人魚の涙 6
カヨが失踪した、その明朝。
「さあ調べたことを話せ」
「自分が言ったことさえ忘れたか!」
銀二の店を訪れた竜胆は普段通りの席にどっかりと腰掛け、嫌な顔で近づいてきた銀二に対してもっとも値段の高い海老天を三尾ほど注文した。その後に発した台詞がこれであるため、銀二もついつい声を荒げてしまう。
他の客が驚いたように声のした方角を見たため、銀二は「いやあ、エヘヘ」と愛想笑いをしたあと声を潜めて竜胆を罵った。
「二日で調べろと言って一日で来るとは。堪え性のない男だな」
「そうも言ってられん理由ができたのでな」
「理由? そこまで急ぐ必要があんのか?」
銀二は何かに気づいて辺りを見渡す。
「……おい。おいてめえ、まさか……昨日の嬢ちゃんはどこだ」
竜胆は茶を啜り、意地の悪い笑みを浮かべる。
頭頂部の白髪を逆立てた銀二は数瞬後、怒鳴った。
「てめえこの役立たず!」
声は狭い店の中でがんがんと反響した。額に青筋を立て、銀二は動向を見守る客に向かって叫ぶ。
「お客様方! すまんが今日は閉店だ! 食い終わったらすぐに出てってくれ、銭はいらねえ!」
客たちはただならぬ気配を察知したのか、まだ残っている蕎麦もそのままにそそくさと店を出ていく。やがて店内は空になり、竜胆と銀二を残すのみになった。
「
「はい、こちらに」
顔を覗かせたのは例の女給である。名を小雪という。
「ちと早いが、今から『
「はいっ」
小雪は頷き、とてとて走っていくと入り口に「閉店」の札を掲げた。
「で、目星は付いているのか?」
銀二は舌打ちをして、竜胆の目の前にどっかりと座り込む。
「誰かさんのせいで確実性には欠けるがな……漁師の間で広まっていた噂話だ。曰く『人魚の涙には亡者を冥府から連れ戻す力がある』と。広まったのはごく最近、噂の出所は……」
「最近妻を亡くした男、か」
銀二は頷いた。
「その通り。そいつは他の漁師仲間を誘い、離れ小島にある人魚の祠へ向かったらしい。あるかどうかもわからない人魚の涙を手に入れるため……中には人魚の肉を手に入れようとしてる奴もいたようだが」
「海の民は信仰心が強いと聞いていたが?」
竜胆が机をとんとんと指で叩く。
「信じる心と信仰心は別のものだ。人魚の存在は信じても、それを畏れ敬う心までは残っちゃいなかったみてえだな」
竜胆は口の中で小さく「愚か者どもめ」と呟いた。それが聞こえたか否か、銀二も小さく首肯する。
「で、その祠はどこにあるんだ?」
「それを今夜調べようとしてたんだ」
銀二は憎々しげに吐き捨て、白髪を逆立てた。
「あの嬢ちゃん、母親が死んで父親がいなくなって、かつかつの財布からてめえの分まで蕎麦の金を払っていったんだぞ。なんてよくできた子だ、なあ小雪」
小雪はこくこくと頷いた。
「絶対に……助けます」
「おう!」
竜胆はにたりと笑みを浮かべた。
「これはこれは。サトリと雪女が揃って意気軒昂とは実に頼もしいことだ」
「けっ、勝手に言ってろ。場合によっちゃ、てめえの角も出してもらうぜ……」
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