姑息的療法

 勢いに任せて、鈴木くんを

 救い出してみたはいいものの、

 この先のことを全く考えていなかった。

 どうしよう、

 どうしよう、どうしよう!!! 


 しかし、最近一難あって勉強は手つかずで、

 テストで欠点を取ってしまいそうでもある、

 ここは一旦家に帰って、

 昼食をとってから明日の勉強をしよう。



 家に帰るなり僕は

 昼食をカップラーメンで

 簡単に済ませてしまい、

 勉強に打ち込んだ。

 猛勉強した結果、

 ある程度の単語は覚えられ、

 気づけばもう四時を回っていた。


 勉強はある程度の段階まで済ませたし、

 気になることはさっさと解決させたい。


 そういうわけで僕はまた、

 あの店を訪ねていた。

 すぐに人に頼る癖は

 いい加減治すべきだとは思うが、

 今、優先すべきはそれではない。

 先にヘタレな根性を

 叩き直すことが先決だ。

 ひとまず、頼り癖については

 思考を放棄する。



 店の扉をノックする、

 入店する際にこの作法はおかしいのだが、

 これは、これから迷惑をかける彼に対して

 僕なりの敬意の払い方だ。



「はい、どうぞ。

 開いていますよ」



 扉の向こうから清々しい彼の声が届く。

 歓迎されている気分になる

 爽やかな声音に、

 僕は扉を勢いよく開け、

 にっこり笑顔で言ってみせる。



「こんにちはっ!」


「!? 

 ……やあ、こんにちは。

 また来たんだね。

 おいで、今日も暑いから

 マスカットティーを淹れてやろう」



 慣れた様子で

 彼はカウンターに来るよう促す。


 まだ二度目なんだけれどな、

 店に入ったのは

 これで二度目だ。

 しかし彼は、

 僕が相談を持ち込んできたこと

 にも気づいているんではないだろうか。

 毅然たる彼の態度は

 僕にそんなことを思わせる。



 カウンターの右端から

 二番目の椅子を引き、そこに腰掛ける。


 マスカットティーを待ちながら、

 どんな風に話を切りだそう、

 どんな返答が帰ってくるか

 と胸を躍らせていた。



「お待たせ、

 今日はこれも食べてみてくれ。

 桃のゼリーだ。

 試作品なんだ、感想を聞いてみたい」



 トレイに乗せられたそれは、

 マスカットティーの隣で

 可憐な色を魅せている。


 普通に可愛らしくて、

 女子が好きそうな

 スイーツだった。



「ありがとうございます。

 い、いただきます」



 甘いものは苦手って

 言ったことあるから、

 甘さは控えめだと

 思うけど、ちょっと怖い。


 感想が欲しいとのことだし、

 前にお世話になったうえに、

 これからさらに

 迷惑かけるから、

 これぐらいのことは

 しないといけない。



 気合いを入れて、

 スプーンでそれを掬い取り、

 口元に運ぶ。


 口に近づけてみると、

 僅かに清涼感のある香りが

 鼻先を潜った。

 もしかしてこれは……

 ふとあるものが思い浮かんだ僕は、

 それを口に含む。



「あ、やっぱり。

 これ、ちょっとだけですけど、

 ミント入ってますよね。

 すっきりした甘さで美味しいです」



 彼はぱあぁっと笑顔を咲かせ、

 カウンターから乗り出す

 勢いで熱弁する。



「分かるか!?

 そうなんだよ、

 少しだけミントエッセンスを

 加えてみたんだ。

 甘いものが苦手な人でも

 食べやすいようにと思ってね。

 やはり、美味しく食べてもらえる方が

 嬉しいからね」



 僕みたいな人のことを

 考えてつくってくれたと思うと、

 やっぱり嬉しい。

 自分の為だけではないと分かっても、

 そこに自分も含まれていたら

 悪い気はしないだろう。




「でも、僕にはちょうどいい甘さですが、

 清涼感があるので、

 女性にはもう少し甘い方が

 いいかもしれませんね」



 ぱっと切り替えよく、

 思案顔になる彼。



「そうだなあ、

 でも君には好評価だったから、

 これはこれでメニューに載せるよ。


 甘さが足りないか。

 なら、ミントの代わりに

 甘夏を入れてみよう。

 ミントがなくなる分、甘みは増すだろうし、

 柑橘系は女性に人気だからね。

 ありがとう、

 とても参考になったよ」



「いえ、お役に立てて光栄です」



 男性とはいえ、

 中性的な美人さんにお礼を言われると

 少し、照れ臭い。


 話を切り出すなら、

 今だろうか。

 彼の機嫌もよさそうだし、

 話してみよう。



「あの、この前のことなんですが――」



 僕は、先週と今日のことを包み隠さず、

 名前だけはイニシャルなどに

 置き換えて余すことなく伝えて、

 彼の反応を窺った。



「まず、意思表明できたことはよかったな。

 芽が生えていたのもその証拠だろう。


 だがね、君が彼らのいじめ行為を

 妨げたことに関しては、

 あまり賛美でき兼ねない」



「どうしてですか!?」



 予想外の彼の発言に、

 僕は珍しく声を荒げた。


 必ずしも共感される

 とは思っていなかった。

 それでも、それと同じくらいに

 否定の言葉が

 返ってくるなんてことは、

 微塵も考えていなかったんだ。


 荒波の如く乱れる

 僕の心情とは相反して、

 彼は極めて冷静に、

 なおかつ意外な返答をする。



「落ち着け、別に君の行為そのものを

 否定しているわけではないよ」


「えっ?」



 別方向からの切り返しに

 僕の脳は混乱し、

 急速に冷静に戻る。


 それを見ていた彼はさらに続けた。



「君のやり方が、

 あまり良くないと言ったんだ。

 その方法では却って、

 彼らの怒りを

 沸き上がらせるばかりだよ。


 それに、それは姑息的なもの

 にしかすぎない。

 さしずめ、応急手当と言った

 ところだろうかな。

 しかし、応急手当も方法を誤れば

 悪化させてしまうことも有り得るんだよ」



 彼の言わんとすることは、

 分からないでもない気がする。

 しかしどうにも、

 最後の糸口、

 つまるところ結論が見えてこない。

 彼の言葉は比喩的で、

 どこか具体性、

 現実性に欠けている気がする。



「それで、

 あなたは何が言いたいんですか?」



 彼の回りくどい口調に、

 些かだけれど、

 着実に苛立ちを感じ始めている

 僕に気づきもせず

 ――いや、彼はきっと

 気づいているんだろう。


 気づいていても、

 素知らぬ振りで、

 そんなことはお構いなしなんだ。

 だって、彼はとても愉快そうに

 口角を上げて喋っている。



「流れ出す血を拭き取ったって

 血は止まらないだろう?


 つまりはそういうことだよ。


 君は血を拭き取ったにすぎないんだ。

 血を止めたいなら、

 傷口を塞がなくては

 意味がないんだよ」



 彼の言葉はやっぱり比喩的で、

 言葉の意味は分かるし、

 理解できる。


 だけれども、心裏が分からない。



 言葉の裏に隠されている

 真意が曖昧で掴めないんだ。



 多分これは、

 クイズのように僕に

 問うているんだと思う。


 少しずつヒントを与え、

 僕に答えを

 導き出させようとしている、のかな?


 あまり自信がないから、

 断言はできないけれども。



 大抵、相手に苛立ちを感じさせた

 と分かった時点で、

 その話題は流してしまうはずだ。


 それなのに、

 彼はそうしなかった。



 僕が彼に相談に

 乗ってもらっているという体で、

 彼は僕も怒らせてもなお、

 模糊な表現を止めず、

 僕に何かを伝えようと――否、

 悟らせようとしている。


 ただ、お粗末な

 僕の処理能力では

 到底推理できるものではない。



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