第5話 桜咲く、驚きの入学式……吾妻くんサイド

 本命大学入学、めでたい筈があまり乗り気じゃない俺。

 新調したスーツは肩がきついし、なにやら人は俺のこと避けて歩いていくし……。

 別に怒っている訳じゃないし、喧嘩を吹っ掛けているつもりもない。


 そりゃW大の方がH大より遥かにランクは上だ。普通ならW大の方に入りたいだろうよ。

 でもさ、H大には彼女が……伊藤莉奈がいたかもしれないじゃないか。

 あの時、何で連絡先を聞いておかなかったんだって、猛烈に後悔した。名前と誕生日しか知らない彼女。何度彼女のことを、あの泣き顔を思い出したことか。


 別に、泣かせたい訳じゃない。ただ、あの濡れた瞳、赤らんだ目元、震える唇……、思い出すだけでたまらなくなる。胸がギュッと痛くなり、不埒な場所に熱が溜りそうになる。


 まぁな、俺が連絡先聞いたからって、教えてくれる訳ないんだけどさ。怖がらせるだけで、聞かない方が正解だったのかもしれないけどさ。


 そんな後悔がいっぱいだから、自然とキツイ目元がより険しくなってしまう。

 入学式なんて、回りの椅子がら空きだったんだぜ。俺の回り限定でな。


 別に、遠巻きに見られるのは慣れてるし、訳わかんない都市伝説ばらまかれたりしてるけど、だからどうした……って思ってたんだけど。

 俺がもっと優男っぽかったら、幼馴染みのはるかみたいにいかにも温和そうな(そうなであり、実は特攻体質)タレ目だったら。気軽に彼女と連絡先交換できたかもしれない。


 そんなことを考えてたら、いつの間にか入学式が終わり、流れで大学に戻り、オリエンテーションが行われる大講堂にいた。


 人様の迷惑にならないように端の席に座る。後ろの席だと前の奴等が威圧されて落ち着きがなくなるから、少し前の方が良いのだ。

 なんか壇上で色々説明してるけど、後でレジメ見ればいいか。


 そう言えばもう一人の幼馴染み、遥の彼女である佳苗も同じ大学になったって聞いたけど……。


 さりげなく横を向いて講堂を見渡すと、俺の心臓がドクリと鳴った。

 チビッ子の癖に存在感のある佳苗はすぐに見つかった。問題はその横! 隣の席の娘。


 伊藤莉奈!!!


 思わず叫ぶかと思った。

 間違いない、あのフワフワの茶髪、小さくて可愛い顔立ち、ほっそりとしてこじんまりとした身体。ヤバイ! やっぱり可愛い!


 何でここにいるんだ? W大も受けてたのか? 何で、何で??


 この後のオリエンテーションは全く頭に入ってこなかった。


 ★★★


 頭の中が混乱しているうちにいつの間にかオリエンテーションは終わってて、回りには誰もいなくなっていた。

 むろん、「終わりましたよー」と俺に声をかける奴なんかいなくて、パチンと講堂の電気が落とされて気がついた。


 ヤバイ! 出遅れた!


 慌てて佳苗を探すが、佳苗はもちろん伊藤莉奈の姿もない。

 荷物をまとめて早足で講堂を出る。写真などを撮っている新入生はちらほらいたが、目当ての人物はいなかった。


 スマホを出して、吉田遥よしだはるかの名前をタップする。

 ライン通話を押すと、気の抜けた声が響いた。


『もしもし修斗、どうした? またヤンキーにからまれたか? 』

『ちげーよ! 佳苗、佳苗は? 』

『カナ? もうすぐくるんちゃう? うちで待ち合わせてっから』


 家で待ち合わせって、盛る気満々だこいつ。


 遥の家は共働きで、両親の帰宅は遅い。それを良いことに、猿のようにヤリまくっていることは、何度となく現場に遭遇したことのある俺はよく知っている。

 今は佳苗だけだが、佳苗と付き合えるまでは、それこそ取っ替え引っ替え鬼畜ぶりは周知の事実で、そのイザコザに巻き込まれて大乱闘……なんてザラだった。


『今から行く! だからヤルなよ! いいか、ステイだぞ! 』

『犬じゃねぇぞ』


 カラカラ笑う遥の声を一瞬で消し去り、猛ダッシュをかます。大学から家までは十分の距離だ。遥の家はその三軒先。

 もうすぐ遥の家が見えるという角を曲がった時、佳苗が遥の家のドアに消えるのが見えた。


 間に合った!


 さすがに、幼馴染みの濡れ場に特攻はしたくない。あの気まずさ(主に俺と佳苗)ったらないから。


「遥! 」


 鍵の開いた玄関を開けると、遥は靴も脱いでいない佳苗を壁に押しやってキスをしながら胸を揉みしだいていた……。


「は~る~か~……」


 俺はがっくりと膝をつく。


 定番過ぎてだ。

 こいつは絶対発情期の犬以下だ。見た目は温和そうなタレ目な癖に、盛ることしか考えていやがらない。


「エッ?! 修斗? やだ! ちょっと、離しなさいよ! 」

「修斗、ずいぶん早かったな」

「何? 修斗、来るんだったの?! こら、阿保遥! 離せっての」


 遥はキスは止めたものの、佳苗のフリフリのワイシャツのボタンは第三まで外され、青い下着が見えてしまっており、さらにその下着の下で遥の手が不埒な動きをしている。スーツの上着は廊下に投げられたようで、ぐちゃっとなっていた。


 こいつは……。


 なるべく見ないようにして、おもいきり遥の頭をしばきたおす。同時に佳苗のボディーブローも決まったらしく、遥は悶絶してしゃがみこんだ。佳苗は素早く衣服を整え、さらに遥の頭に拳骨を落とすと、何事もなかったかのように俺に笑顔を向けた。


「修斗、お疲れ。初日から安定の避けられっぷりだったね」

「まぁ、あんなもんだろ」

「お茶いれるよ。上がって」


 しゃがみこんだ遥を横目に、「おじゃまします」と勝手知ったる吉田家に上がり込む。階段横の廊下を進むとリビングダイニングキッチンになっており、ダイニングに対面するキッチンで、佳苗が慣れた様子でお湯を沸かす。


「おまえ、今日のガイダンスで隣に座ってた……」

「ああ、莉奈。伊藤莉奈ちゃん。お友達になったんだよ」


 やっぱり伊藤莉奈だった!


「さすがカナ、もう友達出来たんだ」


 いつの間にかキッチンに入り込んだ遥が、佳苗の後ろに立ち、腰に腕を回して頭に顎をのせている。

 遥は常に佳苗にベッタリだ。これが通常だから、よほど怪しい動きをしない限り佳苗も俺も放置している。


「すっごい可愛い娘! 私より小さいんだよ。小さくて細くて、なんかね、美少女って感じ」

「へぇ、カナより小こいんだ」

「色素薄くてね、最初ハーフかと思ったもん」

「ふーん、そんな小さくて可愛い娘のこと修斗は気になっちゃってる訳? 」

「エッ? そうなの? 」

「一目惚れ? 修斗、もしかして初恋じゃねぇ? 」

「ウッソ?! マジで?! キャー! 凄いじゃん」


 遥と佳苗が勝手に盛り上がっている目の前で、俺は「いや……あの……」としどろもどろだ。

 一目惚れ……かもしれないが今日じゃないし、初恋はまぁそうかもしれない。今まで好きになった女子が思い当たらないから。


「修斗の初恋は私じゃなかったの? 」

「違う! それは絶対ない! 」


 今までの人生、それなりに話す女子は佳苗しかいないが、 こいつだけは好きにならない自信がある。女子とか男子とか区別つかない存在が佳苗だ。遥斗を操縦している時点で、人間としてリスペクトできる。俺は遥斗に振り回されるだけ振り回されてきたからな!


「カナは俺の初恋よ」

「嘘を吐くな! 」


 佳苗が紅茶をいれて持ってきた。俺のはストレート、遥のは砂糖増し増しミルクティ、佳苗はミルクのみのミルクティだ。


「本当なのに~」


 佳苗が床に座ると、遥もピッタリくっついて座る。

 幸せそうで何より。

 遥の初恋が佳苗なことは本当で、それは俺しか知らない。付き合う前にオイタをしまくったのは、若気(馬鹿気)の至り……ということだろう。


「修斗と莉奈か~。アリ……といえばアリかな。今日喋っただけだけど、いい娘っぽかったよ。仲とりもとうか? 修斗のことガンガン薦めるよ? 」

「いや……まだ……その……、そんな喋ったことないし」

「何だよ、修斗ってロリコンだったの? チビッ子の見た目にヤられた感じ? 」


 佳苗にどつかれて遥は「チェッ!」とふて腐れる。


 見た目……もそりゃ凄く可愛いと思う。自分の好きなタイプってのはよくわからないが、あんなに可愛いって思ったことはなかった。でも、それよりも、俺に怯えないで話してくれたことや、最後に見せてくれた笑顔。あれにやられたんだ。

 あんな笑顔を見せてくれる娘、生まれて初めてだったから。


「とりあえず、自分で……。自分で話してみる」

「そう? できることがあったら言ってね? 」

「サンキュ」


 彼女は伊藤莉奈本人。W大理学部一年。これから四年間同級生だってことがわかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る