反抗心

 彼らに無視をされたまま、

 休日を挟んだ為、

 どう対処するべきなのか分からない。

 とり敢えず、

 彼らの出方を窺ってみるしかないと

 思った矢先、

 彼らが教室にやってきた。


 前例と同じく、

 また無視されると思っていた僕に、

 彼らは近寄ってきて言うんだ。



「はよー昇汰」


「おはよ、佐藤」


「はよっす、さとちん」



 何でもなかったかのように、

 ごく自然に。


 僕は拍子抜けしながらも、

 恐る恐る返事する。



「お、おはよう」


「どうしたんだよ昇汰。

 あ、話があんだけどいいか?」



 そう言うと彼らは僕を

 男子トイレに連れて行き、

 静かに扉を閉め、

 一人が扉の前に立ち、

 出口の監視に回った。



「昇汰さー、この前、

 鈴木のこと庇ったよな?

 どうしてかなんて

 どうでもいいんだけどさ……

 お前、アイツのこといじめろよ。

 お前がいじめた方が効果てきめんだろ?

 優しくしてもらった奴にそんなことされたら、

 流石にアイツだって傷つくだろうし。

 昇汰のこと、

 仲間だって信用したいからさー」



 ああ、何だ

 そういうことだったのか。

 つまり、僕を共犯にさせて

 逃げられないようにしたいんだ。



 この前のことを

 許してやる代わりにお前も手を汚せ、

 とそういうことなんだろう、な。



 これで妙に納得がいってしまった。



 結局彼らは何も変わっていない、

 僕がたった一回

 いじめを妨害したところで何も、だ。



 心なしか彼らの言動に

 落胆してしまっている自分がいる。

 分かっていて、

 知っていたはずなのに、

 どうして今さらショックを

 受けているんだろう。


 そんな奴らじゃない、

 そんな人たちじゃなかったと

 思いたかったんだ。

 いや、思っていたんだ。

 だからこそ僕は、



「……イヤだ」


「んぁああ! ?」



 一人の怒号が狭いトイレ内に

 五月蝿く響き渡る。


 その雰囲気の荒さに思わず、

 身体を震わせてしまうが、

 ガタガタと震える右腕を左手で抑えつけ、

 怒りに狂う彼の目を見据えて、またも言う。



「そんなことしない、しないよ。

 僕は鈴木くんを

 いじめたりなんかしないし、

 彼と友達になるんだ」


「はぁあ?」



 何言っちゃってんの、

 とでも言わんばかりに

 嘲りの表情で僕を見る彼、

 それでも僕は構わない。



「だから、嫌だよ」



 それだけ言い残し、

 トイレを後にしようとするが、

 それは監視役の彼が許さない。



 一触即発の雰囲気の中、

 どうやってこの場から

 逃げ出そうかと思案に耽っていると、

 助け船が降りてきた。



「うぉっ」



 扉前に立っていた一人が

 扉に体当たりされ、出口に光が差す。


 そこに現れた救世主は、

 怖いクラスメートくんだった。

 勢いよく扉を開けたらしい、

 その勢いで一人は

 吹っ飛ばされたようだが、非力だなあ。


 僕はその隙に、ひょいと脱兎し、

 すれ違い様

 怖いクラスメートくんに小さく会釈した。

 彼のお陰でなんとかなった。


 この後の報復を考えると恐ろしいが、

 そんなことよりも

 今無事だったことに感謝だ。


 これ以降、暫くの間、

 無視が続いたが、

 僕はそれよりも気がかりがあった。


 鈴木くんは大丈夫だろうか。


 僕の気がかりは見事的中し、

 金曜日、僕はその現場に

 またもや直面することとなった。



 昼休憩、五時間目に体育があった

 僕は早めの一時すぎに 

 更衣室へと向かったんだ。


 予鈴が鳴ってからだと、

 特等席は使われてしまい、

 生徒と生徒の間でせせこましく

 着替えなくてはならないから。


 それが嫌で、

 五時間目に体育のある日は

 大抵三時間目の休憩時間に早弁する。

 半分くらいを残しておいて、

 昼休憩にさっと食べてしまう。


 例に沿って、

 今日も一人でゆったりと

 着替えを済ませる予定だったのに、

 そうはいかなかった。


 更衣室のドアノブを握る前に、

 違和感を覚えた。


 どうして、

 ドアノブを握る必要がある?

 いつもなら、体育科の先生が

 更衣室の鍵を開けていて、

 分かりやすいようにドアは

 開放されたままになっている。

 恐る恐る、

 ドアノブを捻ってみると、鍵は開いていた。


 僕はそこで妙な胸騒ぎをおぼえて、

 静かにドアを少しだけ開く。

 隙間から覗き込むと、

 見覚えのある数人の生徒が

 視界に飛び込んできた。


 彼らと鈴木くんの姿だった、

 慌てて身を引っ込め、もう一度様子を窺う。


 彼らはこちらに

 背を向けている為、

 僕には気づいていないようだった。

 しかし、こちらを向いている

 鈴木くんとバッチリ視線が絡んでしまった。


 今すぐに駆け込もうかと思ったが、

 僕が入ろうとするのを見て、

 思い切り睨んできたんだ。

 大蛇のような凄まじい眼光に根気負けし、

 僕はこの場で

 大人しく見守っていることにした。


 彼の眼差しは僕に何かを伝えようと

 しているように見えたから。



 覗き見をしていて、

 分かったことがある。


 今回のこれは、

 彼らが鈴木くんを連れ出したり、

 呼び出したわけではなく、

 鈴木くん本人が呼び出したということだ。



 彼がなぜそんなことをしたのか、

 それは彼の口から

 直接告げられるだろう。 


 そば耳立てて、

 彼らの会話を盗聴する。



「おい鈴木、こんなところに

 俺らを呼び出して何の用だよ」


 それに続いて、

 鈴木くんを非難する声。



「お前なんかに 

 時間を割いている暇、ねぇんだよ。

 ぼっちのお前と違ってな」


「マジ受けるな、それ!」



 ケラケラと三人して、

 鈴木くんを嘲笑する。


 けれども彼は至って冷静で、

 ある種、侮蔑の声音を秘めて、

 彼らに向かって言い放つ。



「心当たりはないって言うのかー、

 そっかあ。


 自覚がないなんて、

 君たちは良心の呵責というやつを

 感じていないんだね」


 皮肉のニュアンスは

 流石に彼らにも通じたようで、

 怒号が起こる。



「ぁああん!?

 お前、何言ってんの?

 マジで意味分かんないんですけど? ?」


 僕に手を上げようとした

 彼が鈴木くんの胸ぐらを掴み、

 この距離でも

 十分に分かるほどの形相で

 鈴木くんを睨みつけている。


 そんな相手を諸ともせず、

 鈴木くんは寧ろ相手を牽制する。



「君たちの脳味噌じゃ

 仕方ないかなあ――」


 鈴木くんは途端に小声になり、

 会話が聞き取れなくなる。


 鈴木くんが彼らに

 何かを囁いたと思わしき直後、

 一人が赤面して、

 本能的に鈴木くんが危険だと悟った。

 その後はもう、

 彼らに気づかれるのも気にせず、

 無我夢中で駆けだしていた。


 早く、早く

 鈴木くんのところに

 行かないと!


 腕を伸ばして、彼の肩を掴む。



 一人は既に拳を思い切り振り上げ、

 鈴木くんの顔面から

 あと三十センチもない。


 そうして僕は、

 きっと殴られると分かりながら、

 必死に彼を覆い隠すように抱き締めたんだ。



「ガンッ」



 軟弱ではないはずの僕の身体は、

 殴られた頬よりも、

 その勢いのまま、

 ロッカーに体当たりした

 衝撃の痛みを訴えてくる。



「いたたたた……

 かた、肩が痛い」



 左肩からロッカーに

 突撃してしまったので、

 今のところそれ以外に

 外傷は見受けられないが、

 つまり、左肩がそれだけ

 負担してしまったのだろう。


 悲鳴を上げるほどの

 痛みではないが、

 じわじわといたぶるような厭な痛み方だ。



「佐藤……」



 腕の中にいる鈴木くんが

 小さな声で、

 早く離してくれと訴える。



「ああ、ごめんね。今、離すよ」



 彼の背中から腕を剥がすと、

 左肩に鈍い衝撃が走る。


「いっっ」


 思わず声が漏れてしまい、

 言い訳を取り繕う暇もなく、

 鈴木くんが僕を叱りつけた。



「何やってんだよ、馬鹿!!」


 

 初めて聞く、極めて

 感情的な声色だった。


 そのことに僕は

 酷く驚嘆してしまい、

 反射的に言葉が出たんだ。



「ご、ごめんなさい」



 それでも、

 心から出た言葉だと思う。


 だって、立て続けに

 この言葉も放たれたのだから。



「それと、

 心配してくれてありがとう」



 その言葉に対して、

 彼は決まりが悪そうに、

 そっぽ向きつつ、こう呟く。



「そっちこそ、

 心配してくれたんだろ。


 その、助けてくれて、

 ありがとう」



 僕の気持ちが

 少しは届いたのかな。


 そう思えて、

 彼の言動の全てが胸に染みてくる。


 

 肩は痛いけれど、

 大切なものに気づけて良かった。



「どういたしまして」



 肩が痛いにも関わらず、

 ヘラヘラと笑う僕を見た

 彼は僕をおぶさって、

 保健室まで連れて行ってくれた。


 これじゃあ、

 どっちが

 助けられたのか分からないな。



 そのやりとりの間、

 三人は傍観者だった。


 口を挟むでもなく、

 突っかかってくるでもなく、

 ただ僕らを見ていた。


 そこまでの

 距離はないはずなのに、

 遙か遠くに位置するような、

 眼差しを向けていたんだ。



 そして、更衣室を去るときに

 彼らの表情は、

 酷く罪悪感に苛まれたものだった。



 彼らのその眼差しと表情には、

 喉に引っかかるようなものがあった。


 何か、大事なことを

 忘れているように思えてならない。


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