4 決断と覚悟
夏の暑い盛り
田舎のあぜ道で二人の少年が仲良さげに話をしていた。
「——ゆーちゃん、みてみて!」
「どうしたの? かいくん」
「おれの体、ぱーって光ってるよ」
「えー、なんにも見えないよ」
「そんなわけないよ。ほら、俺の手にぎってみて――」
◆
はっとして目を覚ます。
その数秒後になったアラームを、優弥は慣れた手つきでとめた。そのまま布団から体を起こし、意識が完全に覚醒するのを待つ。
「……久しぶりに見たな、あの夢」
ぽつりと呟き、朝の準備を始める。現在の時刻は朝の七時半。学校へは八時半に間に合うようにすればいいから、まだ猶予はある。
八時、大体の準備を終えた優弥はぼんやりとテレビを見ながら出発まで時間を潰す。不意に、頭の中で昨日の出来事がフラッシュバックする。
昨日はたしかに濃い一日だった。やれ堕体を駆除するのは僕たちだの、君も一緒に駆除しないかだの、その日出会った高校生に話すか? 普通に考えて。もっと言えば、高校に入学したその日から大変な目に遭っているのだ。
沸々と湧き上がる不満を募らせる。
ふと優弥が時計に目をやると出発の時間が迫っていた。慌てて家を出て学校へと向かう。
◆
仲間になるか、ならないか。
その二つの選択肢が頭の中でぐるぐると回る。授業中であるにもかかわらず、意識は完全にその二つに持っていかれていた。
「じゃあ次の文を鹿賀読んで。鹿賀、聞こえてるのか鹿賀!」
「……っはい! えーっと、ちょっと待ってください」
話を聞いていなかったために、ただただ焦るばかりの優弥。まわりが不安そうに見つめており、それに煽られた優弥はじんわりと汗をかき始めた。
「ここだよ。二十ページの第一段落」
そこに、一つの救いの手が差し伸べられた。すぐさま確認して読み上げる。教師の「よし」という合図で音読を終えた優弥は、すかさず前の席の女子へ礼を言った
「さっきはありがとう。えーっと、加々美かがみさんだっけ?」
「優香でいいよ。どういたしまして優弥くん」
すらっと伸びた黒髪から甘くいい香りが漂う。美人とは言えずともその整った顔をくしゃっとさせて向けられた笑顔は、耐性がないものなら心停止を起こすだろう。
思いがけない幸福で優弥の傷ついた心は回復し、そのまま三限は終了した。
◆
昼休み。例によって偉久保と優弥はいつもの場所で昼食をとっていた。
「優弥、結局どうするんだ?」
笑顔の余韻に浸る優弥を現実に引き戻すように、偉久保は質問を投げかける。はっとした優弥は、再び神妙な面持ちになる。
「正直、どうすればいいか分からない」
「まあ、そりゃそうか」
「だって、まだよく分からないままに仲間にならないかって誘われて、一緒に倒さないかって……」
声を震わせながら、まるで今までの鬱憤を吐き出すかのように立て続けに喋る。一瞬の静寂の後で、偉久保が口を開いた。
「俺もさ、最初お前と同じ気持ちだったよ」
「え?」
「中学の時さ、俺も半ば強引に招致されたんだ」
「そうだったの」
「何度もやめようと思ったよ。でもさ、俺のやってることが人知れず誰かのためになってるんだって思ってからいつのまにか受け入れてたよ」
「偉久保くん……」
「ま、だからって優弥がやらなきゃいけないことにはならないし、やりたく無い旨を伝えりゃ片無さんだってわかってくれると思うよ」
今の優弥に昔の自分が重なったのか、はたまた優しさからか、偉久保はベラベラと喋り出した。ひとしきり語った後で恥ずかしそうに頭を掻き、偉久保は去っていった。
「誰かのためになってる、か」
今までなあなあで生きてきた自分の人生が誰かのためになる。それが、たとえ危険を伴うものになるとしても。
何かが吹っ切れたのか、突然優弥は勢いよく弁当の残りを食べ始めた。
覚悟を決めたその瞳には翳りがなかった。
◆
放課後になり、優弥は一人昨日の場所へと足を運んだ。事前に偉久保を通じて時間は設けてもらっていた。
扉の前に立ち、深呼吸をしてから中へ入る。
「やあ優弥くん。ハラは決まったかい?」
快活な挨拶で片無は迎えた。そして誘われるがままに優弥は向かいのソファに座る。
「……正直誘われた時は驚きました。なんで自分なんだ、もっとふさわしい人がいるんじゃないかって」
「うんうん」
「でも、ここで辞める選択をして後で後悔して、その悔いを残したまま死ぬのも嫌なんです」
「でも堕体に殺されるかもよ?」
意地悪な質問を投げかける片無。しかし、優弥は動じることなく答えた。
「意味のない人生を送るよりはマシです」
「んふふ、ようこそ!」
ニヤッと笑いながら片無は手を差し出した。
優弥も優しく笑い、その手を強く握り返した。
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