第2話 クローン・キャスト沙知の災難/②「機構」はブラック企業

 沙知が機織り部屋で苦悶しているころ、「日本昔話再生支援機構」のプロジェクト管理部長室を一人の男性が訪れていた。男性がインターフォンに向かって名乗る。

「産業医のトライムです」

産業医はクローン・キャストたちの健康状態を見守り、労働環境に問題があれば「日本昔話再生支援機構」に環境改善を提言する立場にある。


「どうぞ」

重厚な金属製のドアが開き、プロジェクト管理部長が産業医を招き入れる。

「産業医がお出ましとは、緊張しますな」

管理部長は笑顔をつくるが、その目は笑っていない。


「『鶴の恩返し』の件で、うかがいしました」

「進行中の昔話再生プロジェクトに、産業医がどのようなご用でしょう? 鶴役のM一〇九八は、プロジェクト前点検で先生からお墨付きをいただきました。プロジェクトが完了したら直ちに、プロジェクト後点検を受けさせます」

「そのプロジェクト後点検をいつ実施できるのでしょう?」

「と、おっしゃると?」

 管理部長が油断のない目つきで産業医を見る。


「『「鶴の恩返し」プロジェクト』の再生規定期間は二週間です。それが、すでに一ヶ月継続しています」

「それが、なにか?」

「鶴役は自分の羽根を抜いて布を織ります。羽根は外付けされた装飾品ではありません。クローン・キャストの体細胞が変化したものです。羽根を抜くことは体細胞を自らむしり取ることです」


「しかし、クローン・キャストには体細胞の再生能力がある」

管理部長が冷たい笑みを浮かべて産業医を見る。

「再生能力にも限度があります。だから、再生規定期間が二週間に制限されているのです。それを超えてプロジェクトを続けると、沙知さんの身体に重大な障害が起こります」


 管理部長が眉をしかめるが、すぐ元の作り笑顔に戻る。

「沙知? クローン・キャストの間で使われている愛称ですな。『日本昔話再生支援機構』を管理する我々の間では製造番号のM一〇九八で呼んでいただきたい」

部長の顔は笑っているが、目は笑っていない。刺すような視線を産業医に向けている。

「先生、プロジェクトの継続・中止を決定するのは、地球とラムネ星合同の『昔話再生審査会』です。その『審査会』が中止を命じてこない。我々としてはプロジェクトを続行するしかない」

 

 産業医が管理部長に挑むような目を向ける。

「本当に、中止命令が来ていないのですか?」

管理部長が胸を張って答える。

「来ていたら、とっくにプロジェクトを中止しています。私だって、クローン・キャストの安全は気がかりだ。一体を完成させるのに一千万ラムネードもかかる。安い道具ではない」


 産業医が視線を足元に落とす。顔を上げた時には、穏やかな顔が怒りの形相に変わっていた。

「金のために、中止命令を無視している。違いますか」

「『金のため』とは、どういう意味かな?」

管理部長の口調が険しくなる。

 産業医も厳しい口調で応じる。

「地球連邦政府から成功報酬を得るためです」


「日本昔話再生支援機構」と地球連邦政府の契約は固定支払いと成功報酬の二本立てになっている。

 

 昔話の再生成功率は決して高くない。そして、失敗する原因の多くは、地球側にある。「鶴の恩返し」プロジェクトで鶴の機織りに興味を示すはずの男が全く興味を示さないのも、一例だ。予期せぬ自然災害も地球側の原因に含めると再生失敗のほとんどが地球側原因となる。

 

 地球連邦政府はこの事情を理解している。そこで、「日本昔話再生支援機構」が年度内に決められた再生トライ回数を満たせば固定報酬を支払う。この固定報酬は、「再生支援機構」の運営費用が回収できる水準に設定されている。

 これに加えて、「再生支援機構」へのインセンティブとして、昔話再生に成功した回数に応じて、成功報酬を支払う。成功報酬は「機構」の利益となる。

 

 「機構」は再生トライ回数を達成することは当然として、成功回数の目標を設定している。本来は非営利組織のはずだが、利益追求をしているのだ。その利益の一部はラムネ星統合政府に上納され、残りが「機構」上級幹部の懐に収まると噂されている。


 産業医がポケットから携帯端末を取り出し、画面を管理部長に突き付ける。

「今年度はあと二ヶ月で終わりますが、成功報酬は、まだ目標の九八パーセントしか得ていません」

「それが本件と関係あるのかな?」

「あなたは、残り二パーセントを実現するために沙知さんに無理を強いているのです」


 管理部長が鼻で笑う。

「『審査会』が目を光らせている。我々にそんな勝手ができるはずがない」

「『再生審査会』のラムネ星側審査委員に賄賂を払って、中止命令を実行しないことに目をつむってもらっているのです」


 管理部長の表情が凍り付いた。氷のような視線を産業医に向け、ドスの効いた声を出す。

「先生、言葉に気をつけたまえ。私は、先生を名誉棄損で訴えることもできる」

産業医が驚いた顔で管理部長を見つめる。管理部長が表情を和らげ、ニタリと笑う。「私が先生を名誉棄損で訴え『機構』内の審問会になったら、どれだけの職員が先生に有利な証言をするのか、楽しみですな」

「日本昔話再生支援機構」の中でプロジェクト管理部長は最も力のある幹部の一人だ。管理部長が原告、産業医が被告の審問会となったら、産業医は被告側証人を集めることすらできないだろう。


 産業医が唇を噛んで管理部長をにらむ。

「私の話は済んだ。お引き取り願おうか」

管理部長が断ずる。

産業医は、唇をかみしめたまま、管理部長室を出て行った。

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