第8話 オリエンテーション合宿4…吾妻くんサイド

 オリエンテーション合宿、佳苗と遥から絶対参加って言われて、取り敢えず参加することにした。

 本来はこういう集まりは苦手だ。

 回りからはビクビク顔色を伺われるし、田舎に行くとヤンキーにからまれる。それを撃退すると、さらに回りから遠巻きにされる。


 朝早い集合時間だったから、バスは寝て過ごそうと、来ていたバスに早々に乗り込んで、一番後ろに座って目をつぶった。

 知らない間にバスは出発し、気がついたら前方で何やら盛り上がっていた。


「やっぱ、加藤さんじゃん。大人の色気ってか、あの口元の黒子がエロいっしょ。あの口で×××とか、まじ最高」

「確かに! あれも捨てがたいけど、俺は半田さん推しだな。あの足首よくない? 」


 何でか、このバスは男しか乗ってないようだ。そのせいか、女子がいたら話せないような赤裸々なフェチ話で盛り上がっていた。


「俺は東さんかな。やっぱあの胸は最強でしょ」


 ここに遥がいなくて良かったな。遥がいたら君達は全殺しだ。


「マニアだな。わからなくもないけど」


 はい、佳苗がいたらヒールで股関潰されてるぞ。


 都市伝説だなんだ、俺の噂話なんか実は可愛らしいと思う。キレ具合やとんでもない具合は遥が上だし、その遥を操縦している佳苗は裏ボス的存在だ。


「俺は伊藤さんかな」

「伊藤莉奈?! おまえ幼女趣味かよ」

「ロリコンか! 」


 突如出てきた彼女の名前。

 それまで薄ボンヤリ聞いていたのが、いきなり覚醒させられる。

 それと同時に俺に向けてくれたあの笑顔を汚されたみたいで、いっきに怒りがこみあげてきた。

 知らずに前の座席を蹴っていたらしく、「バコッ!! 」という音がバス車内に響き渡り、それなりに騒がしかった車内が静まり返る。


「おまえ、叫ぶなよ! 吾妻が起きちまったじゃん」

「とにかく黙れ」

「静かにしようぜ」


 ボソボソとした声が聞こえ、それから目的地につくまで無音の世界が続いた。


 ★★★


 千葉の施設につき、出席番号順に割り振られた部屋に荷物を置きに行った。

 部屋自体は広いけど、十人部屋に男十二人とか拷問かよ。

 男臭いわ、熱気で部屋の温度は上がるわ、ここで寝ないといけないのかと思うとゲンナリだ。

 俺は壁際の一角を確保し、とりあえず布団も置いておく。せんべい布団だし、なんか普通のシングルより小さい気がするけど、この部屋ならキチキチに十二枚敷いていっぱいいっぱいだろう。

 各自割り当てられた布団を自分のスペースに置き、荷物を開いて次のオリエンテーションの時間を待った。


 時間がきて、ミーティングルームに移動を開始する。俺はゆっくり皆が出てから部屋を出た。三階の部屋から階段を下り、一階のミーティングへ向かう角を曲がると入り口すぐのところでもみ合う固まりが見えた。


 佳苗と伊藤莉奈、伊藤の腕を誰だか知らない男がつかんでいた。

 馴れ馴れしいその行為に、苛立ちを感じた。

 俺は考える間もなく三人に近寄ると、伊藤の後ろから威圧するように男を睨み付ける。


「邪魔」


 佳苗と伊藤が驚いたように振り返り、佳苗は明らかにホッとしたように俺の名前を呼んだ。


「修斗! 」

「何やってんだ。入り口で邪魔だよ」


 男から視線を外さずに言うと、男はキョドったように視線をさ迷わせ、無意味に手を動かしていた。


「お……おまえ、い……一年の癖に……」

「邪魔なもんは邪魔だから」

「お……俺は三年だぞ。ホストで来てやってるんだ! 」


 三年がこいつらに何の用だ。来てやってるって、別に頼んだ覚えはない。サークル勧誘の一環だろうに、ずいぶんと押し付けがましいな。


「武ちゃん、あっちでホスト役集合かかってるよ! 行かないとでしょ! 」

「チッ! クソ生意気な新入生だな! 莉奈、友達選べよ! 」


 武ちゃん? 莉奈?

 二人は名前で呼び会うような関係なのか? 彼氏……とかじゃないよな? そうなら、あまりに見る目無さすぎだろ。いや、この三年を見る伊藤の目には、どちらかというと嫌悪しかないような。俺の希望的観測ってやつだろうか?


 三年男子は舌打ちしてミーティングルームの前方へ歩いて行き、俺達は入り口に残された。


「……ごめんなさい」

「大丈夫」


 申し訳なさそうなその声に、気にするなという思いを込めて精一杯笑おうとする。しかし、俺の表情筋は壊滅的で、多分笑みだと理解できるような表情は作れなかった。そんな俺を見て、伊藤は以前見たような可愛らしい微笑みを浮かべてくれる。そのあまりな破壊力に、俺はだらしなく弛みそうになる口元に手を当てた。


「ほら、挨拶が始まるみたいよ。席つこう。修斗も行くよ」


 佳苗のニヤリとした笑みに、全て見透かされたみたいで、居たたまれない気分になる。佳苗は伊藤の腕を引っ張り、俺には目線だけでついてこいと言う。


 窓際のテーブルに三つ席が空いており、俺が端に座ると佳苗が伊藤を俺の横に座らせた。


 隣とか嬉しいけど、何を喋ればいいかわからないじゃないか!


 俺と佳苗が話す間に伊藤がいることで、なんとか三人での会話が成立した。伊藤は、俺が口を開くとジッと見てくる。なんとなく顔が赤いのは、知らない人間と話している緊張感からだろうか。

 畜生! 可愛いな。


「吾妻君は、佳苗ちゃんとどれくらい長いの? 」


 佳苗に聞くのではなく、俺を見上げて視線を合わせてくる。俺と視線を合わせてびくつかないのは、遥と佳苗、あと当たり前だがうちの家族くらいなのに。


「小学校? 」

「高学年の時だな。ほら、遥が教育実習の先生にいたずらして、俺がやったんだろうって責められてさ。おまえが職員室に遥を引きずってきて、こいつがやったんだって暴露してからだな」

「あぁ、あれね。そうだっけ? 」


 伊藤の表情がなんとなく寂しそうに見えるんだけど、仲間外れにされたような気分にさせてしまったんだろうか?

 眉をヘニャリと下げたその表情も可愛いんだけどな。

 

 後で、佳苗から伊藤に付きまとっていたのは、伊藤の従兄弟だと聞き、親戚ならもう少し愛想よくすれば良かったか……と一瞬考えた。でも、「小さい時からいじめっこで、莉奈はあまり好きじゃないんだって」とも聞き、ならもう少し威嚇しても良かったなと思い直した。


 そして、そんな従兄弟に伊藤は無理やり連れ出されてしまった。

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