第4話 雪の妖精……吾妻くんサイド
先週降り積もった雪は、雪かきも中途半端に踏み固められ氷のようになっていた。
更に降りだした雪に、アスファルトと氷の区別がつかなくなって、かなり危険な状態だ。雪用のスパイクのついた靴をはいていなければ、確実に滑る。転ぶ。受験生には禁句な出来事に見舞われることになるだろう。
大学受験、とりあえず本命はこの前に終わった。八割がた合格してると思う。今日は滑り止めの大学の受験だから、かなり気分も楽だ。そのせいか、受験開始時間ギリギリになってしまったけど、多少の遅刻くらいは大丈夫な筈だ。まあ、このまま行けばギリ間に合う。
雪道もなんのその、大股で歩いていたら、ちょっと前にしゃがんでいる人が見えた。
子供かな?
なんか、泣いてるみたいだけど。
俺は歩く速度を落として、しゃがんでいる人物を観察した。
女の子、小学生? 中学生? くらいかな。転んだみたいだな。怪我して泣いているんだろうか? まさか立てないくらい?
何人か受験生だと思われる学生が少女の横を通り過ぎたが、誰も彼女に声をかけない。わざと視線を反らしている奴までいた。
怪我してるならほっとけない。でも、俺、女子供受け最悪なんだよな。見た目が怖いせいで、とにかく怯えられる。別に何する訳じゃないのに。この無駄にデカイガタイも更に恐怖を煽るらしい。
目付きが人を五人くらい殺ったことありそうなくらいヤバイとも言われたことあるけど、そんな訳ないだろう。ただの高校生だから。
そんなことを考えているうちに、少女のそばに到着してしまった。
「ウー……ッ、フグ……、ズズッ」
グズグズ泣いている少女を見ると、右手が赤く腫れてしまっていた。転んで捻挫してしまったようだ。
「どうした? 」
とにかく穏やかな声を意識して話しかけてみた。怯えないでくれ、より泣かないでくれという願いを声にのせる。
俺に声をかけられて顔を上げた少女は……妖精のようだった。
茶色いフワフワした髪の毛に、大きな茶色い目。鼻と口はこぶりで、とにかく全体的に小さい。肌は陶器のように滑らかで、黒子なんかないだろうってくらい白い。
こんな可愛い子、初めて見た。
いやいや、俺ロリコンじゃないし。
子供相手にドキドキしてる場合じゃない。この子は怪我人だ。
「具合悪いのか? 」
更に声をかけると、大きな目から涙がさらに激しく溢れてしまう。
怖くない! 怖くないから!
「ヒッ……、ズズッ、ウー……、ズズズッ。こ……転んでしまっ……て、あ……しと……手が。エグッ……ヒック」
泣きながらも、何とか喋ってくれてホッとする。
「あぁ、足首腫れてるな。手もか。痛かったな。頑張った、偉いぞ。お母さんは? 」
「は……母は……仕事……ヒック」
親がいれば親に連絡してと思ったが、親は仕事中と言う。ならば、俺が病院に連れて行かないとだよな。一人で歩けそうにないし、こんな状態の女の子を放置して試験受けにいける程、最低な人間ではないつもりだ。
「そっか……。この辺に病院あるかな? 俺、この辺りは初めてきたからわからなくて。歩けるか? 無理そうだな。お兄ちゃんがおぶって病院連れてってやるから、もう泣くな」
自分でお兄ちゃんとか言うのはこっぱずかしいけど、無害だよアピールだ。
「受験……だから。大学に行かないと」
大学……って? 受験って誰が?
「受験? 大学? えっ? 」
「あなたも……受験……生ですよね? 私にかまわず行っちゃってください。遅刻……しちゃう」
「君も受験生? 」
全く見えない!
全然見えない!
少女は袖で涙を拭うと、真っ赤な目を大きく見開いて俺を睨み付けた。そんな表情も無茶苦茶可愛いんだけど。
「高三、十八才、あと二ヶ月で十九になります! 小学生じゃありません! 」
少女は受験票を取り出して俺に見せてきた。いや、危機管理が必要じゃないか? 名前、丸見えだし。
伊藤莉奈、十八才。四月四日生まれか。
写真は確かに目の前の少女のもので、俺と同じ年だとわかった。
「小学生なんて……そんな、思ってないし。受験生なら急がないと。でも病院……」
「受験したいんです」
「だよな。よし、わかった! 」
一年、もしくはそれ以上、今日の為に頑張って勉強してきた筈だ。その頑張りを無駄にしろなんて言えなかった。俺は伊藤莉奈に背を向けてしゃがんだ。
「ほら、のって。保健室、連れて行くから。具合悪い人は保健室受験もできるんじゃないかな」
「でも……あなたも受験じゃ? 」
「大丈夫。遅刻も二十分くらいまでならいいらしいし。ほら、早く。それとも抱っこがいい? 」
抱っこでと言われても喜んでって感じだけど、二択なら選びやすいかなと思い言ってみた。「おんぶで! 」と即答され、勢いよくおぶさってきた。
「しっかりつかまって。洋服握りこんで大丈夫だから。ついでに傘も押さえてて」
「はい」
そのあまりの軽さに、やっぱり妖精か?! と思ったのは、ちょっとテンションが上がりすぎたせいかもしれない。
あんな可愛い子が、俺の背中におぶさっている。しかも、ぴったりと身体を寄せて……。
考えちゃマズイ!
背中に何やら柔らかい物体が……。
なるべく揺らさないよう、でも早足で。俺は無心を心がけて足を進めた。
その無心を揺り動かすように、耳元で可愛らしい声で囁かれる。
「あ……私汚い。転んで、雪が、泥だらけ」
「大丈夫、俺、この服着て何回もスッ転んでるから。元から汚ないし。ってかごめん、そんな服着てんのにおんぶするとか言って」
「ううん。凄く助かりました。ありがとう。一人だと動けなかったから。都会で遭難するかと思ったし」
「アハハ、遭難か。確かに、こんなにつもるの久しぶりだもんな」
顔見せてないのが良かったのかな? 普通に話してくれている。
大学の校門を抜け、そこにいた職員に保健室の場所を聞いて保健室へ連れて行った。
「あの! ありがとうございました」
保健室の椅子に下ろすと、伊藤莉奈は身体を折るようにして頭を下げた。
「どういたしまして。じゃ、お互いに試験頑張ろうな」
精一杯顔面の表情筋を酷似して笑顔を作った。
すると、彼女も満面の笑みを返してくれた。
俺はそのまま保健室をあとにし、試験会場へ向かったんだけど、あの彼女の笑顔が頭にちらついて試験どころじゃなかった。
試験が終わって帰り道、彼女はちゃんと帰れたのだろうか? 家まで送ってあげるべきだったのでは……と悶々とし、彼女と同じ大学に受かるといいな……なんて、大それたことを考えていた。
結果、本命のW大には受かったが、浮かれて受けた滑り止めのH大に落ちてしまった。
彼女とは縁がなかったんだな。
後悔にまみれた大学受験となった。
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