第23話 新入生歓迎コンパ3

「ったく、このぐらいで気持ち悪くなるって、虚弱かよ」

「……武ちゃんは先に帰ってくれていいから」

「アホか。そんな訳にいかねぇだろ」


 ブツブツ文句を言いながら隣に座っていられるくらいなら、ほんと帰って欲しい。余計に気分が悪くなる。


 スマホで時間を確認すると、十一時を少し過ぎてしまった。とにかく家に電話を入れて、遅くなってしまうことを説明しないと……と、スマホをいじっていると、着信のバイブが鳴った。家からではなく吾妻君だった。私は武ちゃんに背中を向けて電話にでた。


「もしもし? 」

『伊藤? 』

「うん」

『家……じゃないな。まだ外? 』


 ちょうど駅のアナウンスが流れたから、まだ外にいるとわかったようだ。

 今帰る途中のこと、電車(アルコール臭とオヤジ臭)に酔ってしまい、乗り換えの駅で休んでいることを伝える。


『わかった。そこはホーム? 回りに駅員さんとかいるか? 』

「改札のすぐのとこだからいるよ」

『じゃあそこで待ってて。迎えに行く』

「え、そんな無理だよ」

『大丈夫、ちょうど遥の初ドライブに付き合わされてたから。多分十分くらいでつける。待ってて』


 電話が切れた。

 どうやら初・彼お迎えしてくれるらしい。遥君の運転みたいだけれど。

 それでもちょっと……かなり嬉しいかも。


「誰だよ」

「吾妻君。これから迎えに来てくれるって。武ちゃんは帰っていいよ」

「はあッ?! こんな遅くに来るって、下心しかねぇだろ」

「武ちゃんじゃないんだから。それに吾妻君の友達の運転らしいし」

「3P狙いかよ」


 忌々しげに言い捨てる武ちゃんに、心底軽蔑した視線を送る。


「マジで帰って」

「おまえな、おまえみたいな男慣れしてない奴、あいつみたいに女にだらしない男にはカモだぞ、カモ」

「吾妻君は女にだらしなくなんかないもん! 武ちゃん、吾妻君のこと知らない癖に、意味わかんないこと言わないでよ」

「ほら、もう騙されてるじゃねぇか」

「騙されてない! 」


 あまりに武ちゃんに怒り過ぎて、気持ち悪かったのがすっかりどっかに行ってしまった。

 しばらく「騙されてる」「騙されてない」で言い合っていると、スマホが再度着信する。


「吾妻君? 」

『ついたよ、南口のロータリーにいる。白いアウディ』

「わかった」


 スマホを切ると、スックと立ち上がる。


「吾妻君来たから」

「俺も行く」

「えっ? 」

「別におまえんちに泊まればいいんだから、問題ねぇだろ」


 問題だらけだよ。

 いくら従兄弟だからって、勝手に人んちに泊まりを決めないで欲しい。


 武ちゃんには言いたいことは沢山あるけど、吾妻君達を待たせる訳にもいかず、しょうがなく武ちゃんを引き連れて改札を出た。

 改札を出て、右側がバスのロータリーになっていて、タクシー乗り場もある。その一角に白い乗用車が停まっていて、車に寄りかかるように吾妻君が立っていた。


「吾妻君、ごめんね」

「気分は? まだ気持ち悪い? 」

「ううん、待っている間に大分良くなったの。遥君もごめん。わざわざ迎えにきさせちゃって」


 空いた窓から運転席の遥君に声をかけると、遥君は笑顔で「いいよ」と言ってくれた。


「別に俺が一緒だから迎えになんかこなくても良かったんだ」

「武ちゃん! 」

「伊藤先輩も送ります。えっと、道案内頼めますか」

「武ちゃんはいいよ。電車に乗って帰れば」


 吾妻君は、武ちゃんに噛みつき気味な私の頭をポンポンと撫でると、助手席の扉を開けて武ちゃんを車に乗るように促した。

 武ちゃんは助手席、吾妻君と私は後部座席に乗り込む。「気持ち悪かったら横になってもいいよ」って、吾妻君が端っこに座るから、私は真ん中に座って吾妻君にピッタリくっついた。吾妻君の膝の上に置かれている左手の上にそっと手を重ねると、くるっと手を返してギュッと握ってくれる。嬉しくて、指をからませて恋人繋ぎにすると、吾妻君の腕に頭をすり寄せた。


「アーッ! おまえら、もっと離れろよ! 」


 武ちゃんが後ろを向いてワーッワーッうるさい。


「武ちゃんさんと莉奈ちゃんちは近いの? 」

「近くもないよ。駅三つ離れてるから。うちより武ちゃんちのが近いから、先に武ちゃん送ってくれると嬉しいな」


 早く小うるさい武ちゃんを下ろしたくて遥君にお願いする。


「ダメだ! おまえ一人残したら、何されるかわかんねぇだろ。俺は莉奈んちに泊まるから、莉奈の家に行ってくれ」

「えっ、やだ、帰ってよ。それにさっきから言ってるでしょ。吾妻君は武ちゃんが言うような変なことしないって。ね、吾妻君」

「えー、莉奈ちゃん。修斗だって好きな子と一緒にいたら、そりゃ変なことだってするよ。男の子なんだから」


 遥君が運転しながらお気楽に言う。


「そうなの?! 」


 吾妻君を見上げると、吾妻君は鋭い気迫のこもった視線を運転席に向けた。後ろを向いていた武ちゃんが、ヒッと小さくつぶやいてそろっと前を向いた。

 私がツンツンと手を引っ張ると、吾妻君は目力を弛めたが、それでも深い眉間の皺は刻まれたままだ。


「そうなの? 」


 さらに指をギュッとしめるようにする。


「変なことは……しない」

「しないの? 」

「……伊藤が嫌がることはしない」


 フム……。

 私が嫌がらない変なことはしてくれるんだ。……楽しみかも。


 二人っきりではないけれど、吾妻君にピッタリくっつけて、お酒なんか飲んでいない筈なのに、頭の芯がフワフワして、なんだか酔っぱらっているみたいな気分だった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る