僕の、願い
「はい、そうです。
周りの機嫌を
窺ってばかりいては、
ダメなんです。
しっかり、
自分の意見を口に
しなくちゃいけないですから」
彼はそっと、
僕に手を差し伸べてくれる。
甘やかしすぎはしない言葉に、
僕は耳を傾けて。
「そうか……
君の願いを直接
叶えることはできないが、
その手助けはできる。
どうする?
選ぶも選ばないも君次第だよ」
願いを叶える「手助け」
だと言った
その言葉に心惹かれた。
他人にその全てを委ねて
叶えてしまえば、
願いを叶えた責任も、成功も、
自分のものでは
ないように思えるから、
願いは自分で叶えるべきだ。
けれど、全てを抱える
必要もないはずだ、
「押し付ける」ことはいけなくても、
「助け」を求めることは
間違っていない。
人は一人では生きられないし、
同時に孤独である、
多分そういうことを
僕は言いたいんだ。
「力を、貸してください。
彼にちゃんと謝りたいです。
お願いします」
彼はふっと笑みを浮かべると、
「了解した。少し待っていろ」
と男らしい捨て台詞を残すと、
店の奥で
ごそごそと物音を立て、
何かを探していた。
お目当てのものを
見つけたらしい彼は、
すぐさま戻ってきて、
手にしているそれを僕に見せる。
「君にこれを売ろう。
これは『種』だ。
心を育てる種だよ。
種が育つごとに、
育てた本人の心も成長する、
種は心を映し出す。
つまり、
この種を枯らしてしまうと、
心も枯れ、またその逆も然り。
君は、それでも、
この『種』を欲するのか?」
脅すような言葉の割に、
それほどまでに怖く
感じられないのは、
僕が楽観的なのか、
それとも……。
しかし怖いのは、
このまま成長できずにいることだ。
「はい、欲します」
意志が揺れないように、
僕は彼の目を見据える。
彼は僕の覚悟を
確かめるように、二秒間、
僕の目を見つめてきた。
こんな顔立ちの整った人に
見つめられると
緊張してしまう、
中性的な美形ならなおさらだ。
しかしここで引いては
自分自身に
「意気地なし」の
レッテルを貼ってしまう。
だから僕も同じように
彼を見つめ返した。
瞳に映る自身の姿を
確かめるほどに、見据えた。
彼は、ふぅっと息を吐くと、
さきほどまでの
突き刺すような
緊迫した表情から、
ほどよく気の抜けた
柔い表情に変わった。
「よし、それなら
お代の支払い方と
種の扱い方について説明するぞ。
種一つで、五百円だ。
種が育ち、
実がなれば二つ、
種でもいい、
それを最低一つは
返却してほしい。
もし育たなかった場合は
料金は返さない。
けれど、
実を二つ返した場合には
料金は返金する」
それで商売は成り立つのかと
考えてしまうけれど、
今は他人のことより
自分のことを優先すべきだ。
「何が育つんですか?」
「それは君次第だよ。
苺や、桃、胡桃、
ブルーベリーなど果物が多い。
腐らせるも咲かせるも
君次第、怖くなったかな?」
何度も彼は僕を
脅かすようなことを口にする。
けれど、
それに臆したりはしない。
「いいえ。
これ五百円です、どうぞ」
僕は鞄の中から
すぐに一枚の硬貨を取り出し、
差し出す。
「毎度あり。
それじゃあ種を、どうぞ」
彼が大きな瓶から
『種』と呼ばれるものを
一粒取り出し、
僕の手のひらにそっと乗せた。
「ありがとうございます」
ころころしたそれは丸くて、
とても軽量で、
透き通るような
夕日の色をしていた。
大きさは
梅干しの種ぐらいなのに、
種というよりはビー玉みたいだ。
僕が種を
まじまじ観察していると、
彼はある問いかけをしてくる。
「ちなみに君、
鉢と土は持っているかい?」
唐突な問いに戸惑いながらも
僕は反応を返す。
「いいえ、
持ってませんけど……」
「それなら、
うちのものを買うといい。
種を育てるには
持ってこいのものが
揃っている。
華美ではないが、
部屋に置きやすい
素朴なデザインだ。
種とセットなら安くしよう」
なんとなく、
そんな予感はしていた。
この人、
商売熱心だなあ。
会話の主導権を握られたせいか、
自分のリズムを
狂わされてしまう。
そう聞けば、
嫌なように聞こえるかもしれない。
「はい。
どこにあるんですか、
見せてください」
ただ、僕はもう少し、
この人と会話を
していたいと思うんだ。
「あ、あぁ。
分かった、こっちに来い。
色々あるからじっくり選ぶといい」
僕のいきなりな積極性に驚いたのか、
引き気味にも見えるが、
微笑んでいた。
その笑顔に魅せられて、
自然と僕の心も和んだ。
それから彼は熱心に
僕の鉢選びに付き合ってくれて、
概ね二十分かけて鉢を選んだ。
鳥と桜がモチーフの
雅なデザインのもので、
白と緑とピンクが
美しい色合いを見せている。
――と彼は熱弁してくれた。
他にもいいものはあったけれど、
この鉢は彼と
雰囲気が似ていると思えたんだ。
この縁を忘れないよう、
繋いでいたかったから。
そんなことは
口にはできないけれど。
大人な彼に
僕の内情を悟られないように、
質問を投げかけてみる。
「そう言えば、
実がなったら
食べられるんですか?」
彼は一瞬、
渋い顔をしたような
気がしたけれど、
ぱっと表情を作り替え、
笑って見せた。
「食べられるが、
店に一つか二つ、返すわけだし、
足りないと思うぞ。
もし食べるなら、
うちに持ってこい、
格安で調理してやるから。
くれぐれも、
勝手に食べるんじゃないぞ」
冗談めかしにそういう
彼の言葉が胸に残っていた。
「何か、
思い悩んでいることが
あるようだな。
今は客もいないことだし、
よければその話、
聞かせてくれないか?
誰かに話すだけでも
楽になるかもしれない、
気軽に話してみてくれ」
その言葉で僕は彼に、
心に抱えているものを
吐き出した。
どうしてそこまで
素直になれたのか分からない。
胸の中がパンクしそうに
なっていたほどの思いは、
言葉の海となって
溢れ出ていく。
取り留めもなく話す僕に、
呆れるでもなく
彼は僕の目を
じっと見据えて
聴いてくれていた。
ずっと誰かに
言ってしまいたくて
モヤモヤしていたものが取れて
すっきりした僕は
それで終わりだと思った。
しかし、最後まで
僕の話を聴いていた
彼はこんな質問を、
僕に投げかけた。
「君はどうしたいんだい?
私に話してごらん」
僕はいつもクラスに
一人でいる彼に声をかけた。
それは同情なんてもの
ではなかったのに。
僕は間違えて、
勇気も足りなかった。
僕は俗に言う八方美人で、
みんなにいい顔をしていた、
そうしようとしていたんだ。
しかし、
本当に親しいと言える友達も、
頼れる友達も数少なくて、
クラスには一人もいないから
……僕は自分の好きな本と
同じものを読んでいる
彼を見かけて、
衝動的に声をかけてしまった。
彼はクラスで孤立していて、
誰も声をかけないことが
暗黙の了解となっていて、
それを振り払う
度胸もないくせに、僕は貪欲だ。
そのせいで
彼はいじめの標的になった。
そしてそれを止めることも
できない僕、意気地なし。
自分のせいで起きたことなのに、
その責任をとることもできない
自分を恨んですらいる。
この気持ちを、情けない自分を、
言葉にして誰かに訴えたい
と願っていたんだ。
だから、
彼の言葉に惹かれ、
縋りたいと思って、
僕はただの本音をただ、
音にして発信する。
「僕は彼と、
友達になりたかったんだ。
今さらかもしれなくても、
僕は彼へのいじめを止めて、
彼と友達になりたい」
ああそうだ、最初はただ
それだけだったんだね。
思いを口にすると、
眠っていた感情が
呼び起こされていく。
「つまり君は、
勇気がほしいんだな?」
彼は僕の言葉の中から
思いを拾って、
端的に心情を指摘する。
僕は驚くくらい
素直に思いを語っていく。
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