第9話 オリエンテーション合宿5

「ちょっと武ちゃん、痛い……」


 親睦会の開場から引っ張り出され、施設入り口付近の休憩スペースに連れてこられた。省エネなのか電気が消えていて薄暗い。

 突き飛ばされるようにソファーに座らされる。武ちゃんはそんな私の目の前に仁王立ちになる。


「おまえ、あいつのこと知ってんのかよ?! 」

「あいつ? 」

「吾妻修斗! 」


 知っている……という程まだ知らない。知りたいとは思うけどね。いや、友達の彼氏としてね、仲良くなれればって……。


 私は自分の心の中で言い訳をする。


「同級生だよ。それが何? 」

「あいつ、ヤベェだろ!? おまえなんかにあしらえる奴じゃねぇだろが。何隣なんかに座ってんだよ。目、つけられたんじゃないのか? 」


 唾飛ぶから、そんなにがならないで欲しい。第一、吾妻君がヤバいって、ヤバいくらい男らしいとか、ヤバいくらいスタイルがいいとかのヤバい? そりゃチンチクリンの私なんかが彼の隣にいるのなんか烏滸がましいだろうけど。そんなのわかってるけど……やっぱり武ちゃんは嫌な奴だ!


「そりゃ、私みたいなのが吾妻君の隣にいたら不愉快に思う娘もいるかもしれないけど」


 でも、彼女の佳苗ちゃんがそばにいるんだから、武ちゃんにそんなこと言われる覚えはないよ……という気持ちを込めて武ちゃんを下から睨み付ける。そんな私の視線を受けた武ちゃんは、目元を赤らめてキョドったふうに視線を泳がせる。私の目力の勝利?


「おまえ、あいつの噂知らないのかよ」

「噂? 」


 目からビームを出すって都市伝説のことだろうか? そんな馬鹿げた話を持ち出すとか、武ちゃんの頭は沸いているとしか思えない。呆れたように武ちゃんを見ると、武ちゃんは私の肩に手をかけ、顔を近づけてくる。


「すげー不良で、高校の時はチームのトップだったとか、十人まとめて潰したとか、女の子食い散らかして、何人も妊娠させたとか」

「はあ?! 」


 それは私の知っている吾妻君じゃない。

 困っている見ず知らずの女の子を、受験にも関わらず助けちゃうようなそんな吾妻君が、女の子を食い散らかすって、あの時私はテル番すら聞かれなかったよ。おんぶしてくれた時だって、手がお尻に触らないように、凄く気を使ってくれてたもの。

 私が論外だったのかもしれないけど、皆が皆私を見ないフリして通り過ぎて行く中、吾妻君だけが私に優しくしてくれた。

 吾妻君は武ちゃんが言うような人じゃない!


「まじで、女癖最低らしいぞ。中学の時から女切れなかったらしいし、百人斬りとか楽勝なんじゃん? 」


 いやー、羨ましいね……と、武ちゃんは私の横にドカッと座った。太腿がつくくらいの距離で気持ち悪い。私はお尻を少し移動させて武ちゃんから距離をとると、噂をこれ以上広めないように言わないとと、武ちゃんの方を向いた。


「武ちゃん!! 」

「何だよ、ビックリした。いきなり大声出すなよ」

「う……噂は噂であって真実じゃない! 」

「いや、あいつのガタイ見ろよ。いかにもじゃんか。目付きだって、人殺してそうなくらい悪いし。女が寄ってくるタイプにゃ見えんけど、力に物言わせた系じゃないの」

「吾妻君は、そんなことしない」

「おまえにあいつの何がわかるんだよ。最近知り合ったばかりだろ? あいつ、あんな顔してタラシなん? おまえみたいなお子ちゃまを手なずけてどうするつもりだか」


 私は立ち上がって武ちゃんを見下ろす。精一杯怒ってるんですアピールをしてるんだけど、武ちゃんはニヤニヤ笑ってるだけだ。


「おまえも友達は選べよ。あんな奴の側にいたら、やっかいなことに巻き込まれかねないからな」

「武ちゃんには関係ない。私の友達は私が決める! 私は吾妻君と友達になりたい! 」

「おまえバカだろ? おまえに変な噂がたったら、従兄弟の俺が迷惑すんだよ」


 武ちゃんも立ち上がって私の腕をグイッと引っ張る。武ちゃんの胸に倒れ込みそうになったところを、後ろから引っ張り起こされた。

 背中に硬い感触がして、振り返ると至近距離に吾妻君がいた。その横には佳苗ちゃんもいて、武ちゃんを睨み付けていた。


 ★★★吾妻くんサイド★★★


 伊藤が従兄弟の先輩に連れて行かれた後、俺と佳苗はその後をこっそりつけていた。

 伊藤が嫌っている従兄弟であり、よく苛められたと聞いたからで、さすがに大学生になってまで苛めることはないだろうが、もし何かあったら……って、本当は従兄弟とはいえ伊藤が男と二人っきりになるのが嫌なだけなんだけど。


 伊藤に対する多少雑な扱いに苛立ちながら、二人に気付かれないよう、柱の影に隠れる。


「あんた、女の子食い散らかして妊娠させたの? 」


 小声で佳苗が面白そうに言う。多分隠れている今の状況じゃなかったら、大爆笑して転げ回っていることだろう。


「んな訳あるか」

「だよねー」


 遥から俺の下半身事情なんかとっくに聞いているだろうに、ニマニマ笑いながら今さら確認してくるな!


 彼女なんかいたことなかったし、俺に言い寄ってくる女なんて、俺の噂を信じて、俺の彼女なんだぞと他人にマウント取りたいだけの奴等ばっかだった。

 だから、そんな女等は相手にしたことなかったし、普通の女の子は俺を見ると(目さえも合わしてもらえなかったけどな! )顔面蒼白になって泣き出すような娘ばっかで、恋愛のレの字も進展したことなかった。


「うわぁッ、やっぱり莉奈っていい娘だよね。私って見る目あるわぁ」


 自画自賛の佳苗の横で、マジで感動しかなかった。

 あんなに従兄弟に俺のことボロクソに言われてるのに、俺と友達になりたいとか言ってくれてる。俺の為に怒ってくれてる。

 小さくて、可愛くて、守ってあげたいって思わせる容姿してるのに、実は自分の意見がしっかりあって、きちんと自己主張できる。


 神かな?


「あ、やばくない? 」


 あまりの感動に一瞬ボーッとしていて、佳苗の声で我に返った。いつの間にか伊藤の従兄弟まで立ちあがっており、伊藤の腕を強くつかんでいた。しかも、自分の方へ引き寄せようとしているじゃないか!


 俺は慌てて柱の影から飛び出し、伊藤の従兄弟の手を払いのけて伊藤の腕をつかんで引き寄せた。伊藤の背中が俺の腹に当たる。驚いたように振り返った伊藤だったが、俺の顔を見てホッとしたように微笑んでくれた。


「吾妻君、佳苗ちゃんも」

「大丈夫か? 」

「お……おまえ何だよ?! さっきも今も! 」

「莉奈がからまれてると思ったからついね、修斗。先輩、いくら従兄弟だからって、こんな暗いとこに女子を引っ張り込むのはどうかと思いますよ」


 佳苗が莉奈を引き取ってくれ、俺は伊藤の従兄弟と伊藤の間に立った。


「はあ? ガキだろ、こいつ」

「十九歳の女子ですよ」


 伊藤の従兄弟はなるべく俺と視線を合わせないように、佳苗とだけ会話をする。


「とにかく、俺は莉奈と話があんだよ。こいつの保護者みたいなもんだ。おまえらは部屋に戻れよ」

「私に話はないもん! 」

「おまッ! 」


 伊藤に手を延ばそうとした従兄弟の手を払い退けた。

 そんなに力を入れたつもりはなかったんだが、伊藤の従兄弟は顔色を悪くすると、悪態をつきながらミーティングルームとは逆の方へ歩いて行ってしまった。


「大丈夫か? 」

「うん。ごめんね、ありがとう。武ちゃんって、昔から傲慢で威張りんぼうなの。従兄弟みんな、嫌ってるんだよ」

「あんま伊藤に似てないな」

「お父さん方の従兄弟なんだけどね、お父さん達もあんま似てないし、私は母親似だから。私の為に親睦会抜け出してきてくれたんでしょう? ごめんね、戻ろう」


 三人でミーティングルームに戻る時、伊藤に袖を引かれてしゃがむと、「吾妻君、本当にありがとう」と、俺にだけ聞こえるように囁いてくれた。


 上目遣いとか、恥ずかしそうなその表情とか、マジで可愛い過ぎるんだけど!

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