第33話 アルバイトで愛を叫ぶ
夏休みに入り、私は週四でバイトに入ることになった。
バイト先は喫茶店で、パパの親友の及川のおじさんがおばさんと二人で経営している。バイトは私と高校生の
私が週四でバイトを頼まれたのは、及川のおばさんが入院して手術しなきゃならなくなったからで、その間は及川さんちの長男、大学三年生の
及川さんちには小さい時からお世話になってるし、おじさんとおばさんは第二の両親と言っても過言じゃない。
だから、まさか彼氏に会いたいからバイトは控えめにしたい……なんて言えないよね。しかも、おばさんが大変な時にさ。
それになるべく休みは吾妻君と合わせたし、愛花ちゃんにも融通きかせてもらったし。第一、デートをする為には軍資金も必要だ。その為にも働かねば!
吾妻君も短期のバイトを入れたらしいしね。
「いらっしゃいませ~」
押して開けるタイプのうちのお店は、お客様がくるとカランカランといい音が鳴る。
「やっほー、きたよ~ん」
「佳苗ちゃん! 遥君もお久しぶりです。あ……吾妻君も来てくれたの?! 」
店の中に入ってきたのは、佳苗ちゃんに遥君、少し遅れて吾妻君だった。今日、バイトが三時で上がれるから、佳苗ちゃんと買い物へ行こうって約束していた。
「足と荷物持ち連れてきた」
足は車の運転ができる遥君だろうから、荷物持ちはガッチリ逞しい吾妻君だろう。
エッ? ……買い物に連れて行くの?
みんなでプールへ行こうっていうのが現実になり、どうせなら水着を新調しちゃおうって、今日の買い物は水着の筈だよね? 買うのは一着だし、重くないよ? 試着とか見られちゃう感じ?!
そりゃプールでは見られちゃうけど、みんか揃って水着でいるのと、試着の為に一人で水着になるんじゃ、恥ずかしさは百億倍だよ!
「修斗がスク水しか持ってないって言うから、ついでに連れてきちゃったよ」
ということは買い物は別かな? 男子水着売り場と女子水着売り場は多分場所違うよね。
私は少し落ち着きを取り戻し、三人をカウンターに案内した。
「莉奈の大学の友達? 」
今日は及川のおじさんが病院にお見舞いに行っているから、俊平君がマスター代理でカウンターの中にいた。俊平君はお水を出しながら軽く頭を下げた。
「うん、そう。佳苗ちゃんと吾妻君が同じ大学で、遥君は佳苗ちゃんの彼氏君なの」
「へぇ、そう。いつも莉奈がお世話になってます。そっか、莉奈にも男の子の友達ができたか」
俊平君にポンポンと頭を撫でられ、私は子供扱いしないでと頬を膨らませる。ほぼ赤ちゃんの時から知られているから、いつも子供扱い妹扱いしてくるんだよね。ちなみに、私より二つ年下の本物の妹の愛花ちゃんよりも子供扱いかもしれない。愛花ちゃんはスラリと背の高い美人ちゃんで、私より大人っぽく見えるからしょうがないんだけどさ。
「莉奈は男の子が苦手だったから、かなり心配してたんだよ」
「今だって男の子は苦手だよ。でも吾妻君は平気。平気っていうか好きだよ。みんな、何飲む? アイスティー? アイスコーヒー? 」
佳苗ちゃんはアイスミルクティー、吾妻君と遥君はアイスコーヒーを頼んできたので、私は手早く用意してカウンターに出す。
「莉奈、そんな簡単に男の子に好きとか言ったらダメだよ。勘違いされるだろ」
俊平君が「サービスね」とコーヒーゼリーを出してくれた。
「簡単になんか言ってないよ」
「だっておまえ、金森のじいさんにも大好きとか言ってなかった?」
「いつよ? 記憶にないもん」
金森のじいさんとは、うちの喫茶店の常連さんでもあるけど、近所の駄菓子屋さんのおじいちゃんで、しょっちゅうオマケをしてくれる気の良いご近所さんだ。
「小学校三年の時かな? 大好きって抱きついてたぞ。あと、八百屋の政さんにも」
政さんていうのはパパくらいの年齢のおじさんで、よく果物を試食させてくれるご近所さんだ。
他にも肉屋の権さん、豆腐屋のジロさん、魚屋の長さん……、みんなオマケをくれたり味見させてくれる商店街のおじさん、おじいさん達だ。
私って、餌付けされてる?
いやいや、物をくれるから好きな訳じゃなく、いじめッ子を撃退してくれたりとか、学校の行き帰りに声をかけてくれたり、とにかく温かく見守ってくれたからで、物につられた訳じゃない……と思う。というか、吾妻君を好きの好きとおじさん´sのとでは種類が全く違う! 同じにされたら困る!
「吾妻君を好きはその好きと違うの! 世界で一番大好きなの! 恋人の好きの好きなの! 」
それまでざわついていた店内がシンと静まる。佳苗ちゃんはニマニマ笑っているし、遥君は吾妻君の腕をヒーヒー言いながら叩いている。当の吾妻君は難しい顔をして横を向いてしまった。
もしかして、羞恥心のない奴って呆れられた? !
嫌われたんじゃないかという思いと恥ずかしさから硬直する私と、なぜか同じようにフリーズ状態の俊平君。先に動いたのは俊平君だった。
「こ……恋人の好きって、莉奈にはまだ早いだろ」
なぜか猛烈な勢いで皿を洗い出す俊平君は、泡が飛び散ることも気にしていないようだ。業務用食洗機があるから、軽く流すくらいでいいんだけど。
「何でよ? もう大学生だよ。早くなんかないし、パパもママも私に彼氏ができたって喜んでるもん」
ママは本当に無茶苦茶喜んでる。ママは筋肉マッチョ大好きだし、遥君みたいな優しげなイケメン(見た目だけみたいだけど)よりは、キリリと男らしいタイプが好きだ。パパは喜んでる……かどうかは微妙だけど、反対はしていない。少し寂しそうだけどね。
「彼氏……、親公認って……」
「伊藤……莉奈さんとお付き合いさせてもらってます吾妻修斗です」
吾妻君がわざわざ立ち上がって頭を下げた。
「やだ、吾妻君。俊平君はただの幼馴染みだよ。そんなしっかり挨拶なんかいらないって」
「ただの幼馴染み……」
俊平君が何やらショックを受けているようだったけれど、初めて吾妻君に「莉奈さん」とか名前で呼ばれて私は舞い上がってしまっていた。
常連のおじさん連中に「莉奈ちゃん彼氏できたんか? 」とか聞かれて、ご機嫌に吾妻君を紹介しまくったから、きっと今日中に商店街に「伊藤莉奈に彼氏」説が出回ることだろう。
その後、愛花ちゃんがやってきてバイトを交代して佳苗ちゃん達と買い物に向かったんだけど、俊平君はさよならも言わずにボケッとしていた。
いつもはしっかり者の俊平君なのに、今日はどうしたんだろう?
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