あざ可愛い妹は案外考えてる

 火曜日から木曜日を送り、

 一つも手がかりを

 掴めないままでいた。


 蛇足だが、

 火曜日にテストは終了し、

 今のところ欠点は一つもない。


 

 それは、彼らに反抗した

 影響が何もないということで、

 妙な寒々しさがある。


 きっと何かが

 起こるはずなのに、不吉だ。



 翌日の金曜日、

 思った通り変化が生じた。


 今朝、彼らが

 教室にやってきたとき、

 挨拶しようと

 彼らに近づいたけれども、

 すっと素通りされた。


 要は、

 無視をされてしまったんだ。



 それきり

 彼らとは話せていない。


 鈴木くんのことは

 どうなっているかと一日中、

 観察を続けてみると、

 彼らはまた、

 鈴木くんに接触を謀っていた。



 いつになっても彼らは

 変わらないんだろうか。


 いつまでも気に食わない 

 誰かに突っかかり、

 その人が自分よりも弱い相手なら、

 その相手をいじめて。


 それができなくなった

 将来はどうするのか。



 ふと途方もないことを

 考えてしまった。


 どうでもいいことと言えば、

 どうでもいいことだけれど、

 なぜだかとても

 気になって仕方なかった。



 家に帰り、

 部屋の窓辺に置いてある

 鉢植えに水やりをしながら、

 呆然と生長の経過を眺めていた。


 少しずつ葉が増え、

 今では葉の枚数は

 両手分を越えている。


 ゆっくりでいい、

 健やかに心を育んでほしい。



 種は心を映し出す鏡だと、

 彼は言っていた。


 だとしたら、

 僕は強くなれるのかな。



 人を助けられる

 勇気ある人になりたい。


 勇気と優しさは

 似ていると思う、

 どちらも強さが必要だからだ。



 僕は、鈴木くんを助けて、

 彼と友達になりたい。



 だがしかし、

 それでいいのだろうか。


 何か足りないような気がする、

 もっと核心にあるものがない。




 彼は言った、



『自分にとって何が一番大切で、

 それを守る為にはどうすればいいか』




 を考えるべきだと。


 僕が今まで、

 彼らに逆らえなかったのは、

 彼らの報復のせいだと

 思い続けてきた。



 けれども、彼らは

 そんなことはしなかった。


 結局、

 僕の被害妄想にすぎなかったし、

 現状大したことにはなっていない。



 僕が本当に怖かったのは

 ……なんだったんだろうか。


 それが分からない限り、

 堂々巡りなんだろう。


 とすれば、

 それが解明できた暁には、

 いじめを阻止して、

 勇気ある

 強い人間になれるはずだ。



 僕が気づかなかっただけで、

 そのときにはもう、

 小さな小さな花の蕾が

 生まれていたんだ。



 自分の凄さなんて、

 きっと見えないけれども、

 確かに存在しているもの

 なんだと誰かが言っていた。




 テスト全教科、

 欠点をギリギリ回避することに

 成功した僕は、週末、

 テスト明けの休みということもあり、

 思い切り自堕落な生活を送ろうと

 もくろんでいた。


 だが、そんな妄想も束の間、

 悲報に接した。



「おにい、

 テストを頑張った

 ご褒美に

 どっか連れて行ってよ!」



 これを食らわされたのは、

 夕食も風呂も済ませ、

 悠々自適に部屋で

 リラックスタイムを

 噛みしめていた最中であった。


 というか、

 ついさっきのことだ。 




 いきなり人の部屋の

 ドアを全開にし、

 開口一番がこれだ。


 まず先に言うことはないのか。


 そう思いながら、

 妹をジト目で睨みつける。


 なずは全く何のことだか

 分かっていないようで、

 きょとんとした顔で

 首を傾げてみせた。



 あ、可愛い、

 うちの妹可愛すぎる。


 あざとすぎるその仕草は、

 なずがやると、

 わざとか天然か分からない分、

 タチが悪い。


 要は可愛いのである。



 可愛い妹に頼まれたら

 連れて行ってやりたいが、

 甘やかしてしまうと

 癖になってしまう。


 結果、つけあがり、

 我が儘になり、可愛くなくなる。



「行かない。

 兄ちゃん、用事があるんだ」



 だから兄ちゃんは

「拒否する」を選択した、

 はずだった。



「えぇー、どうせおにいは

 出掛ける用事じゃないでしょ。

 せっかくのテスト明けなんだから、

 遊びに行こうよー」



 うっ。


 それを言われると、遠回しに、

 一緒に遊びに行くような

 友達なんていないでしょ、

 とでも言われているようで辛い。



「ないけど、

 最近テスト以外にも

 疲れることは色々あったから、

 休日はゆっくりしたいんだよ」



 いじめのこととか、

 鈴木くんのこととか、

 彼らに反抗したこととか、

 それなのに

 無視くらいしか影響がなくて、

 逆に不気味なことなどで

 ストレス状態だ。



 まともな反論をされたせいか、

 なずは不満そうに

 口を尖らせながら、

 ぶつぶつと呟く。



「それに、来週グループのみんなで

 カラオケに行くんだもん。


 歌が上手い子多いし、

 そんな中で音痴な歌聴かせたら、

 笑われるだろうし

 ……恥さらしになっちゃうよ」



 語尾になるにつれ、

 次第に声音が萎んでいった。


 そうか、これが

 本当の目的だったんだ。


 なずも思春期近い女の子だ、

 友達の前で格好悪いところは

 見せたくないと、

 そういうことなんだろう。



 男子同士では下手だったら、

 からかわれるくらいで済むけれど、

 女子は何かと

 優劣をつけたがるきらいがある。


 さらに、気に食わないものは

 ばっさり排除してしまうらしい。


 それを理由にハブやいじめに

 発展してしまうこともあるそうだ。



 何それ、超怖い、

 彼らとあまり

 変わらないようにも思えるが、

 彼らは単に子どもなんだ。


 しかし、彼らのそれとは違い、

 女子のいじめというやつは 

 なかなかで執拗で

 陰湿なものらしい。


 そのうえ、

 女子のタチが悪いところは、

 狡賢いところだ。



 周囲の目があるところでは

 親しそうに接し、

 人目がなくなった

 途端に猛獣と化す。



 そういうものだと、

 小学生のときのなずは語っていた。



 妙に生々しい

 言いようだっただけに、

 実体験、若しくは

 目にしたことが

 あるのかもしれない。


 けれども、

 安易に口を出せる話ではないから、

 言及はしなかった。


 そうだ、なずが

 小学生のときに聞いたんだった

 ――最近の小学生は

 そこまで進化してしまったのか、

 そんな末恐ろしい発展は要らない。



 小学生くらいまでは、

 無邪気で素直に穏やかな心を

 育んでいてほしかったよ、

 と小学生に

 夢見る男子高校生がいた。



 一部分だけ抜粋すると、

 変態なロリコンみたいである。


 だが、僕は幼児なんかは

 恋愛対象外だし、

 好みというなら

 清楚で可憐な人がいい。


 体型にあまり好みはないけれど、

 手とかが

 柔らかい人がいいなとは思う。



 女の子は少しくらい

 丸みを帯びたフォルムの方が

 可愛いと僕は思っているが、

 女子は無理なダイエットをして、

 痩せ体型を維持しようと

 するのだから理解に苦しむ。


 無理して痩せようとしなくても

 日本人は細い体型の人が多い、

 それに元の体型の方が

 概ねの男子は

 好ましく思うだろう、

 口にはしないだけで。



 と、そんな妄想に

 興じている場合ではなかった、

 可愛い妹が

 真剣に悩んでいるんだ。


 手を貸してやるのが、

 兄の務めであろう。


 これに応えずして、

 兄の名を語ることはできるか、

 いや否。



 軽い悪ふざけをしながらも、

 答えを出した僕は、

 肩を竦めて気を落としている

 妹に優しく声を掛けてやる。



「なず、一緒にカラオケで

 歌、練習しようか。


 兄ちゃんも、

 いつか友達とカラオケに

 行くときの為に、

 練習しておかないとな」



 妹に気を遣わせない為の

 軽口のつもりだったけれども、



「うん。おにい、ありがと。

 行けるといいね、友達と」



 正面から

 日本刀で切りつけられた。


 いや、そんな哀れみの目なんか

 向けなくていいから。


 兄ちゃん、本当は友達いるよ?


 でも、最近はあんまり

 一緒に遊ばないだけで……

 ってそれ、友達じゃないか。



 心の中で一人

 ノリ突っ込みをしてくると、

 泣けてきそうになったので、

 考えるのを止めにした。



 そういうわけで土曜日は

 なずと二人でカラオケに行き、

 歌の練習に付き合った。


 日曜日はなずも遊びに行き、

 母と父も

 急な仕事が入ったとかで、

 僕は部屋で読書に勤しんだ。



 シリーズものの続刊や、

 読み切りの小説など、

 買ってはいたものの

 手を付けられていなかった

 本を全て読破することができ、

 満足な一日を

 過ごせたのであった。


 因みに、

 読書にはリラックス効果があり、

 ストレスを半分以上

 軽減できるらしい。

 嘘か誠かは分からないが、

 僕は読書をすると

 清々しい気持ちになるから、

 個人差はあっても、

 あながち間違いではないと思える。



 今日は清々しい気分のまま床につき、

 何度も夢を見ることもなく、

 朝を迎えた。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る