薄幸の彼女(3)

 私は縋るように食べ物を口にして、

 狂ったように食べ続けました。

 食べることで、

 落ち着くことができたんです。

 夜中でも、

 冷蔵庫の中身を食べ漁りました。


 そして、そのツケとして、

 当然のように、急激に太りました。

 それを男子たちはからかいのネタにし、

 以前にも比べて、いじめは悪化しました、

 彼がいなくなったからです。

 自己評価が急降下していくのも

 時間の問題でした。


 自分が太っているから全て悪いと思い込み、

 ダイエットを始めました。

 しかし、途中から全然体重が落ちなくなり、

 心の支えもなく、再び食べ物に頼り、

 いつしか食べ物依存に陥っていました。

 でも、もっと太って周囲に嘲られるのも嫌で、

 太ることが怖くなりました。


 そして、喉に指を突っ込んで

「食べ吐き」を繰り返すようになりました、

 指だこができるまで。



 きっと、彼に無視され続けたことが

 何よりも辛かったんだと思います、

 それほどに信頼していましたから。



 以前に彼女の話を聴いたときも思ったが、

 結構重い話だ。

 悲しい過去を未だに清算できずに、

 ずっとトラウマに囚われて、

 苦しめられているなんて。


 由野さんはどう対処するんだろう、

 どうやって彼女の

 傷を癒すというんだろうか。



 由野さんは目を瞑り、少し考え込むと、

 思い付いたように、

 ぱっと顔を上げて彼女に提案する。



「一度誰かに、弱音や本音、

 このことを打ち明けてみてはいかがですか」



 彼女は目を見張り、

 そんなこと……と呟いた。


 そりゃそうだろう、こんなに重く、

 プライベートに関わる話を

 第三者ではない誰かに話すというのは、

 大層勇気が必要なことだ。

 それに、赤の他人でもない限り、

 こんなに大事な話は

 信頼している人でないと話すに話せない。


 彼女にはそういう人がいなかったからこそ、

 こうして悩み、赤の他人である

 由野さんに相談しているんだ。


 ただ、由野さんが何の考えなしに

 アドバイスをしたとは思い難い。

 そこには何かしらの意図があって、

 言っているはずだ。



 由野さんはここからが

 本領発揮と言わんばかりに、慣れた様子で、

 彼女に魅惑的な甘い言葉を囁く。



「あなたが自分を好きになれる、

 お手伝いをしましょうか?」



 ニヤリと妖しげな笑みを浮かべ、

 由野さんは彼女に「種」の話を提案する。


 彼女はもう、

 驚くということを諦めたのか、

 妙にすんなりとその提案に耳を傾けた。



「その話、詳しく聞かせてください」



 氷川さんのときと同じく、

 種についての諸説明がなされ、

 彼女はふんふんと、

 しっかり話を聞いているようだ。


 説明に区切りがついたところで、

 由野さんは珍しく、具体的な質問を与える。



「自己愛・自信・受容、

 あなたにはどれが必要ですか?」



 彼女は苦悩の表情を浮かべ、

 必死に一つを選び抜こうとしている。

 彼女は考えた末に、

 どうも答えが出せずにいるようだった。


 見かねた由野さんは店の奥に行き、

 二つ種を手に、戻ってきた。

 由野さんは二つの種を見せ、

 彼女に再び問いかける。



「自己愛と受容の種です、

 あなたが必要だと思うものを

 選んでください」



 その種はどちらも同じような見た目をしていて、

 変わったことと言えば、

 二色がマーブル状に

 混ざり合っていたことだろうか。


 彼女は戸惑いながら、

 右の種を選び取った。



 そして、

 今度はお代の支払いに移り変わる。

 彼女は、

「願いを教える・心の中で

 一番強い割合を占める感情の一部を渡す」

 の二択で、感情を渡す方を選択した。


 大抵は、

 願いを教える方を選択するはずなのに、

 彼女がそれをしなかったには理由があるだろう。


 これは僕の推論だが、

 摂食障害をなくしてしまうことも重要だけれど、

 彼女はその理由に気づいていないために

 答えられなかったんだ。



 由野さんは小瓶を彼女の胸の前で持ち、

 そこから心を

 覗くようにその先を見据えた。



「自分の存在価値を認めてほしい」



 彼女の心の中で最も強い感情はそれだった。


 由野さんが彼女の胸の前で手を翳すと、

 心臓の辺りから光の球が出てきた。

 由野さんはそれを掴み、

 そそくさと小瓶に仕舞い込んだ。

 また店の奥へと進むと、

 それを元あった棚に仕舞った。



「ところで、夕食でもいかがですか。

 野菜の冷静パスタなどもご用意できますよ」


「はい。じゃあ、それをお願いします」



 由野さんは彼女に、

 野菜たっぷりのサラダパスタを提供した。


 彼女は肩の力が抜けたのか、

 食べ物を控えようという素振りは見せず、

 そのパスタを美味しそうに頬張っていた。



 彼女がパスタを食べ終えた頃合いを見て、

 由野さんは巾着に入れた種を手渡し、

 鉢と土の購入を勧めた。


 彼女は鉢選びの際に、

 えらく時間をかけて吟味し、鉢と土を購入した。

 それは女性が雑貨屋で

 小物を選んでいるような可憐さがあり、

 鉢選び自体を楽しんでいるようだった。


 その後、それら全ての会計を済ませた彼女は、

 来たときよりも

 穏やかな表情で店を後にした。



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