第6話 オリエンテーション合宿2

 この千葉の施設は三百人強収用でき、道場とプール、競技場などもついているらしい。

 地上四階、地下一階、大部屋のみ四十部屋あり、各部屋にはトイレ・バスはついていないが、各階にトイレ、一階に大浴場がある。ちなみに大浴場は一つ、男女兼用の為、時間で男女が切り替えられるということだった。

 長湯しないように気を付けないといけない。


 女子は二階の三部屋に振り分けられた。男子は二階と三階。掃除をする手間を考えてか、十人一部屋のところ、十二人入れられ、女子はまぁいいとして、男子部屋は地獄かもしれない。


 女子部屋に荷物を置き、休む間もなく一階のミーティングルーム兼食堂に集められた。


「莉奈? 」


 ミーティングルームに入ってすぐ、私は勢いよく腕を引かれた。思わず倒れそうになり、隣にいた佳苗ちゃんが支えてくれる。


「あー……、武ちゃん」


 私の腕を引っ張ったのは、父方の従兄弟の伊藤武臣いとうたけおみだった。同じ大学だというのは知っていたけれど、二つ上だし、学部も違うから接点はないだろうなって思っていた。だから、あえてW大に受かったのは伝えてなかったし……実は伝えたくもなかった。


 だって、武ちゃんって昔っからいじめっこで、大人が見ていないところでしょっちゅう泣かされていたから。大きくなってからも、嫌みばっかり言ってきて、いくら従兄弟だからって仲良くなんかしたくない。一年に一回、お正月に会うのすら苦痛だった。今年は受験で会わなくてすんだのに、まさかこんなところで会うなんて……。


「おまえの偏差値でよくうちの大学受かったな! 」


 大きな声で叫ばれ、ミーティングルームにいた同級生達の視線が集まる。


「ちょっ……」

「なんだよ、今年はレベル落ちたのかよ」


 ちょっと声大きいよ……と言おうとして、さらに武ちゃんが大声で被せてくる。


 新入生の皆に謝って!

 そりゃ、うちの親も奇跡だって喜んでるし、私自身だってそう思ってるけど、皆の前でこんか大声であんまりだよ。ほら、皆ザワザワしちゃってるじゃん。


「誰、この人」


 人懐っこい佳苗ちゃんですら、武ちゃんのこと敵認定してるよ。私の腕をつかんで眉間に皺が寄っちゃってるし。


「ごめん……従兄弟」


 恥ずかしくて、声が小さくなる。

 右腕を武ちゃんが、左腕を佳苗ちゃんにつかまれ、なんか連行されてる宇宙人みたいになってませんか? 佳苗ちゃんは良いけど、武ちゃんは離して欲しい。切実に!


「なに、友達? やば、ちっこ!おまえら二人揃って小学生レベルじゃん」

「武ちゃん! 」


 私はまだいい。佳苗ちゃんのことまで……酷いよ!


 涙が浮かんできた目で、精一杯武ちゃんを睨み付ける。いつもなら私が睨んでも怒っても、ヘラヘラ笑っている武ちゃんが、急に怯んだように後退った。


「邪魔」


 頭の上から声がした。ビクンとして振り返ると、武ちゃんをじっと見ている吾妻君がいた。


「修斗! 」

「何やってんだ。入り口で邪魔だよ」


 視線は武ちゃんに向いており、明らかに武ちゃんに言っている。武ちゃんは、そんな吾妻君の存在にビビってしまったようで、無意味に手を動かして挙動不審だ。


「お……おまえ、い……一年の癖に……」

「邪魔なもんは邪魔だから」

「お……俺は三年だぞ。ホストで来てやってるんだ! 」


 学部違うのに、何でホスト役なんだ? って、そうじゃない。それは今はどうでもいいわ。吾妻君まで武ちゃんに絡まれちゃう。


「武ちゃん、あっちでホスト役集合かかってるよ! 行かないとでしょ! 」

「チッ! クソ生意気な新入生だな! 莉奈、友達選べよ! 」


 友達は選んでるよ。でも、親戚は選べないんだよ。残念ながら……。


 武ちゃんは舌打ちしてミーティングルームの前方へ歩いて行き、私と佳苗ちゃん、吾妻君が入り口に残された。


「……ごめんなさい」

「大丈夫」


 吾妻君は顔はしかめっ面だったけど、声音は優しい。私がホッとして見上げると、吾妻君の目元が一瞬弛んだように見えた。


 笑ってくれたのかな?


 嬉しくなって微笑むと、吾妻君は佳苗ちゃんに視線を向け、口を手で覆ってしまう。


「ほら、挨拶が始まるみたいよ。席つこう。修斗も行くよ」


 佳苗ちゃんに腕を引っ張られて中に入ると、窓際のテーブルに三つ席が空いていた。何故か吾妻君が座った横に佳苗ちゃんにグイグイ押されて私が座り、佳苗ちゃんはその私の横に座る。


 この並び順おかしくない?


 私は吾妻君の隣で嬉しい……駄目だ喜んじゃ! 吾妻君は佳苗ちゃんの彼氏なんだよね? なのに何で私が真ん中?

 でも、この並びだと吾妻君と佳苗ちゃんの会話に自然と入れて、普通に二人と会話かできる。吾妻君と佳苗ちゃんが隣だったら、きっと疎外感を感じてたかもしれない。


 うん、二人共優しいな。


 私を仲間外れにしない為に、カップルなのに間に入れてくれたんだろう。


 私は、会話の流れで吾妻君を見る。

 目付きが鋭いから怖いイメージがあるけど、鼻筋が通った高い鼻、男の子らしく薄くて大きめな口、逞しい太い首……、胸板厚そうだな。腕、長い。筋がなんか男の子って感じ。手、ゴツゴツしてるんだ。大きくて……私の手とかすっぽり入っちゃいそう。……って、友達の彼氏でこの妄想は駄目!


「吾妻君は、佳苗ちゃんとどれくらい長いの? 」


 いつから付き合ってるの? という意味で聞いた。


「小学校? 」

「まあ、小学校から知ってるけど、ほら、中学の時に遥が教育実習の先生にいたずらして、俺がやったんだろうって責められてさ。おまえが職員室に遥を引きずってきて、こいつがやったんだって暴露してからだな」

「あぁ、あれね。そうだっけ? 」


 もう一人女の子の名前が出てきた。遥……ちゃん? 未だに仲が良いのかな。

 凄い自然に話す二人に、入り込めない二人の縁を感じて、無性に切なくなる。


 いや、まだ知り合ったばっかりだし、たまたま吾妻君には優しくしてもらったから気になっちゃってるだけで、これから二人を近くで見ていれば、この小さなトキメキはパチンって弾けてなくなるよね?


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