6 初任務と修行
土曜日。優弥は昨日宍粟から言われたとおり事務所へときていた。中に入ると既に宍粟はソファーに座っており、優弥の姿を見るや否や腕時計に目をやる。
「おはようございます。40分前に到着とは中々良い心がけですね」
「お、おはようございます」
のっけから褒められ優弥は小っ恥ずかしそうに頭を掻いた。40分も早く着いてしまったのは、初任務の緊張で寝るに寝られず無駄に早起きしてしまった結果なのだが、これは言わない方が吉だろう。
「では、早速これに着替えていただけますか?」
そう言いながら、宍粟は優弥へビニールに入った服を渡した。
「あの、これは?」
「一応魔術師の制服です。着替え終わるまで私は後ろを向いていますね。終わったら声をかけてください」
宍粟はキッチンの方へと歩いて行った。優弥は手渡された制服のビニールを破り、まじまじとそれを見つめる。
余計な装飾がないシンプルだがそこはかとないオシャレさが垣間見える黒ジャージ。伸縮性と通気性が良く、普通に買えば一万円はするであろう高価なものだ。
優弥は若干ビビりながらもそれに着替えた。
「着替え終わりましたか?」
「はい、大丈夫です」
優弥の合図で宍粟は振り返った。
「なかなか似合ってますね。サイズはどうですか?」
「ぴったりです! ありがとうございます」
「よかったです。では、早速ですが任務に向かいましょう」
「はい!」
制服に着替えて心機一転した優弥はその気合いの入りようから思わず返事も大きくなる。期待と不安を胸に秘め、優弥は宍粟とともに街へ出ていった。
◆
「優弥君、この業界のことについてどこまで教えてもらいました?」
てくてくと歩きながら宍粟は尋ねる。
空は雲ひとつない快晴で、春の暖かな日差しをその身に浴びながら街にはわらわらと人がいた。
「どこまでって……僕らが魔術師ってことぐらいですかね」
「他には?」
「堕体ってモンスターを討伐する」
優弥は片無からこれまで聞いた知識を自慢げに話す。そのわずかしかない知識に宍粟は短く嘆息した。
「その様子だと、片無さんから深くは教えてもらってないようですね」
「え、あぁ、まぁ」
優弥は歯切れ悪く相槌を打つ。
しかし、昨日の歓迎会で質問を止められた挙句させてもらえなかったために知識が浅いのは仕方のないことだった。
「では、いい機会ですので最初から説明します」
「あ、お願いします」
宍粟はこほんと小さく咳払いをし、「まず」と話し始めた。
「まず、魔力というのは誰もが持っています」
「え!? そうなんですか!」
予想外の告白に、優弥は目を丸くして声を漏らす。しかし、宍粟は優弥のリアクションに特に反応するでもなく淡々と話を続けた。
「ですが、無意識と意識するとのでは大きな違いがあります。多くの人は魔力を持っていることに対して無意識ですから、結果無意味なのです」
「じゃあ、どうやったら意識できるんですか?」
「人それぞれなので一様には言い難いですが、例えば死の直前、あるいは幼少の頃から既に日常的に親しんでいるかとかですかね」
「な、なるほど」
(じゃあ僕がこうして魔力を意識できるのもあの時死にかけたからか?)
「ちなみに、我々魔術師には位階という序列制度があります」
「あ、それこの前チラッと聞いた気がします」
「この位階、平たくいえばグレードですが下から順番に黒、白、黄、赤、青、紫と色で分けられています。ちなみに私は青、片無さんは紫です」
「えっ、じゃあ片無さんて結構強いんですね……」
「強いですよ。おそらく全魔術師の中でも五指には入りますね」
(まじか……人って見かけによらないんだな)
優弥は戦う片無を想像しようとするが、何回想像しても出てくるのはチャラついた片無だった。
「さらにこの位階は、魔力とも関係しています」
「魔力と、ですか?」
優弥はぽかんとして口が半開きになる。
「実は位階の色は魔力にも反映しています」
「反映? どういうことですか?」
いまいち理解できない宍粟の言い回しに優弥はますます困惑する。見かねた宍粟は歩くのをやめ、優弥の方を振り返った。
「では、ここでお見せしましょう」
「いやでも、ここ人がいますよ」
「大丈夫です。周りの皆さんには見えてませんから。少しの間視線に耐えるだけです。いきますよ」
「それもそれで嫌――」
優弥の話を遮るように、宍粟はふんっと体の力を入れた。すると、宍粟の体を青色の何かが纏い始めた。その何かはゆっくりと宍粟の体を流動している。
「見えますか? これが私の魔力です」
「青いですね」
「魔力というのは、使えば使うほどに量と質が上がります。すると色が変わり、その色が位階に反映されるわけです」
説明し終えると、宍粟は体の魔力を解いた。
「じゃあ、優弥君もやってみましょう」
「わ、わかりました」
言われるがままに優弥も体に力を込めた。しかし、魔力が出る気配はない。
「あれ、おかしいな?」
「もっとイメージしてください。さっきの私を思い出して」
「はい!」
さっきの宍粟を思い出しながら、優弥はもう一度体に力を入れた。必要以上の力みで顔は赤くなり血管が浮き出る。その滑稽な姿に、通行人の視線が後を絶たない。
一体さっきの問答はなんだったのだろうか。
しばらく力み続けると、次第に優弥の体を魔力が纏い始めた。
「力むのやめてください」
宍粟の合図で優弥は力むのをやめた。はあはあと息を整えながら、宍粟の話に耳を傾ける。
「今体を動いているそれが優弥君の魔力です」
「これが僕の……黒いですね」
自分の体を流れる魔力を確認する。ジャージと同色のため少しわかりにくいが、黒色の魔力が優弥の体を流動していた。
「まだ優弥君はひよっこなので、魔力も黒と未熟ですが、使い続ければそのうち色が変わる時が来ます。では次に私たちの能力についてですが――」
その時、宍粟の携帯が鳴った。ぶつぶつと何かを喋り通話を切った。
「今、同業者から堕体が出たと報告が入りました。いきましょう」
「はい!」
二人は駆け足で現場へと向かった。
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