また会うその日まで「さようなら」


「私はそんな君が好きだ」


「どうして僕なんですか?」


「君は少し、透夜と似ている。

 雰囲気がどことなくね。


 それに、君は私のことを知っていて、

 恨んでいたはずなのに、

 とても優しくしてくれた。


 たとえ、魂胆があったとしても私は救われたよ。

 その優しさに惹かれていったんだ。

 そのうちに、透夜のことに対する

 憎しみを抱く君ごと好きになってしまった」



 僕を好きな理由のうちに、

「透夜」が含まれていることが苦しかった。


 縁さんは僕じゃなく

「透夜」という人物越しに僕を見ている、

 そう思えてならなくて。



「僕はあなたのことがずっと憎かった。

 とうにいの死の直接的な原因でなくても、

 とうにいを傷つけて、

 通夜にも葬式にも来なかった

 あなたのことなんか大嫌いです!」



 言っていることが滅茶苦茶だ。

 関係ないことをこじつけているだけにすぎない。

 でも、口にした言葉はもう取り戻せない。


 我に帰った僕は彼女の目を見て、

 胸が締め付けられた。



「そうか、私はそこまで嫌われていたのか。

 仕方ない、自業自得だな」



 自嘲気味にそう吐いた彼女の目は儚くて、

 今にも壊れてしまいそうだった。



「っ……!!」



 自分がしてしまった過ちの大きさに気づいた僕は、

 罪悪感に耐えきれず、

 手に握り締めていた種と鞄を手に、

 その場から夢中で逃げ出した。



 家に帰ると、さらなる罪悪感に苛まれていた。


 傷つけて、逃げてきてしまった、最低だよ僕。

 せっかく僕の正体を打ち明けることができて、

 後ろめたいことはなくなったはずなのに、

 黒歴史を塗り重ねてしまった。


 それに、縁さんから愛の告白をされたのに、

 僕は最低な返事をした。


 あんなことを言うつもりなんてなかった、

 でも、哀しかったんだ。


 僕の中に彼の面影を探したまま、

 好きだと言われたから。



 それに、あなたが思うほど

 僕はできた人間じゃない。


 単純に、何の先入観もなく「由野縁」という

 一人の女性に惹かれて、

 心の赴くままにあなたに接してきたんだ。


 多分僕は、縁さんに

 それなりの好意を抱いているのだろう。



 だから好かれている理由が彼だと知り、傷ついた。

 そのあまり、あんな暴言を吐いてしまった。



 謝らなくては。明日、僕は彼女に謝りに行こう。



 翌朝。早すぎても迷惑になると思い、

 昨日と同じく九時半に店へと足を運んだ。


 店の扉の前で一呼吸する。

 ひたすら、謝るしかない。



「昨日は、すみませんでしたぁ!」



 扉を開けると同時に叫ぶように言った。



「お、おう、なんだ君か。

 驚いたよ、何か用か。少し待ってくれ」



 そこにいた彼女は普通の女性の服を着て、

 男装用のウィッグも着用していなかった。

 しかも彼女は何やら

 片付けを行っているようだった。



「待たせたね。

 今はカウンターしかないが、

 ここにでも座ってくれ。話は何だ?」



 そう言えば、

 三セットほどあったテーブルも椅子もなく、

 あるのはカウンターに

 備え付けられた椅子くらいだった。



「昨日のことを謝ろうと思って。

 酷いことを言って、ごめんなさい。

 つい、カッとしてあんなことを

 言ってしまっただけで、本心ではないんです。

 本当に、すみませんでした」



 色々訊きたいことはあったけれど、

 まずは誠意を持って謝罪するべきだと思った。



「いや、君に誤解させるような

 言い方をしてしまった私も悪かった。すまない。

 それともう一つ、

 君に話しておかなければならないことがある」



 なんだか嫌な予感がした。



「この店を畳むことにしたよ」


「どうしてですか?」


「もう一度、カウンセラーを目指すことにしたんだ。

 専門学校に通って勉強して、人の苦しみを和らげたり、

 癒すことのできる立派なカウンセラーになりたい。

 そのために、店を畳むよ」



 夢を語る彼女の眼差しは透徹で、輝いて見えた。


 止めることなんてできない。

 でも、理由くらいなら。



「どうして、再びカウンセラーを

 目指すことにしたんですか?」


「昨日、透夜の手紙を読んで、

 鏡子さんの話を聴いて思ったんだ。

 もうそろそろ、自分を許してやろうと。


 それに、こんな少数制ではなく、

 公の場でもっと多くの人を救いたい。

 だから、カウンセラーになりたいんだ」



 やっぱり縁さんは澄んだ目をして、

 自分の夢を語った。

 それなら僕に言えることは……。



「おめでとう、ございます。

 応援してます、縁さんならなれますよ。

 きっと大丈夫です」



 精一杯の作り笑顔で。

 縁さんはふっと笑みを零し、

 物憂げな表情を浮かべ、

 その言葉を言い放った。



「だから、急で悪いが、

 バイトにも来なくていい。

 これまで働いてくれた分はきっちり支払う。

 心配しなくていい」



 彼女からそれを告げられるくらいなら、

 僕は自分から手放すよ。



「だったらもう、ここには来ません。

 あなたの夢の邪魔にはなりたくないですから。


 でももし、僕も大人になって、

 縁さんもカウンセラーになったら、

 そのときは育てた鉢植えを持って、

 僕から会いに行ってもいいですか?」



 だからどうか、一つだけ縋らせてほしい。

 僕に夢を見せて。



「ああ、構わないよ。

 そのときは、お互いの鉢植えを見せ合おう」



 会おうと思えば、会えるけれど、

 会ってはいけない。

 でも、永遠に会えないわけではないから、

 大丈夫だよ。



「じゃあそのときまで、さようなら」


「さよなら、昇汰」



 初めて、名前で呼んでくれた。

 嬉しかったけれど、振り返ることはできない。

 今、踵を返したら、泣いていることがバレてしまう。

 それに、離れがたくなって、

 またすぐに会いたくなってしまうから。



 僕の心の気休めに扉を閉める直前、

「またね」と小さく呟いた。



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