恋という代物

 早いことに夏休みも終幕を迎え、

 新学期に突入した。


 因みに、課題とかそういうものはバイトの休憩中や、

 仕事終わりなんかに由野さんが

 教えてくれたこともあって、早々に終わらせていた。

 そもそも、ちょっと頭が悪いだけで、

 課題を溜め込むような性格ではないんだ。



 ところで最近では、

 黒田くんとも以前のような間柄を取り戻し、

 鈴木や宮田のみんなで遊んだりしている。

 それを、鈴木や宮田が

 哀れむような目で黒田くんを一瞥し、

 僕にこんなことを言ってくるんだ。



「お前も……罪な男だな」



 謎の間を置かれ、不思議に思った。

 モテる云々で言うなら、

 鈴木の方が相当にモテるはずだ。

 視力悪くないなら、

 眼鏡くらい外せばいいのにと言うと、

 まあいいかと彼は眼鏡を外していることが増えた。


 その頃からか、

 彼はクラスの女子に話しかけられるようになった。

 まあ、それだけじゃない気もするけれども。

 僕からすれば、鈴木の方がよっぽど罪な男だ。

 そうしてモテるのに、告白を受けることはないから。



「そうかな。それなら、鈴木の方がよっぽどだよ。

 そんなにモテるのに、どうして彼女つくらないの?

 興味ない? それとも、好きな人でもいる――」



 その言葉を口にすると、瞬く間に、

 彼の顔色が紅く染まっていった。


 ついでに、周囲の女子の声も小さくなった。

 どれだけ彼の「好きな人」は

 影響力を持っているのやら。


 黙りこくってしまった彼の代わりに、

 宮田が口を開いた。



「こいつ、隣の家の女の子と幼なじみなんだけど、

 その子の家はちょっとお金持ちで、

 私立の高校に通ってるんだ。

 ほら、藍蘭女子学院って有名な学校あるだろ」



「えっ、あそこってお嬢様学校にしたら

 学費はマシな方だけど、

 めちゃくちゃレベル高いらしいって聞いたけど」



「うん、そう。で、その子がこいつの――」



 咄嗟に鈴木が間に割って入り、

 宮田の口を両手で塞いで、こう言い放つ。



「自分で言うから! もう言うな」



 宮田の唇を押さえながら見据えて、そう言う鈴木に、

 近くにいた女子たちは急に倒れ込んだ。

 隠れ俺様キャラに、

 至近距離で囁かれるというシチュエーションを

 脳内で自分に置き換えて、萌えてしまったんだろう。

 本当に可愛くて男前だね、鈴木は。



「隣の家で同い年の、神崎立夏が好きな子だよ。

 もう何年も片思いしてる」



 凛とした表情で彼は恋模様を語る。

 僕は、それを羨ましく思って、

 気持ちの丈を訊いてみる。



「どうして好きって気づいたの?」


「ずっと一緒にいられるって思ってたけど、

 そうじゃないって知って、『一緒に』じゃなく、

『傍に』居たいって気づいたのかな。

 でも、結構無意識のうちだったから、

 自分が思うよりも前から好きだったのかもしれない」



 己の恋心を語る鈴木は、夏の陽射しのように眩しくて、

 いつしか僕は目を伏せていた。


 僕にも彼女がいたことはあるが、

 それは相手から告白されたものだったし、

 恋だったかと訊かれると正直自信が持てない。

 可愛いな、と思うことはあっても、

「ずっと傍に居たい」と想うほど

 好きだったわけではないんだ。


 だから、彼女が欲しいという欲求よりも、

 恋を知りたいという欲求の方が強い。


 胸を焦がすような想いなんて知らない。

 胸を劈くような思いなら

 体験したことはあるとしても。



 突然だけれど、僕の誕生日は九月七日だ。

 新学期に突入してから、約二週間後だった。

 親からの誕生日プレゼントは現金五千円をもらった。

 高校生にもなると、そっちの方がありがたくなる。

 妹のなずからは、小銭用の財布をもらった。

 兄の誕生日にお金を貯めて、

 こういうプレゼントを贈ってくれるのは

 兄的に好感ポイントが高い。

 それなら、なずの誕生日にはいいものを

 買ってやらねばと思ってしまう。


 我ながら、単純で扱いやすい兄である。

 誕生日ケーキは毎年恒例の

 老舗のケーキ屋で買ってもらっている。

 誕生日と言えば、これなんだ。


 甘いものが苦手だったとは言え、

 ここのケーキは好きだった。

 牛乳っぽい味のクリームがくどすぎず、

 卵をふんだんに使用したふわふわのスポンジに、

 散りばめられた色んなベリーとが混ざり合って、

 僕の舌を悦ばせ続けてきたんだ。


 由野さんには祝ってもらえなかったが、

 それは仕方ない。

 自分の誕生日をわざわざ教えるのは、

 祝えと言うようでどうも憚られたからだ。

 由野さんの誕生日はいつなんだろう、それに、年齢も。

 以前、訊いたことはあったが、

 なんだかんだではぐらかされてしまった。


 知っているつもりで、ほとんど何も知らないんだ。

 そのことが、どうしてだか僕の胸を刺した。



 さて、二学期といえば、イベントが目白押しだ。

 僕の高校では文化祭と体育大会が間近に行われる。

 

 因みに、その反響としてなのか、

 二学期の中間テストの平均点は

 一、二年共に頗る凄惨なものだと聞く。

 担任が、自らそう言って、生徒に圧力をかけていた。



『二学期の中間はイベントなんかで

 勉強のモチベーションが下がりがちだけど、

 お前らはしっかりと勉強するように。

 そうしないと、期末と学年末に泣くことになるぞ』



 洒落にならない脅し文句で、クラス中の雰囲気が凍り付く。

 そして、頭の良さそうな生徒の元へ人が集った。

 そんな中、僕らは平然と先生と歓談を繰り広げていた。



「辻川先生、二学期の中間って、

 そんなに平均点下がるんですか?」



 僕らの担任の先生は、辻川夕真、

 担当教科は古典、歳は確か、二十四歳。


 僕が言うのもなんだけれど、彼は並のルックスで、

 背丈も並だけれど、

 持ち前の人当たりの良さや要領の良さ、

 爽やかな笑顔で女子からの人気が絶えない教師である。

 おかしいな、女子が男性を判断する基準って、

 本音は八割ぐらいが顔で性格なんかは二の次だったはず。

 あぁ、でも先生なら分からないでもないかな。



「そうだよ。だから、この時期にしっかり頑張れば、

 これからも勉強で躓く確率はぐっと下がるから、頑張ろうな。

 先に言っておいてさえくれれば、古典かある程度、

 文系のものなら教えてやれるからな」



 頭をくしゃっとかき回される。

 こういう人との距離の掴み方が上手いところとか、

 真摯に向き合ってくれるところが

 ツボなんだろうなと思った。

 彼はいい人そうに見えるけれど、笑顔が綺麗すぎるから、 

 その実、本性が見えてこない。


 ただ、子どもの僕に言えることは、

 彼は「いい先生」だということだ。


 自分の弱みを決して見せず、しっかり生徒を見てくれる。

 それ以上を望むのは傲慢だろう、

 プライベートに口を出すのはお門違いだ。

 だから、それを知る必要もない。

 僕は辻川先生に、生徒として甘え、教育してもらうだけだ。



「はい、そのときは聞きに行かせてもらいますね」



 先生は急に僕をじっと見つめ始めた。

 何だろう、

 僕は何かおかしなことでも言っただろうか。



「佐藤、変わったな。

 すごく明るくて、いい表情するようになった」



 またそうやって、先生は意味もなく、他人を褒める。

 計算しているなら、こんなことは言わないだろう。

 きっと無自覚だから余計にタチが悪い。

 こうやって、人に好かれているのだと思う。



「そうですかね、だったら嬉しいです」



 そうだとしてもここは、

 素直に受け取っておくべきだと思った。


 その直後、

 文化祭の準備作業や買い出しにとりかかった。

 文化祭まであと二週間ほど。



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