゃんがアスレチックの真下まで来てくれた。
「莉奈、怖くて下りれないの? 迎えに行こうか? 」
「大丈夫! 今行く」
先輩に「じゃあ」と言い、少し強引に手を引っ込める。佳苗ちゃんが来てくれたからか、手は簡単に外れた。そのまま今度は紐をつたってアスレチックを下りた。
「どうしたん? 」
「わかんない」
ヒラヒラと笑顔で手を振っている先輩を見上げて、佳苗ちゃんが鼻に皺を寄せる。
「あの人、二年らしいんだけど、佳苗ちゃん知ってる? 」
「ああ、金谷さんだよね。いつも男三人でつるんでる」
佳苗ちゃんはそんなにしょっちゅう会う訳でもないサークルの先輩を全部把握しているらしく、地頭の良さが伺える。私は女の先輩なら何とかだけど、男の先輩は部長の前園さんくらいしかわからない。同級生だってアヤフヤなくらいだから。
マナちゃんの彼氏の……山本君?坂本君? ……橋本君だ! くらいはちゃんと……アバウトに覚えてるよ。フルネームは知らないけどね。
「三人……その三人かな」
「どうしたの? 何か言われた」
「ううん、大丈夫。続き行こ」
伊藤ちゃんを守る会……意味がわからないから放置ということで。
あまり深く考えない私は、金谷先輩のことも伊藤ちゃんを守る会のこともマルッと忘れてアスレチックを楽しんだ。
今晩、伊藤ちゃんを守る会会員が爆発的に増えることも知らずに。
★★★
早めの夕飯を取り、そのまま飲み会へと移行した。
まだ研究室組の四年生、三年生そして吾妻君は来ておらず、どちらかというとOBの方が多い中、私達一年はお酒係として奔走していた。
自分の受け持ちのテーブル(十人掛け)に目を配り、お酒がなくなりそうな先輩やOBがいたらすかさず声をかける。そして、二年のお酒作り隊に注文に行く。
新歓コンパ以上にOBが来ているのは、仕事の息抜きの為なのかな? けっこう年上の人達まで来ているようだ。
「何お飲みになりますか? 」
正直、知らない(OBなんだけどね)おじさん達に声をかけるのは辛い。しかも酔っぱらいだし。
「一年か、何ちゃん? 」
「伊藤莉奈と申します。理学部一年です」
「女の子なのに理学部なんだ。周り男ばっかだね。君みたいに小さくて可愛い女の子はお姫様状態でしょ」
頭をポンポンと撫でられ、なんか扱いが子供? と思わなくもないけれど、とりあえず愛想笑いを浮かべて「そんなことないですよ」と返す。実際、男の子とはサークル関係の子以外とは喋ったことないし。男子は吾妻君か吾妻君じゃないかの二択で、吾妻君以外の男子は正直苦手なんである。
「蓮見さん、伊藤ちゃんにおさわりはご法度です! 」
いつの間にか現れた……誰だっけ? とにかく先輩の一人が私とOBの先輩の間に入ってきた。
「そうそう! これ、会員規約です」
ペラッとした紙が私の後ろからヌッと出てきた。驚いて振り返ると二年の先輩が二人立っていた。一人はさっきの金谷先輩だった。
ということは、この三人は……。
OB先輩が受け取った紙には、伊藤ちゃんを守る会規約とデカデカと書いてあった。
「ウォッ! ファンクラブか?!すげぇな」
「違います! そんな軽薄な会じゃないですから。我々は伊藤ちゃんの純潔を守る為、伊藤ちゃん公認の日々見守り隊です! 」
「おー、伊藤ちゃんは純潔か」
「当たり前です! 」
「公認なんかしてません!! 」
私の叫び声と二年先輩達の声が重なる。
もう、どこから突っ込んでいいかわからない。
だいたい純潔って純潔って……、何故に当たり前かがわからない。吾妻君って彼氏だっているのに。そりゃまだそうだけど。未遂だったけど……。
「何、何ー? 伊藤ちゃんを守る会? 何それ、俺も入れて。フムフム、何何、会報もでるの? 生写真販売あり? マジで?! おさわり禁止? 頭撫で撫でくらいは良くない? 可愛い子は愛でたいじゃん。ほら、芸能人だって握手会あるしね。俺、会長になったげる! 」
「「「是非! 」」」
違うテーブルにいた三田先輩までピョッコリ現れ、会員規約をもらっていた。
「という訳で俺、会長として勧誘してくる。会員増やして、会費も取ろうぜ」
「お供します! 」
「ちょっと、先輩?! 」
三田先輩を筆頭に二年三人組は伊藤ちゃんを守る会の布教活動に行ってしまった。
「なんか大変そうだね」
「そう思うなら止めて下さいよー」
「三田がノリノリだから無理無理。あいつお祭り好きだし、騒ぎを二倍三倍にするお騒がせ男だからね。あ、で、僕ビールね」
空になったグラスを渡され、「ただいま」とおかわりを貰いに行く。それからも先輩達の間をお酒の注文を受けに走り回り、飲み会が始まってから四時間がたった。
女子の先輩やOB達は部屋に戻る人達も増え、つぶれて寝てしまう先輩や、仲の良い同士で外に飲みに行くOB、食堂に残ってさらに飲み続ける人達と、どんどんテーブルは縮小され、最後にはテーブルを二つくっつけて一卓になった。
一年はほとんど部屋に引き上げた中、私と佳苗ちゃんだけは残っていた。私は吾妻君を待っていたからで、佳苗ちゃんはそんな私に付き合ってくれた。
残っているのは酒好きな酒豪のOBや先輩で、三田先輩も真っ赤な顔をしながら、私の隣でご機嫌に焼酎のソーダ割りを飲んでいた。
「見て見て。こんなに集まったよ」
三田先輩は、さっきの会員規約の紙の裏に会員名簿と書いてあり、十数人の名前が連なっている紙を私の目の前に置いた。ちなみに、二年生先輩は三人共飲み潰されて部屋に担ぎ込まれている。
「何ですか、これ? 」
佳苗ちゃんが紙をペラリとめくり、表の文章を読む。
「アハハ、何これ」
「佳苗ちゃん、笑い事じゃないよ。三田先輩、困ります」
「別にいいじゃん、伊藤ちゃんには面倒かけないし、陰ながら見守る感じ? 吾妻との進展は逐一報告してね」
「嫌です! 無理です! 」
「ちなみにほら、グループライン。今日の伊藤ちゃんのラインナップ」
グループネームが【見守り隊】のラインが開かれ、そこには私が真っ赤な顔で登り棒を登っている写真や、唐揚げを頬張っている写真などが掲載されていた。
「肖像権の侵害です! 」
「会員特権ってことで。社畜のおじさん達のオアシスなんだから」
社畜のおじさん達って……。
会員名簿とやらを見ると、確かに在校生は二年の三人だけで、後は全く知らない名前とその横に会社名が書いてあった。
ほとんど接点のない人達だからいいのか?
「すっごい、一流商社ばっかだね」
佳苗ちゃんも会社名を読み上げて関心したように言う。
「そ、うちのOB・OGは一流企業の役員も多いから、顔繋いどけば就職便利だよ」
やっと大学受験が終わったばかりで、就職なんて遥先のこととしか認識できない。
「それ、私も招待して下さい!変な写真が出回らないかチェックしますから」
「あ、面白そうだから私も」
佳苗ちゃんと私は三田先輩とフルフルをしてライン交換し、グループラインに招待してもらった。
同時に、会員の皆様からよろしくのスタンプが贈られてくる。おじさん達のわりに、可愛らしいスタンプが多いのは少し笑えた。
こうして、なしくずしに伊藤ちゃんを守る会は公認FCになってしまった。
というか、吾妻君はどうしてるの?!
もう十時過ぎましたよ!!
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