文化祭

 彼女は会計を済ますと、

 今日も笑顔で店を後にした。


 今度こそ本当に、

 彼女が次回店を訪れるときは

 笑顔でありますように、ただ、祈るばかりだ。



 九月二十九日、文化祭の一日目が幕を開けた。

 僕ら、一年五組のクラスの出し物は和風喫茶だった。

 食品関連は全て市販品のものを温めたり、

 そのまま提供するため、

 学校側の審査はそれなりにすんなりと通った。

 衣装に至っては、私物の浴衣や着物に、

 手作りの簡易エプロンを腰に巻いているだけなので、

 経費はそこまでかかっていない。


 簡易エプロン、机にかけるテーブルクロス、

 装飾品などは裁縫が得意な

 女子たちが名乗りをあげてくれた。

 そこで経費を削減できたため、

 女子が好きそうな装飾品を購入することができ、

 その他大勢の女子の

 モチベーションアップにも繋がったのだった。


 クラスで上位カーストに所属する子は大抵、

 可愛い服装とかにこだわる傾向があるからなあ。

 そして、可愛い女子を見られるので、

 男子のやる気も向上したということだ。


 理由はどうあれ、

 やる気があるのはいいことだと思う。

 僕自身、初めての文化祭だからモチベーションは高い。



 ただ、当たり前なんだけれど、

 彼女はこの文化祭には来ない。

 僕の高校の文化祭は招待状さえあれば

 一般人も参加できる公開性だ。

 だから、彼女を誘ってみたんだけれど……



「文化祭? いや、すまないが遠慮させてもらう。

 そんなに長時間は店を開けられないんだ」



 いつも通りだ。

 けれど、この前の花火の一件から、

 食い下がってしまう。



「暇な時間でもいいので!

 ちょっとした息抜きに来てみてください。

 つまらなかったら、

 すぐに帰ってくれて結構ですから」



 彼女は僕の熱意と迫力に渋々といった様子で、

 チケットを受け取ってくれた。



「これは受け取るが、あまり期待はするな。

 暇な時間にしか、店は空けられないからな」


「はい、ありがとうございます」



 といったやりとりをしたのが、三日ほど前のことだ。

 それが文化祭間近のシフトの入っている日だったから。


 それから一度も会えてないもので、

 本当に来てくれるかは分からない。

 分からないけれど、

 期待せずにはいられない文化祭一日目は

 何事もなく平穏に過ぎていった。


 僕は学習した、下手に期待すると傷つくことがあると。

 ブロークンハート、僕は繊細少年。



 翌日、文化祭二日目。

 どちらかと言えば、今日が文化祭本番だ。

 昨日の売れ行きを見るに、

 目玉の「贅沢甘味セット」(二百円)は

 今日の午前の部で早々に売り切れてしまいそうだ。


 中身は、全て市販品のみたらし団子一本、

 三食団子一本、桜餅・きなこおはぎ・つぶあん

 おはぎの三種から一つ選択、

 さらに冷たい缶の緑茶、またはほうじ茶付きだ。


 他のものよりも利益を少なめにすることで、

 お得感を出し、これで客寄せにするんだから、

 この値段でも問題はない。

 もちろん、これでも一セットあたり

 云十円程度の利益は生じる。

 まあこの利益は僕らにほとんど還元されないけれども、

 それでも売り上げが高いと喜びを感じてしまうものだ。

 調理もほとんど必要なく、

 効率よく作業できることがこれの利点である。


 買い出しに行ってくれたみんな、ご苦労様です。



 そうして営業を開始してから

 一時間が経過した午前十時頃、

 客席の方からざわめきが起こっていた。

 ちょうど僕が裏方で、

 注文の品の皿に盛りつけている最中だった。


 そのざわめきに興味を示しながらも、

 生憎の混雑で僕は接客の方の

 様子を窺うことはできなかった。

 ところが、接客をしていたクラスの女子たちが

 裏方に注文の品を取りに来て、口々にこう話してくれた。



「ねえ佐藤くん、表にすっごく格好いい人が来て、

 贅沢甘味セット注文してくれたんだけどね、

 佐藤くん、知らない?」


「え、どうして僕に訊くの?」



 突然そんなことを言われても心当たりがない。

 すると、彼女たちは

 互いの顔を見合わせて、こう言った。



「だって、その人ここに来たとき、


『このクラスに佐藤昇汰という少年はいるか』


 って訊いてきたんだよね。

 呼んできましょうかって聞いたら、


『いや、確認したかっただけだから、いい』


 って断られて。身長は佐藤くんくらいで、

 すらっとした人だったよ」



 僕は彼女たちの言葉の前半部分だけで、

 誰のことだか分かってしまった。



「それでね、よかったら紹介してほしいんだ。

 キュンときちゃった」



 一目惚れということを言いたいんだろうが、

 その恋は成就しないはずだ。

 彼女たちは誤解している。



「別に紹介してもいいけど、

 多分、彼氏にはなってくれないと思うよ」



 と悪戯っぽく、微笑んでみせる。

 多分、なんて確率ではないけれど、

 僕は冗談混じりにそう言ってみた。

 彼女たちは不満げに駄々をこねて、

 理由を要求してくる。



「ええー、どうしてー?

 付き合ってる人とか、好きな人いるの?」


「それとも、年下好みじゃないとか?」



 僕はにっこり笑顔で言葉を吐いた。



「んー、内緒。本人に訊いてみたら、

 すぐに分かることだけどね」



 僕がこんなにも意地悪で優しい教え方をするのは、

 今、僕の機嫌がすこぶるいいからで、

 この秘密を独り占めしたいからだろうね。

 そこに、得も言われぬ優越と特別を感じるんだ。


 今すぐにでも彼女を追いかけたい気分だけれど、

 それは仕事中のためにできない。

 休憩はもう暫く先のことだ。

 それに、このことについて言及するのは、 

 明日のバイト時の方が楽しそうだ。


 五日ぶりに会う彼女は、

 どんな顔をして僕を迎えるのかな、

 それを考えただけで胸の昂揚が治まらなかった。


 彼女に傾倒しつつある自分に気づいてはいるけれど、

 それはまだ友人や姉のような親しみと憧れで、

 恋愛感情ではない。

 時々、ドキドキさせられることもあるけれど、

 それだけでは恋には発展しないんだ。




 文化祭は無事終了し、結果発表が行われた。

 僕らのクラスは食品部門で八店中、

 一年生にしてなんと、二位の座を獲得する。

 総合では、三年生が表彰されていたが、

 一年生でこれは好成績だと言っても

 過言ではないはずだ。


 このままてっきり打ち上げかと思いきや、

 それは体育祭を終えた後日する予定らしい。

 だから今日は、文化祭の買い出しの子たちが

 買ってきてくれていたジュースと

 お菓子で乾杯する程度だった。


 体育祭に向けて頑張ろう!


 というようなやりとりをしたり、

 今日頑張ったことについて励まし合ったりしていた。

 そこで、仲が深まり、

 カップルが成立しそうだなと

 横目に見ることもあったが、割と気にならなかった。


 文化祭前後に成立するカップルの寿命は、

 両極端だと聞く。

 長続きするところは何年ももち、かたや、

 一ヶ月と経たないうちに別れるカップルも

 続出するそうだ。

 どちらにしても、

 長続きするならおめでたいことだし、

 短いならその程度だったということで

 それ以上の関心は持たない。


 最近は心が満たされる生活を送っているから、

 それで十分なんだ。

 彼女が欲しいとも思わないし、いらないとも思わない、

 どっちだっていい。

 恋をしたら、付き合いたくなる衝動には

 駆られるだろうけれどね。と言った具合だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る