姑息的療法(2)

「さっぱり分からないです、

 答えを教えてください」



 僕の返答が不満だったのか、

 彼から笑顔が消え、

 眉間にキュッと皺が寄る。



「君はすぐに

 他人を頼りすぎだ、

 もう少し自分で

 考える力を身につけろ」



 どっしりと僕を見据える

 彼の眼力があまりにも

 耐え難かった僕は、

 白旗と共に

 交渉の余地を求める。



「す、すみませんっ考えます!

 きちんと考えますから

 ……あの、何か具体的な

 ヒントだけでも

 教えていただけないでしょうか?」



 相手が怒っているときや

 機嫌を損ねているときは兎に角、

 低姿勢、遜りの精神に限る。


 僕は今まで基本、

 こうして難所を乗り越えてきた。



 経験はものを言い、

 彼にもこの対応が効いたようで、

 彼の眉間の皺が和らいだ。



「そうだな、分かった。

 自分で考えるなら

 ヒントくらい教えてやろう、

 但し、これだけは言っておく。


 他人から答えを教えられて

 満足するばかりでは

 少しも前には進めない。


 自分で切り開いた答え

 だからこそ意味がある。


 しかし、

 それが他者に関わるものなら、

 自分が納得するだけでは足りない。


 行動した先と

 相手の視点を考える

 必要があるんだ。


 尤も、行動を起こすうえで

 重要なことは

『自分にとって何が一番大切で、

 それを守る為には

 どうすればいいか』を

 考えることなんだけれどね」



 僕は彼の話を

 必死に拾おうとしたが、

 複雑なうえに

 やや抽象的な話であった故、

 途中で思考回路が

 ショートしてしまった。


 頭を抱えている僕に気づき、

 彼は話の論点を戻してくれた。



「すまないね。


 つい、説教じみたことを

 言ってしまった。


 これでは、さきほど

 言ったことと矛盾してしまう」



 自嘲気味に彼は

 ククッと笑い声を上げた。


 それはそこはかとなく

 痛々しさを感じさせるものだった。



「ヒント、だったな

 ――君には、

 その『いじめ』の根本的原因が

 分かっていないようだ。


 根本的原因について、

 一度じっくり

 考えてみるといい。



 いや、考えなくとも、

 答えは向こうから

 やってくるかもしれないな。


 まあまずは、君はいじめの

 原因について知るべきだ。


 教えられるのはこれくらいかな。


 もう日も暮れてきた頃だ、

 そろそろ帰りなさい」



 彼はそう言って、

 僕を店から追い出そうとする。



「え、でも、

 まだお金払ってないですし」


「あれはどちらも

 サービスで提供したものだ、

 代金は取らないよ。

 さあ、だから帰るんだ」



 そう言われても、

 一円も支払わずに

 店を後にするのは心苦しい。


 また、

「ただほど怖いものはない」という

 日本人特有の

 考えのせいでもある。



 僕も引かず、

 代金を払うと

 駄々をこねていると、

 僕の執拗さに負けた

(というより呆れた)

 彼が店の奥から可愛らしい

 包みを取り出してきて、

 僕に差し出してきた。



「これは甘さが控えめな、

 ハーブと紅茶など何種類かの

 クッキーの詰め合わせだ。


 これを売ってやるから、

 代金はこれだけでいい」



 僕は要求を受け入れてもらえ、

 さらに彼の美味しいお菓子が

 また食べられると、気を好くした。



「はい! いくらですか?」



 現金なガキである。



「二百円だ」



 財布から百円を二枚取り出し、

 彼の手に乗せる。



「はい、どうぞ」


「毎度あり」



 代金を支払い、

 彼からその包みを受け取ると、

 今度こそ僕は店から

 強制的に追い出されてしまった。


 急にどうしたんだろうか、

 そんな考えは

 一瞬の間に消え去っていた。



 思ったよりクッキーが

 たくさん詰められていることに

 気づいたからだ。


 あんな口調で

 態度であったけれど、

 彼のことを悪い人には思えない。


 サービスで

 マスカットティーや

 試作品と言って、

 デザートをただで振る舞い、

 値段にしては

 ボリュームのあるこのクッキー。



 寧ろ僕には、彼の方が

 お人好しのように思えてならない。



 彼に与えられたヒントを元に、

 僕はいじめの原因を探るが、

 新たな答えは見つからない。


 あれ、でも確か、彼は

「答えは向こうから

 やってくるかもしれない」って

 言っていた気がする。


 

 それが本当なら、

 今日は考えるのをやめて

 寝てしまおう。


 答えがやってくるとするなら、

 学校以外あり得ないから。



 因みにクッキーは独り占めした。

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