第30話初デートです。お膝の上最高ですね、迫ってもいいですか?

「楽しかったね~」


 すでに十二時間吾妻君と一緒にいる。

 水族館に行って、観覧車に乗って、公園を散歩をしたり、二人でクレープを食べたりもした。早めに夕飯を食べて、今は二人で手を繋いで私の家までの道を歩いている。私の自転車は片手で吾妻君が押している。


 うちの近くのファミレスで夕飯をを食べてくれて、帰りは家まで送ってくれるって。遠いのにいいのかな?


「いつも、この道で帰ってるんたよな?」

「うん、自転車だけどね」


 いつも帰っている道が楽し過ぎる。いつもよりややゆっくりめに歩いているのは、できるだけ長く吾妻君といたいから。


「この道、暗いな」

「そう? でもいつもは自転車だし、一瞬で通りすぎちゃうよ」


 確かに商店街から一本入ったこの道は暗い。取り壊し予定の団地の脇の道だから、余計に明かりがないのだ。不法投棄の粗大ゴミとかも転がっているから、退廃した感じが否めないのかもしれない。


「違う道はないのか? 」

「なくはないけど、商店街の中だと人混みが凄すぎて自転車漕げないんだよね。歩きだと時間倍以上かかっちゃうし」

「時間かかっても、安全な方がいいと思うぞ。明るくたって、変なこと企んでる奴はいるんだから。自転車だって、突き飛ばしゃすぐに止められるし、団地に引きずり込まれたら誰にも気づかれない。伊藤なんて軽いから抱えたらすぐだ」


 パパにもこの道は通らない方がいいとは言われていたけれど、いつも適当に返事していた。でも、真剣な顔で心配してくれる吾妻君には素直に頷けた。


「うん、次からは商店街の方の道を使うね」

「そうしてくれ。伊藤がこんないかにも襲ってくれって道通ってるかと思うと、気が気じゃない」


 やっぱり吾妻君は優しい。

 眉間の皺が凄いことになって、強面の顔がより迫力満点になっちゃってるけど、そんな顔になっちゃうくらい私のこと心配してくれてると思うと、ついつい笑みが溢れる。


 団地を抜けてしばらく歩くと、建て売りで買ったうちに到着する。三軒同じような家が並ぶ中の真ん中の家だ。私が小学生の時にパパが頑張って購入した。縦長の三階建て。

 玄関脇の外灯がついていなかったから、まだママ達は帰ってきてないんだろう。


「吾妻君、お茶でも飲んでいってよ」


 玄関横に自転車を停めた吾妻君のTシャツの裾を引っ張って言う。もうすぐ両親も帰ってくるだろうし、そうしたらパパに吾妻君を送って貰える。乗り換えの駅まで送れば、吾妻君だって帰りは楽なんじゃないかな。


「いや、でも……」


 吾妻君は明らかに電気のついていない我が家と、私の顔を交互に見る。及び腰な気がするのは、女子の家だからかな? 彼女の家とか敷居が高いみたいな?


「大丈夫だよ、まだ両親帰ってきてないみたいだし、そんなに気を使わなくても」

「いや、だからこそだろうが……」


 私は吾妻君の腕を引っ張って玄関のドアを開けた。


「リビングと私の部屋どっちがいいかな? 」

「伊藤の部屋……」

「あ、私の部屋がいい? 少し散らかってるから恥ずかしいな」

「イヤイヤイヤ、リビングで! リビングがいい!! ……です」

「そう? じゃあ上がって」


 まだ靴を履いたまま玄関のたたきに佇む吾妻君は、少し困ったように眉が下がって見える。いつものキリッとした顔も好きだけど、こんな表情の吾妻君も可愛いな。


「リビングはそこのドアね。私お茶いれてくる。吾妻君はコーヒー派だっけ? コーヒーは粉のしかないんだよね。紅茶なら美味しいやつ貰ったのあるんだけど。それとも緑茶とかのがいい? 緑茶ならお煎餅かな? 」

「伊藤の飲みたいのでいい」

「なら紅茶かな。クッキーも美味しいのあるんだ」

「それで」


 私はイソイソとキッチンへ行ってお茶の用意をする。

 だって家に男の子……彼氏を招待するとか、初めての経験だしテンション上がるじゃない? それだけ親しい感じするし、自分のテレトリーに入れるって、なんか特別みたいな。


 紅茶とクッキーをお盆にのせてリビングへ行くと、立ったままの吾妻君が所在無さげに棚に飾ってある家族写真を見ていた。


「座って、座って」


 テーブルに紅茶を置くと、三人がけソファーを叩いて吾妻君を座らせる。横に一人がけのスツールもあるが、やはりここは吾妻君の真横に私も腰かける。


「紅茶はお砂糖やミルクは? 」

「そのままで」

「これね、ママのお友達が焼いたクッキー。甘さ控え目で凄く美味しいの」

「うん」


 元から口数の多いタイプじゃないけど、より端的な気がするのは気のせいかな?


「さっき、写真見てた? 」

「ああ」


 棚の上には、生まれたばかりの私から、幼稚園小学校くらいの写真が沢山飾られてある。中学高校は入学式卒業式くらいの物しかない。


「あんま変わらないとか思ったでしょ」


 私は小学校高学年くらいから身長は低迷中だ。体型も……横這いかもしれない。いまだに小学生の時の洋服は入るし、下手したらランドセルを背負っても違和感がないかもしれない。


「バレエやってたのか? 」

「うん、十年くらい。今でも身体柔らかいよ。見る? 百八十度開脚とかできるし。足とか上げて頭につくよ」

「イヤイヤイヤ、それはまた今度で」


 私が立ち上がって足を上げようとすると、慌てたように吾妻君が私の手を引っ張って座らせようとした。その勢いで、思わず吾妻君の上に座ってしまう。


「あ、ごめん」


 あまりにスッポリと吾妻君の足の間にはまった為に、すぐに動くことができずに、これ幸いと吾妻君にしがみつく。


 温かくてガッシリしてて、凄く落ち着く。


 スリスリと胸元にすり寄っていると、吾妻君も軽くだけど背中に手を回してくれる。吾妻君に包まれているようで、安心感が半端ない。凄く幸せだ。


 私は、そんな幸福感を吾妻君に伝えようと、吾妻君を見上げてニッコリ微笑む。


 さっきもこの距離でデコチューしてくれたんだよね。またしてくれないかな?


 でも、自分で言うのははしたない気がして、おでこをつき出すようにして目を閉じた。

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