ふたりきりのトクベツじかん(2)

「線香花火でどっちが長く

 咲いていられるか勝負しよう」



 すっかり童心に返った彼女は、

 どこかで聞いたようなフレーズを口にした。



「火が点いているか、じゃないんですね」


「ああ、それじゃあ面白味がないだろう。

 それに、線香花火は風流なものだ。

 咲いていると言った方が、

 文学的で美しいと思わないか?」



 それは一理あるかもしれないと

 僕は肯定する。



「そうですね。花火ですもんね。

 早速、しましょうか」


「ああ」



 互いの手に線香花火、

 その合図で一斉に蝋燭へと花火を近づける。



「「せーの」」



 蝋燭の炎がゆらゆらと燃えている。

 どちらかに火が点いたんだろう。

 そっと離してみると、

 僕の方には火が点いていなくて、火の中へ戻した。


 それに気づいた彼女は、

 火から花火をそっと離してみる。


 小さな蕾が微かに揺れているのが確認できた。

 それに続いて、

 僕の花火もようやく火が点ったようだ。

 彼女の蕾に比べると、

 僕のはぷっくりして大きく感じられた。


 しかもそれは未だ、

 大きく膨らんでいるように見える。

 そうこうしているうちに、彼女の方は、

 ちらちらと火花が散り始めた。


 線香花火は、

 火の花というのを目で確認できるのがいい。

 小さな蕾から無数の花びらが散っていく、

 そんな風に言うと、

 線香花火の命が短いのも頷ける気がする。


 僕の花火も負けじと勢いよく、

 花を開花させ始めた。

 大きな蕾からは短い花びらが激しく

 烈火する如く散っていく。

 消えた花びらを感じさせる間もなく、

 それは花びらを生じさせて、を繰り返した。


 しかし、それは間もなく

 幕を下ろすことになる。



 二秒と経たないうちに、

 蕾はぽろりと落下してしまった。



「あぁぁ」



 あまりにも呆気なく終わりを迎えてしまう

 線香花火に虚しさを感じながらも、

 仕方なく、それをバケツの水の中へ投入した。


 なんとなしに、彼女の方を一瞥してみると、

 思わず二度見してしまった。

 彼女の花火は小さいながらも

 咲き続けていたんだから。


 彼女を驚かせないようにと、

 ゆっくりと距離を縮め、

 向かいにしゃがみ込んだ。


 小さな蕾は絶え間なく

 花びらを生むことはないけれど、

 それでもその命の灯火を絶やすことなく、

 咲き続けている。


 地味で退屈になりそうな画だけれど、

 線香花火が人生だというなら、

 きっとこの方がいい。

 穏やかに、平静を保ち、

 じっと堪え忍ぶ心が必要不可欠だけれども。

 彼女にはそれらが備わっている、

 いや、何かの為に身につけたんだろうか。

 さして興味もないけれど。



「綺麗ですね」



 多少の間を空けて、彼女は僕の顔を見上げ、

 再び花火に視線を落とした。



「あぁ、綺麗だな」



 その表情はさきほど

 花火ではしゃいでいた人と

 同一人物とは思えないほど、

 艶めかしいものだった。


 伏し目がちに長い睫毛の間から覗かせる

 黒目がとても妖艶な彩をしていて。



 花火の後片付けを済ませ、

 そろそろお開きなのかと思ったけれど、

 彼女はまだ夏の風物を

 用意をしてくれていたようだった。



「冷やした桃と西瓜を用意している。

 食べていくか?」


「はい、食べます!」



 二つ返事で快諾した僕だったけれど、

 急な展開に僕の心臓は踊り狂ってしまう。

 僕が頷くなり

 彼女は自分の家に僕を上げたんだ。



「さあ、上がってくれ」



 彼女は危機感とかそういった類の

 気配を微塵も出さず、

 自分の家の廊下をずかずか歩いていく。


 それに引き替え、

 僕はひょっとしたらと

 ラブハプニングのようなことを

 想像してしまった自分の不純さに恥じ、

 罪悪感を抱いた故に、

 のろのろと彼女の後について行くばかりだった。



 純粋な誘いを不純な方向へ捉えてしまった僕は、

 これでも男なんだと、

 妙なところで自覚せざるを得なかったんだ。



 それはさておきとして、

 冷やしていた西瓜と桃はみずみずしくて甘かった。

 彼女が食べやすいようにと

 カットしてくれていたこともあり、

 パクパクと食べられ、

 あっという間に平らげてしまった。



「はー、美味しかった」


「それは何よりだ。

 成長期の男子の食欲は流石だな、

 もうなくなってしまった。

 もっと成長できるといいな」



 そのからかいには

 ちょっと男のプライドが傷ついた。


 遠回しに僕の身長のことを

 揶揄されている気分になったからだ。


 僕は彼女とほぼ同身長で、

 すらりとした体格から見ると、

 彼女の方が大きく見える。

 もう少し、筋肉でもつけたら、

 男らしく見えるのかな。

 いや、それよりも先に身長か。


 四月に行われた年に一回の身体測定で、

 百六十七センチだと言われた。


 僕の学校内での一年生男子の平均身長は確か、

 百六十九センチくらいだったはずだ。

 さらに、自分で自分を

 追い込みたいわけではないが、補足として、

 一般男性平均身長は百七十一・五くらい

 だったと記憶している。


 僕は学年平均身長よりも二センチ低く、

 一般的な平均身長より

 四・五センチも小さいらしい。



「僕の身長は百六十七センチなんですが、

 由野さんの身長は何センチなんですか?」


「百六十七センチだ」



 え、僕と全く同じ身長だ。



「えっ。てっきり由野さんは、

 僕より大きいのかと思ってました。

 すらっとしていて、体格もいいので」



 僕なんか、肩幅も狭くて、

 ひょろひょろしているから、

 どうしても幼く見られがちだ。



「君は華奢だからな、そう思うのも仕方ないよ」


「華奢って、女性に使う言葉なんじゃないですか。

 そんなの言われても、惨めになるだけです……」



 さらに追い打ちをかけられ、

 僕の自尊心はズタズタボロボロだ、

 あともう一押しでもされたら、

 ぽっきり折れてしまうかもしれない。



「そう落ち込むことはない。

 ほら、腕を見せて見ろ」



 そう言って、彼女は強引に僕の手首を掴み、

 瞬く間に、距離を縮めた。



「えっ、ちょっ」



 彼女は僕の浴衣の袂に手を通し、

 僕の腕を柔い両手で触れてきた。



「ひゃぁっ!

 ちょっとくすぐったいですよ、由野さん」



 不意打ちをかけられたので、

 予期せぬ事態に僕は動揺せずにはいられない。


 しかしながら、

 彼女はそんな僕の気持ちなどお構いなしに、

 無遠慮に腕やら二の腕やらを触りまくる。


 指先ですすーっと腕を撫でられ、

 綺麗な年上の女性(浴衣姿)が

 至近距離にいるというこのシチュエーション。

 男子なら一度は憧れるんではないだろうか

 ――ただし、前半部分を除く。


 しかしながら、立場が逆転している為、

 緊迫感が堪らない。

 今にも、押し倒されてしまいそうなこの雰囲気。


 いやだから、僕はれっきとして男の子だって。



 彼女の一挙一動にハラハラしていると、

 ようやく口を開いた。



「ほどよく筋肉がついている。

 それに、硬すぎず、 

 太すぎなく、美しい肉付きだよ」



 彼女は僕の袂から手を引き抜くと、

 今度は僕の両肩に手を添える。


 なんだか、

 彼女がだんだんと大胆な行動に出ている、ような。

 いやいや、さっきの言動から察するに、

 これはその延長にすぎない。

 おまけに、彼女の視線は僕の両肩まっしぐらだ。


 ただそれでも、緊張せずにはいられないよ。

 大人の女性がここまで近づいてきたら、

 健全な男子高校生なら

 胸を高鳴らせてしまうのは当然のことと思う。


 しかし、僕から触れるようなことは

 決してしないように、堪えている。



「見かけによらず、肩もしっかりしているな。

 骨も太いようだし、肉付きも申し分ない。

 これなら、しっかり栄養をとって、

 睡眠をとれば、すぐに大きくなるさ。

 だから、心配するな」



 不意に僕の頭をくしゃりと撫で回す彼女。

 どんな格好をしていても、彼女は彼女なんだ。


「綺麗な女性」だけじゃなく、

「stray sheep」の店長の由野さんでもある。


 僕は、彼女のほんの一面を見たにすぎないのか。

 一度そう思うと、ドキドキが治まっていった。



「そうですか。


 なら、由野さんよりも十二センチくらい

 大きくなってみせますよ。

 そうしたら、

 ちょうどいい身長差になるでしょ?」



 僕は悪戯っぽく笑ってみせた。

 何がちょうどいいのかなんて考えていないが、

 それぐらいの身長差だったら、

 彼女を女性として引き立てられると思ったんだ。



「ふっ。そうか、楽しみしてるよ」


「あー、今笑いましたね!

 絶対大きくなりますから!!」


「いや、別に馬鹿にしたわけではないよ。

 そうなったら、

 私も男装をする必要がなくなるのかと、

 つい思ってしまっただけだ」



 また、その壊れそうな儚い目。


 どうして時々、

 そうやって儚い目をするんですか。

 男装をする必要って何のことですか。

 それって、

 由野さんの過去と何か関係あるんですか。



 訊きたいことは山ほどあるのに、

 結局彼女には触れられなかった。

 触れたいと思って、手を伸ばしかけたのに、

 その手は引っ込ませてしまった。


 彼女を知れば知るほど、謎が深まっていく気がする。

 霧が晴れても、すぐに霧が立ちこめてしまうから。


 しかし、彼女について

 より深く知りたいと思ってしまったのは

 今日が初めてだろう。

 いつもは、

 手を伸ばしかけることすらもなかったのに。



 傷つくなら、知らずにいようと思っていたけれど、

 知らないことで彼女を傷つけているなら、

 これからも傷つけるなら、知ってもいいのかな。



 彼女が抱えるものから解放してあげられるなら、

 重荷を分け合えるなら、

 僕は彼女に歩み寄ってもいいんだろうか。


 至って抽象的な問いかけではあったが、

 僕は真剣にこの答えを探していた……。



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