第11話 新入生歓迎ハイク2

 今まで押さえていた気持ちが、ドバッと溢れてきたようで、私は吾妻君の前に座りながらも、ソワソワしてしょうがなかった。

 ハイヒールで競歩をするイメトレは完璧になった。後は、いかにして吾妻君の横を歩ける立場になるかだけ。


 吾妻君は私を座らせたものの、何を言うでもなく、上を見たり下を見たり、「あー」とか「えー」とか言っている。


 そんなに私の勘違いがショックだったのかな?

 やっぱりここは先手必勝かしら?

 おして、おして、おしまくれば、ガールフレンドくらいにはしてくれないだろうか?


「吾妻君、佳苗ちゃんとはお友達なんだよね」

「知り合いに毛が生えたくらいの……だな」

「彼女も? 」

「いない。いたこともない」


 自分からは話さないけど、私の問いには答えてくれるみたい。


「彼女が欲しいとか……思ったことは? 」

「なくはない」


 私はズリズリと椅子ごと移動し、吾妻君の目の前、膝がくっついてしまうくらいまで距離をつめる。


「あの! 私も彼氏いなくて、いたことすらなくて。良いなって思う男の子すらいたことなくて。その、こういうこと言うの初めてなんで、うまく伝わるかなんですけど」


 あまりに前のめりで言ったせいか、吾妻君は私の勢いに多少引き気味だ。

 それでも! こんな素敵な吾妻君に悠長にお友達とかしていたら、きっとすぐに綺麗で可愛くてナイスボディの女の子が彼を捕まえちゃうかもしれない。そんなの見たくない!


「私達、もうお友達ですよね? 」

「うん、俺はそうだと思ってるよ」

「なら、お友達期間は消化したということで」

「えっと、うん? 」


 吾妻君は私が何が言いたいかわからない様子。


「お友達からお願いしますって期間は突破したということで、お友達以上でお願いします! 」


 私はガバッと頭を下げて、右手を吾妻君の方へ差し出す。

 これで駄目なら、せめてガールフレンドの一人に……。嫌、絶対無理ーッ!!


「お願いしまッす!!」


 しばらく間があり、私の右手が温かいちょっとゴツゴツした大きな両手に包まれた。


「彼女からでお願いします。っていうか、俺の彼女になって」


 勢い良く頭を上げると、そこには今まで見たことないような笑顔の吾妻君がいた。あの、なんとなく目尻が弛んだ笑いじゃなく、顔全体がクシャリとなり、まるで少年みたいなその笑顔に、私の鼓動は最大心拍数を記録した筈。


「お願いします! あの、私ちょっと、かなり小柄だけど、吾妻君みたいにこれから成長するかもしれないし、体型だってまだまだ成長過程だと……思いたい」


 私は、自分にそっくりな母親を思い出し、理想は希望であって現実とは程遠いのでは……と、一瞬遠い目になる。


「だから、温かい目で見守ってくれると嬉しいな。クーリングオフは出来れば……なるべくしないで欲しいかな」

「しないよ。する訳ない」


 吾妻君が私の手を引っ張り、私のおでこは吾妻君の逞しい胸にダイブする。


「一目惚れだったんだ」


 私なんかに一目惚れ?!

 一目惚れって、初めて会ったのは入試の時で……怪我してグチョグチョに泣いていただけだよね?


 どこに惚れる要素があったのかと、かなり真剣に悩む。一目惚れと言えば、私の方こそ吾妻君に一目惚れする要素満載だし、実際にそうだった訳で。


「いやいや、私の方こそ一目惚れだから。あんなに優しくてカッコいい吾妻君に惚れない人間なんかいないよ? 」

「へっ? いや、それこそいないでしょ」


 いや、私が! 俺が! とやっている私達は、すでにバカップルかもしれない。無茶苦茶嬉しいことに。


 私の初彼氏!

 大学合格から始まって、奇跡って続くんだね。


 佳苗ちゃんが私のことを迎えにきて、私は満面の笑みでこのことを報告した。


 ★★★吾妻くんサイド★★★


 俺に彼女がいなくてって言ったよな?

 俺に彼女がいてもいなくてもどうでも良いではなくて、いないことを喜んでくれたってことは、つまりはそう言うことだよな?


 女子とあまり話したことがないことの弊害か、伊藤と話したいのに、詳しくさっき言ったことの意味を聞きたいのに、全くもって言葉が出てきてくれない。


 そんなヘタレな俺と違い、伊藤は前のめりになって告白してくれた。マジ、ヘタレ過ぎて死にそう。伊藤は男らしいって俺のこと誉めてくれたけど、好きな女の子に先に告白させるとか、情けなさ過ぎて穴掘って埋まりたいレベルだ。今の俺って、男らしさと対極にあるんじゃなかろうか?


「彼女からでお願いします。っていうか、俺の彼女になって」


 伊藤の告白に、なんとか告白返しで返す。あまりにテンパり過ぎて、伊藤のこと胸元に引き寄せちまった。抱きしめたいけど、さすがにまだ早いよな?


 何、これ?


 香水ほどきつくなく、微かに香るフローラル系の香り。ヤバイ! これはマジでくる。


 伊藤の背中に回りそうになる手を諫めつつ、なるべく無心を貫く。


 せめて少しでも挽回したいと、一目惚れだったと告げると、まさかの伊藤も同じだったって……。


 生きてて良かった……。まだ十八年しか生きてないけど、人生で最良の日だ!


 それから、伊藤を迎えにきた佳苗に俺らが付き合うことを伝えると、良かったねと伊藤の肩を抱く佳苗の目が、俺の方を見てニンマリと弧を描いた。


 あれ、絶対イカガワシイこと考えていやがる!





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