再会の日

 あれから幾年経っただろうか。

 僕もすっかり大人になった。


 調理師専門学校を卒業し、

 今は地元のレストランで修行中で、

 今年でそれももうすぐ二年になる。



 大人になった僕は、

 縁さんが今どうしているかを鏡子おばさんから聞き、

 今まさに彼女の職場へと向かっている最中だ。

 彼女は今、僕の住む地域から少し離れた

 隣町の心療内科の医院でカウンセラーをしている。



「ここだ」



 山中心療内科。

 出がけに医院へ連絡はしたけれど、

 きちんと会えるだろうか。

 その時間なら丁度空いていると言われたけれど、

 少し不安だ。


 小さく深呼吸をして息を整え、扉を開けた。


 受付に向かい、さきほど連絡した旨を伝えると、

 その女性は快く案内してくれた。



「こちらですよ。では、ごゆっくり」



 扉の前まで案内すると、

 女性はすぐに受付へと踵を返した。


 病院の真っ白な扉はなんとなく緊張してしまう。


 拳で扉を軽く叩くと中から

「どうぞお入りください」と優しげな声が届いた。

 高鳴る鼓動を抑えきれず、

 扉の持ち手を強く握り締め、勢いよく扉を開ける。



「失礼します!」



 白衣を着用した彼女は可動式の椅子に腰掛け、

 いつか見たあの柔和な表情で、

 こちらを見つめていた。



「やあ、久しぶり佐藤。背が伸びたな」


「え、はいそうです。

 今は、百七十八センチくらいあると思います」


「そうか、私よりも随分大きくなったんだな」



 いや、そうじゃなくて。



「お久しぶりです、由野先生。お元気でしたか?」


「ああ。まあ、それなりにな」



 愛想のない返事に内心がっかりして

 不意に彼女の背後へ目を遣ると、

 懐かしい植木鉢を見つけた。



「その鉢、あのときの……

 まだ、育ててくださったんですね」



 その植木はあの頃育てていた樹のように、

 種をいくつも実らせていた。



「当たり前だよ。

 君の心が詰まったものだから、大切にしている。

 それに、君が今手にしているそれも、

 そうだろう?」



 あぁ、あなたはまたそんなことを言う。

 どうしてそんなに優しい言葉を言えるのだろう。

 温かくて、痛い。



「そうです。でもこれは、あなたに返します。

 元々、そういうつもりでしたから。

 あなたに再会するまでだけだと思って、

 あなたにきちんとお返しするために育てたんです」



 会える日を待ちわびながら、これを育てていたんだ。


 でもきっと、あなたに僕は必要ない。

 彼女は返事をするのに少しの間をおいてから、

 ゆっくりと口を開いた。



「……君、彼女はいるのか?」


「何ですか、藪から棒に。

 いませんよ、そんなの」



 唐突な彼女の問いかけに、

 僕はそっけなく答えてしまった。


 しかし、彼女はそんなことなど気にも留めず、

 さらなる質問を僕に投げかける。



「そうか。この後時間があったら

 付き合ってほしいことがあるんだが、

 一緒に来てくれないか?」



 意味深な物言いにたじろぎつつも

 僕は彼女の誘いを受け入れた。


 なぜなら今日は二月十三日、

 とうにいこと、浪川透夜の命日なんだ。



 そして、医院を後にした僕らは

 彼の墓参りへと足を向けた。

 医院から徒歩で三十分ほどの距離だった。

 その間もそこはかとなく気まずくて、

 一言、二言くらいしか言葉を交わさなかった。



 ちなみにお供えには、

 彼女が育てている植木の枝を二本刈り取ってきた。


 まず、墓石やその付近の掃除を済ませ、

 その枝を手向けた。

 その後、僕があらかじめ用意しておいた

 ライターで蝋燭と線香に火をつけ、そっと供えた。

 二人で丁寧にとうにいの墓石に向かって、拝んだ。



 このとき僕は、心の中で彼に報告をしている

 近況や心境なんかを。

 だからいつも長々と拝むことになる。



 僕が頭を上げると彼女は待っていたと言わんばかりに、

 僕の方をじっと見つめている。

 それに気づき、彼女の方へ身体を向けなおしてみた。



「これからも月命日と命日を一緒に、

 墓参りに来てくれないか」



 どういうことかと考える間もなく、

 彼女は次々に言葉を繰り出す。



「私は一人では生きていけないよ、

 君がいなくちゃつまらない。

 君に支えてもらわないと、すぐダメになる」



 甘い言葉に呑まれそうだ。

 でも、ダメなんだ。



「そんなこと言って。

 今まで平気だったじゃないですか。

 再会して、感傷に浸っているだけです、

 すぐ忘れますよ」



 これが甘い夢なら、覚めなければいけない。

 だから、淡々と理路整然に言葉を並べるだけだ。

 情なんか、抱かないように。



「そんなことない、

 また君に会えると思っていたから頑張れたんだ。

 光ある方へ導いてくれたのは君だからな」



 縁さんは真顔なうえに、

 無自覚でとんでもないことを口走るから怖い。

 やっぱり縁さんには叶わない。



「墓参りくらいなら構いませんよ」



 これで終わりだろうと油断した先に、

 彼女はまた頼みごとをする。



「それと、君にもう一つ頼みがある」


「何ですか」



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