薄情で冷血な彼(3)

「それは、恋以外では

 代用できないのですか?」



 代用、という言葉は酷く切ない。

 何かが他のものの代わりに

 なんてなれるわけがないのに。

 だからこそ人は補おうとする、

 感情的な基準でそれに

 匹敵するものであるのかを判断する。


 それが人にとっての

「代用」という行為だと僕は考える。


 彼は彼女の言う「代用」の意味を拾い、

 それに対して答えを出す。



「多分、恋じゃないとダメだと思うんです。

 真剣に誰かを想うのも、

 相手の気持ちを知りたいと考えるのも、

 恋が一番だと思います。

 それに、誰かを愛し、愛されるというのは、

 とても素敵なことのように思えます。

 恋をしている人はキラキラしていて、

 楽しそうですから」



 これは僕の想像だが、

 今、彼女は彼の言葉を受けて、

 こんな風に考えているだろう。


 ――彼は周囲が言うほど、

 無感情でも冷血でもなく、

 ただそれを上手く表現することが

 できていないだけかもしれない。

 もしかすると、理性的で、

 物事を論理的に考えすぎるのかもしれない、と。


 だからこそ、

 今の彼には感情的に行動することと、

 本能の赴くままに生きることが必要だろう。

 それには、自分の気持ちを

 明確にすることが必要になる。


 ただ、これは僕が感じたことに、

 彼女ならこう考えるだろうと

 彼女風の脚色を加えたものだ。

 僕が考えた彼女の思考と、

 彼女の思考が

 どれだけ離れているのかは、判らない。



「では、恋をするためには

 何が必要だと思われますか?」



 彼女の言葉を聴く限りは、

 ある程度は近しいものと考えていいだろう。



「感情の豊かさだと思います」



 彼の難しい答えに彼女は

 彼女なりの解釈を加えて、返答を試みる。



「それは表現力の豊かさだと

 考えてよろしいでしょうか。

 だとするなら、

『素直さ』『思いやり』

『情熱』『洞察力(勘)』それとも、

『本心』など、

 あなたには何が必要ですか?」


「表情、だと思います。

 無感情だとよく言われましたが、

 何を考えているか

 よく分からないとも言われますから」



 きっと彼に必要なのは

 自分自身で考えること、

 自分の気持ちを知ることだろう。


 彼が店を去った後で、

 彼女に答え合わせを願おう。



「そうですか、表情ですね。

 つまり、自分の感情を

 表現する術が欲しい、ということですか?」


「そうだと思います」



 流石は彼女だ。

 相手の欲しい言葉を渡せている。

 と、ここまでは至って順調だった。



「私、心の『種』というものを

 お売りしております。

 それは、願いを『叶える』

 というわけではありませんが、

 心を成長させる機会、

『種』をお売りすることで、

 願いを叶えるお手伝いをしています」



 そう、願いを叶える手伝いをするだけで、

 願いを直接叶えたりはしない。

 それは、自分の願いに、

 願いを叶えることに責任を持ってもらうため。


 それが、この店の店主である

 彼女の方針と信念なんだ。



 ん? え、え、ちょっと待って。

 このタイミングでそれ言いますか?


 誘導尋問チックだし、

 何より、悪徳商法みたいに聞こえる。

 寧ろ、そうとしか聞こえない。

 しかし、彼は即答した。



「僕にも売っていただけますか?」



 馬鹿なのか、あるいは、

 それほどの決意の現れなのか。

 おそらく、後者だろう。

 彼はカウンターから身を乗り出している。



「大丈夫ですよ。ですが、

 事前に諸注意をさせていただきますね」


「第一に、願いを教えること、

 若しくは、あなたの心の中で

 一番強い割合を占めている要素、

 感情の一部を分けること。


 第二に、必ずしも心が成長するとは限らず、

 枯れてしまうこともあることを

 理解しておくこと。


 第三に、願いが必ず成就するとは限らない。

 願いが叶わなかったとしても、

 自己責任であること。


 以上を把握したうえで、

 承諾いただくことになりますが、

 よろしいでしょうか。

 まだ、今なら取り消すことも可能ですが、

 如何なさいますか?」



 彼に声をかけたときの態度とは打って変わり、

 試すような、どこか冷たい態度だった。


 彼は重々しくなった空気に萎縮し、

 喉をゴクリ、と鳴らす。


 お陰で、僕まで緊張してしまう。

 諦めてしまうのかと思いきや、

 彼は一言ずつ、言葉を紡ぎ出した。



「それでも、いいです。

 僕に、種を、売ってください」



 静かに見上げた彼は、

 彼女の顔をしっかりとその瞳に映していた。

 彼女はそんな彼の様をじっと見据えると、

 満足したように頷いた。



「それでは、『種』自体の説明をしますね。

 種は土に植えて、

 週に一、二回水を与えたら十分です。

 また、種は鉢で育てられ、

 日光が当たらない部屋の中でも育てられますよ。

 種は、心の状態を反映、投影するもので、

 成長を促進してくれるものです。

 そのため、種が生長すると、

 育てた人の心も成長しますし、その逆もまた然り。


 あなたが選ぶ心の種が、

 あなたの選んだ

 心の成長を促してくれるでしょう」



 難しく、いつもながら、

 やや抽象的な口調であったが、

 これで理解できるだろうか。



「なるほど。普通の種ではないのですか。

 しかも、願いを直接叶えるのではなく、

 心の成長を促すという点がまた面白いですね」



 え、あれで理解できたんだ。

 流石、二十七歳の大人なだけある。



「それと、種は育っても、育たなかったとしても、

 店に返却しに来てください。

 実が生れば、それを一つ回収します。

 二つ返してくだされば、

 種のお代は返金させていただきます」



 またもや、突拍子もない話だけれど、

 彼は話についてこられるようで、

 加えて、質問を投げかけた。



「あの、実って

 食べられるものなんですか?」



 彼女は甘く穏やかな笑みを

 浮かべて、答えた。



「はい、食べられます。

 それに、とっても美味しいですよ。

 ですが、二つ以上実が生らなければ、

 食べる機会はありませんね。


 因みに、うちでは実を調理して

 提供するサービスも行っておりますので、

 よろしければそちらもお試しください」


「あの、その実って生食することは

 できないんですか?」


「いえ、それはできますが、

 お勧めはできません」


「というと?」



 苦渋の表情を浮かべ、

 重々しくその唇を開いたんだ。



「過去にそれをして、

 大惨事が起こってしまったことがありました。

 誰も彼も救われない結果でした。

 私が気づいたときには手の施しようも、

 修復のしようもありませんでした。

 だから、実を生食しようなんて

 真似はしないでください」



 あまりの剣幕に

 彼もあっさりと身を引いた。



「はい、分かりました。

 あと、お願いがあるのですが――」



 これがまた一つの縁に 

 繋がることになるなんて、

 僕は思いもしなかった。



「はい、いいですよ。

 それではここにお名前と、

 あなたが通える日時と、

 連絡先を記入してください」



 そう言って、

 彼女は店のレジ横に置かれていた、

 メモ用紙とボールペンを差し出した。

 彼はスマホを横目に書き上げた。


 その後、彼は彼女から

 種、鉢、土を購入し、会計を済ませると、

 穏やかな表情で店を後にした。 



 因みに、彼が購入したのは

「自己表現」の種だ。


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