未満なふたりのクリスマス/一年に一度のその日を

【未満なふたりのクリスマス】


 それから季節は巡り、世間はクリスマス・イヴ。


 さらに、凍てつくような外気にさらされた屋外では、

 カップルたちが人目も憚らず愛し合い、

 互いの愛を確かめ合っている。

 近所にホテル街がなくて、

 本当によかったと思う一番の季節だ。


 今夜は雪が降り積もりそうだけれど、

 だからと言って、はしゃぐような年頃でもない。

 寧ろ、バイトの後、自転車で帰られるかなぁ、

 はあぁ、という気持ちになる。

 ここまで言えば、言わずもがなであるが、

 僕は今日も明日もバイトだ。


 カップルたちを羨む気持ちはないでもないが、

 今日ぐらいはそれをめでたく思える。

 クリスマス限定メニューに加え、

 今日は予約で埋まっているんだ。

 商売熱心な由野さんにとってのクリスマスは

 書き入れ時でしかないように見える。


 僕はクリスマスの熱に浮かされる単純な奴だから、

 由野さんにクリスマスプレゼントを

 買ってしまっていた。



 おとなしめのベージュマフラー。

 羽織ったり、毛布にもできるという優れものだ。

 ただのバイトと雇い主なのに、

 こんなものを渡すのは少々気が引けてしまうけれど、

 それだけではない関係に変わりつつある日々。


 まあ、と言っても、ほんの僅かな変化でしかない。



 満員な店内に賑やかな笑い声と、

 せかせかと動き回る僕らの足音と共に時は流れていく。

 ようやく一息吐けるようになると、

 八時半になっていて、

 ラストオーダーを締め切り終えたところだった。


 今日は明日の仕込みもあり、店を九時に閉める予定だ。

 少しずつ、店内は静かになり、

 八時五十分にはもう客は全員帰ってしまっていた。

 これなら九時半には片付けを終えられそうだ。


 今日は、盛況だったため、まだ夕食を摂っていない。

 空腹を通り越した僕のお腹は、

 何も文句を言わなくなっていた。


 店も閉め、後片付けも終えた九時半、

 着替えを済ませた僕に、 

 由野さんは唐突に尋ねてきた。



「このあと、一時間ほど時間はあるか?」



 何のことだか分からなかったが、

 プレゼントを渡すにもちょうどいいので僕は頷いた。


 すると彼女は僕を店の奥の

 小部屋へと誘導してくれた。

 真っ暗な部屋の明かりを付けると、

 二人程度の小さなテーブルいっぱいに

 ご馳走が敷き詰められていた。



「わぁあ、すごい。

 これ、全部由野さんが準備したんですか?」



 無言でコクコクと彼女は頷き、

 棚の上に置かれていた包みを僕に手渡してくれる。



「僕にですか!

 ……っありがとうございます。

 開けてもいいですか?」



 彼女の合図を確認するよりも前に、

 その包みを開封していた。



「あ、手袋だ」


「君が、よく手を真っ赤にしていたからな。

 その、仕事をやりにくそうだと思ったんだ。

 まあその、

 クリスマスプレゼントというやつだよ」



 彼女はなんとなく決まりが悪そうに少しだけ、

 視線を外してしまう。


 ああ、先を越されてしまったな。

 でも、これなら僕も丁度いい。



「あのこれ、僕からも由野さんに

 クリスマスプレゼントです。

 どうぞ、開けてみてください。

 気に入ってもらえるか、分からないですけど」


「ありがとう、いただくよ」



 彼女はそれを受け取り、包みを開けると、

 感嘆の音を漏らした。



「おぉ、これは使いやすそうだな。

 ありがとう、

 早速使わせてもらうことにするよ。

 うん、あったかいな」



 ふわりと頬が緩んで、表情が和らいでいく。



「因みに、これって

 一緒に食べようってことでいいですか?」


「ああ」



 意外に恥ずかしがり屋な彼女の頬が紅く染まり、

 けれど今度は僕の目を見据えて答えてくれた。


 こんな変化も僕にとっての

 クリスマスプレゼントかもしれない。



 ああ、それから言い忘れていたね。



「メリークリスマス!」



 この宵ばかりは、

 嫌なことを忘れてみんなが

 幸せなひとときを過ごせますように。








【一年に一度のその日を】



 二月十三日、僕にとってそれは

 バレンタインの前日なんかではなく、

 きっと一生忘れられない一日だ。


 だから珍しく、この日だけは

 僕からバイトの休みを申し出たのだけれど、



「いや、その必要はない。

 その日は、店を休みにしているからな」


「そうですか、ありがとうございます」


「それにしても珍しいな、

 君がバイトを休みたいだなんて。

 何か大事な用でもあるのか……

 いや、何でもない、気にしないでくれ」



 彼女はそうして、

 自ら出した問いを封じ込めてしまった。


 まあ、そのまま訊かれたとしても、

 答えられはしなかっただろう。


 彼女も僕のそんな心情を悟ったのか、

 若しくは、それを自分に

 返されると思ったからだろうか。

 店を休みにする理由を敢えて話さないあたり、

 知られたくない事情があると窺える。


 だからお互い今日、二月十三日には不干渉でいよう。

 その他を歩み寄っても、

 これだけは隠していたいんだ。



 僕は当日、ある人に会いに行っていた。



 ――毎年、この日しかあなたとは会えない。

 この日くらいしか、

 僕はあなたに会いに行く勇気が出ません。

 こんな臆病な僕を、どうか笑ってやってください。


 その代わり、あなたのことは一生忘れないつもりです。

 この先の未来もきっと、

 あなたを忘れることはできないでしょう。

 あなたは僕にとって、それくらい大切な人でした。



「また、来年会いに来ますね」



 二月十三日はあなたに会いに行く日。

 あなたにもらった優しさを胸に、

 明日も生きていきます。




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