第31話 初デートです。彼女から誘われてる?!これってOKってこと?…吾妻君サイド
昨日、遥に言われたことを思い出していた。
【キスくらいかませよ】
【……】
【水族館の近くに観覧車あんじゃん。観覧車のテッペンで初チューとか、女が憧れるシチュじゃね?】
【ふーん、あんたはそうやって女の子を口説いてきたのか】
佳苗の冷たい視線に、遥はニヤニヤ笑っている
【バーカ、俺が女にそんかめんどいことする訳ねぇじゃん。第一デートなんかしたことなかったし】
佳苗と付き合う前の遥は、かなり鬼畜な奴だった。二股三股当たり前、一日に数人の女をハシゴするのもザラで、確かにデートなんかしてる時間はなかっただろう。
嘘みたいだけど、そんな遥の初恋が佳苗だ。初恋だと気づく前に適当なとこで初体験をすまし、さらに気づいてからは拗らせまくって、他の娘でストレス発散してた女の敵みたいな奴だ。
【修斗、バカ遥みたいにいきなり盛ったりしないでよ。莉奈はウブなんだからね】
【あっちだって絶対期待してるって】
こんな会話をしていたせいか、観覧車に乗ろうと言われて、緊張が全身を駆け巡った。
観覧車のテッペン……。
観覧車に乗ってから、伊藤ははしゃぎながらあっちこっち見ていたが、テッペンが近づくと言葉数が少なくなり、俺と繋いでいた手にギュッと力が入った。
俺が少し力を込めて伊藤の手を引くと、伊藤はなんのストレスもなく俺の胸にコテンと倒れてくる。
そっと背中に手を回すと、ビクンと身体を震わせ一瞬身体を硬くしたが、恐る恐るというように俺の背中に手を回してくれた。
俺、今、伊藤と抱き合ってる?!
リンスの匂いだろうか? 優しいフローラル系の匂いが鼻を擽る。香水みたいにキツイ香りじゃなく、でも甘くて下半身にダイレクトに響く香り。
キスとかそれ以前に、あまりに心地好い伊藤の感触と匂いに、俺の思考はフリーズしてしまった。
気がつくと、観覧車がかなり地面に近くなっていた。
「伊藤……」
「ひ……ひゃい! 」
まん丸に目を見開いて見上げてきた伊藤が凄く可愛い。
「下りるぞ」
「え……ッ、あれ……? え……ッ? もう……?」
びっくりしたように辺りを見る伊藤が可愛すぎて、思わず口元が弛んだ。そんな俺を真っ赤な顔で見上げる伊藤に、俺はつい引き寄せられるように額にキスしていた。ほんのコンマ一秒。熱もわからないくらいの接触だった。
「お疲れ様でしたァッ! お足元にお気をつけてお下り下さい」
係員の声に、伊藤は飛び上がるように立ち上がると、グイグイ俺の手を引っ張った。
「あ、吾妻君、ついたって! 」
「またのご来場お待ちしております」
「あ、ありがとうございました!」
真っ赤な顔を隠すようにうつむいてしまった伊藤は、小走りに観覧車から離れると、俺の手を引っ張っているが俺のことを全く見ることなくズンズン歩く。
「伊藤? 」
額にキスなんかしたから嫌われてしまったんだろうか? 抱き締めたのが早過ぎたのか? と、不安な気持ちで伊藤に声をかける。
人目の少ない木陰までくると、いきなり俺に向き直った伊藤は、勢い良く俺に飛び付いてきた。
「伊藤?! 」
ギューギューしがみついてくる伊藤はプルプル震えていて、とにかく落ち着かせるように、頭をゆっくりと撫でてみた。しがみついてくるということは、俺を嫌いになった訳じゃないんだろうし。
「どうした? 」
「恥ずかしかっただけだから! 吾妻君に抱き締めて貰って、嬉しくて、でも色んなこと考えてたらいつの間にか下についてて。おでこにチューも嬉しかったのに、パニックになってよくわからなくて」
おでこをグリグリと押し付けて言う伊藤、マジで可愛過ぎる。
「あ~ッ、うん、わかった。大丈夫。大丈夫だから落ち着いて」
「吾妻君、私、吾妻君にドキドキし過ぎて心臓がもたないよーッ!観覧車のテッペンでギュッとしてくれるとか、吾妻君がイケメン過ぎて辛い! 慣れてるの?! そいいうこといっぱいしてきた? 私、デコチューでもテンパってるのに」
「慣れてない。伊藤が初めての彼女だし、デートだって初めてだ」
「……本当? 」
涙目で見上げてくる伊藤、たまらない! 何だこれ?! こんなに可愛い生き物とか、この世に存在していいのか?
近くで見たくて、しゃがんで伊藤の顔を覗き込む。
「他の娘にはしたことない? 」
「ある訳ない」
「デコチューも? 」
「ああ」
あんまりに可愛いことを言うもんだから、もう我慢できなかった。
伊藤のおでこに唇を寄せた。さっきよりしっかりと唇を押し付ける。
伊藤はびっくりしたように目を見開いたが、すぐにゆっくりと瞼を閉じた。
これってOKのサイン?!
一度おでこから唇を離すと、今度はその瞼にキスをした。右の瞼、左の瞼、鼻の頭とキスを移動させる。了解を得るように顔中にキスを落とし、あまりに柔らかい頬の感触に、思わず唇で食んでしまった。
少し横にずれれば唇に当たる。
いざ唇にキスをしようとした時、伊藤は顔をうつむかせてしがみついてきた。
首筋まで真っ赤に染めた伊藤は小さく震えていて、そんな伊藤を見た俺はこの娘を大事にしたいって思えた。
★★★
伊藤の最寄り駅のファミレスで一緒に夕飯を食べ、伊藤を送る為に伊藤の自転車を押しながら歩いた。ニケツしなかったのは、交通法違反を気にしたからじゃなく、なるべく長く一緒にいたかったからだ。
途中、薄暗い団地の横を通った。どの部屋にも電気がついていない団地は、あまりいい気分がしない。陰に人が潜んでいても気がつかないくらい薄暗く、もし引きずり込まれたとしても、誰にも気づいてもらえないだろう。
もし伊藤に何かあったら……。
想像しただけで胃がひきつれるような痛みを感じる。
違う道を通って欲しいと言うと、伊藤は素直にうなずいてくれた。絶対に守って欲しい、絶対にだ。
伊藤の家にくるのは二回目だ。と言っても、中に入ることはないけど。
まだ伊藤の両親は帰ってきていないのか、玄関の外灯は消えていた。夕飯のこととかお礼を言いたかったんだが、しょうがないから次の機会に言うしかないな。
「吾妻君、お茶でも飲んでいってよ」
玄関横に伊藤の自転車を停めていると、洋服の裾を引っ張られて伊藤が「ね? 」と見上げてきた。
「いや、でも……」
さすがに親のいない間に家に上がり込むとか、俺の理性は試されてるのか? 一種の拷問か?
「大丈夫だよ、まだ両親帰ってきてないみたいだし、そんなに気を使わなくても」
「いや、だからこそだろうが……」
二人っきりで密室とか、ありなのか?ありでいいのか?
伊藤に引っ張られて玄関から中に入ると、伊藤はとんでもないことを言い出した。
「リビングと私の部屋どっちがいいかな? 」
部屋?!
いつも伊藤が寝ている部屋に俺を誘っているのか?!
「伊藤の部屋……」
「あ、私の部屋がいい? 少し散らかってるから恥ずかしいな」
「イヤイヤイヤ、リビングで! リビングがいい!! ……です」
「そう? じゃあ上がって」
伊藤の部屋に上がり込んで正常でいられる自信がないから、リビングを主張する。
キスしようとしたぐらいで震えていた伊藤だ。俺が考えてるような淫らな考えで部屋に誘った訳じゃないだろう。
ここは素直にお茶だけしてすぐに帰るべきだ。
うん、そうしよう!!
「リビングはそこのドアね。私お茶いれてくる。吾妻君はコーヒー派だっけ? コーヒーは粉のしかないんだよね。紅茶なら美味しいやつ貰ったのあるんだけど。それとも緑茶とかのがいい? 緑茶ならお煎餅かな? 」
「伊藤の飲みたいのでいい」
「なら紅茶かな。クッキーも美味しいのあるんだ」
「それで」
伊藤に言われた部屋に入ると、壁際に置かれた棚の上に沢山写真が並んでおり、伊藤の赤ちゃんの写真とかもあった。中に、レオタード姿でポーズをとる伊藤の写真があり、思わずガン見してしまう。
細い身体に、スラリとした手足。今とあまり変わらないように見える。ささやかだけど存在を主張するように突き出された胸に、キュッと引き締まった形の良い尻に、どうしても視線が釘付けになり離せない。
バタンと音がしてドアが開き、紅茶とクッキーをお盆にのせた伊藤がリビングへ入ってきた。
「座って、座って」
テーブルに紅茶を置くと、三人がけソファーを叩いて伊藤が俺を呼び寄せる。横に一人がけのスツールもあったが、伊藤は俺の真横に腰を下ろした。
「紅茶はお砂糖やミルクは? 」
「そのままで」
「これね、ママのお友達が焼いたクッキー。甘さ控え目で凄く美味しいの」
「うん」
「さっき、写真見てた? 」
「ああ」
ヤバイ!
伊藤のレオタード姿ガン見してたのバレたか?!
「あんま変わらないとか思ったでしょ」
「バレエやってたのか? 」
どの写真を見ていたか聞かれる前に、自分からきりだした。
「うん、十年くらい。今でも身体柔らかいよ。見る? 百八十度開脚とかできるし。足とか上げて頭につくよ」
百八十度開脚とか、想像しただけでもヤバイから。
「イヤイヤイヤ、それはまた今度で」
スカート姿で足を上げようとした伊藤を、手を引っ張って座らせようとした。
パンツ見えたらどうすんだよ!
俺の理性をサンドバッグにするのは止めてくれ!
あまりに慌てて引っ張ったからか、その勢いで伊藤が俺の上に座ってしまう。
「あ、ごめん」
足と足の間に尻がスッポリとはまり、横抱きにするような形になってしまう。しかも、伊藤はすぐに退くこともなくすり寄ってきた。
つい背中に手を回して抱き寄せると、伊藤はニッコリ笑って顔を上げ、あろうことか目をつぶる。
これってキス待ち顔ってやつ?
俺の理性、崩壊してもいい?!
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