妹はあざ可愛い

 僕は『種』と

 鉢と土を購入した後、

 マフィンを

 四つ購入して帰った。


 さっきのムースが

 あまり美味しくて、

 他のものも食べてみたい

 と思ったのと、

 帰り少し遅くなった

 言い訳として

 母と妹に持ち帰る為でもある。



 マフィンは胡桃と、

 チョコとバナナの

 二種類を選んだ。


 これで二人の機嫌も

 良くなればいいんだけれど。



 

 玄関の扉を開けるなり、

 妹がすっ飛んできた。



「おにい、おっかえりー!」


「ただいま、なず」



 妹の薺は、

 僕より三つ年下の

 中学一年生だ。


 しかし、つい三月まで

 ランドセルを

 背負っていたとは

 思えない容姿である。


 はっきりとした目鼻立ちに

 百五十センチ弱という

 背丈に加え、

 全体的に少し

 丸みを帯びたフォルム。


 外見だけなら、

 高校一年生くらいには

 見えそうだ、見た目だけなら。



「おにいがなかなか

 帰って来ないから、

 お母さんも私も

 心配してたんだよ?」



 上目遣いで

 僕を見つめるなずは、

 悔しいけれど、

 可愛いと思ってしまう。


 歳が三つも離れていて、

 まだ中学生になったばかりだと

 可愛げがあるからなのか、

 反抗期でないからなのか、

 それとも単に

 僕がシスコンなだけなのか。



「ごめん、ごめん。

 その代わりに、

 お土産にこれ買ってきたから」


「え、お土産? やったー!」



 僕が鞄からマフィンを取り出し、

 それをなずに手渡すと、

 受け取った

 なずの表情が一旦固まる。



「え…………

 あ、マフィンだ、わーい。

 お母さんに持って行くね」



 僕はその一瞬を

 見逃さなかった。


 今、

 一瞬がっかりしてたぞ、

 何を要求する

 つもりだったんだか。


 瞬時に表情を

 作り替えるところが、また怖い。


 なずもそんな

 年になってきたのか

 と思ったけれど、

 中学生にそのスキルはまだ早い。


 今の言動で

 ようやく気づいたけれど、

「心配してたんだよ?」

 というあの言葉は、

 大抵お土産を

 待っているときのものだった。



 我が妹があざとい女子に

 変化してしまっていた、

 可愛いけど、

 妹があざとくなるというのは

 兄ちゃんとしては微妙な心境だ。


 純心なままでいてほしかったな、

 やっぱり女子だからか。



 複雑な感情を抱えていると、

 なずはふわりと

 スカートを翻し、

 僕に向かって言葉を放つ。


「おにい、ありがとね」



 頬をほんのり桃色に

 色づけながら、

 はにかみ笑いを

 浮かべている。


 さっきの作ったような

 笑みと違い、

 少し照れくさそうに

 呟くような声だった。


 

 あざといから

 天然に切り替わり、

 僕の脳はついて行かない。


 全くこれだから憎めない

 と思う反面、

 なずはやっぱり可愛いから

 と甘やかしてしまう

 シスコンの兄の姿が

 そこにはあった。



 リビングに入るなり、

 母に小言を言われそうに

 なったところを、

 なずがお土産を用いて、

 上手くフォローしてくれた。


 さすが妹は母の扱いが

 上手いようだ。


 よし、また今度

 お菓子を買ってきてやろう、

 おそらくこういうところが

 シスコンなんだろうな。


 自覚しながらも

 やめられないのは、

 なずの魔性の妹力のせい

 だと思っておこう。



 そうしてなんとか

 夕食にありつけ、

 食後のデザートとして

 マフィンを食べることにした。



「そういや父さんは?」



 玄関に靴は

 見当たらなかったし、

 食事のときもいなかった。


 それより、

 今さらになって

 気づいたことに驚きを感じる。


 父の存在感うっす。



 僕の問いに、

 母は溜息を吐きながら答えた。



「残業だって。

 まあ多分、

 飲み会でしょうけど」



 呆れたように愚痴を零す母は、

 大方その証拠を

 何度か目撃しているのだろう。



「お父さんに連絡しておくね」



 隣でなずがスマホを取り出し、

 父へLINKの文章を打っている。


 お父さん、

 早く帰ってきてね(絵文字)、


 思春期目前の我が娘に

 こんな可愛いLINKを送られたら

 堪らないだろう。


 即刻帰宅するかもしれない、

 土産を片手に。それに、



「お父さん、

 何買ってきてくれるかなぁ」



 スマホを両手で握り締め、

 にんまりと

 笑みを浮かべている。


 なんて怖い女だ、

 なずに振り回される父を

 不憫に感じながらも、

 なずは母の代わりにしただけだし

 仕方ないかなと、

 心の中でなずの味方をしていた。


 

 なずの味方ということは

 口には出さず、僕は一人、

 胡桃のマフィンを頬張る。


 うん、美味しい。


 ほのかで優しい甘み、

 カスタードクリームなのかな、

 さっぱりしてもコクがある。


 甘いものが僕より

 苦手な父にも、これをあげよう。


 母となずは、

 甘い方がいいだろう。



「母さんとなずは

 チョコとバナナのを食べて。

 父さんは甘くない方がいいと思うから」



 すると、

 スマホを閉じたなずが

 不思議そうに僕に問いかけた。



「おにいはさ、

 甘いもの嫌いだったよね。 

 それなのに、急にどうしたの?」


 

 それはそうだ、

 僕は彼のムースを食べて、

 甘いものを

 食べてみたいと思ったんだから。



「うん、今日このマフィンを買った店で

 ムースを食べたんだ、

 それがすごく美味しかったからさ。

 もっと他にも食べてみたくなっただけだよ」



 そう答えると、

 なずはふーんと微妙に

 納得していないようだったけれど、

 それ以上言及してくる

 こともなかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る