3 僕の選択

「ん……ここは?」


 優弥が目を覚ました時、最初に目に映ったのは天井だった。薄灰色のコンクリが打ちっぱなしで、そこからファンのついたライトが部屋を照らしている。


「お、目が覚めたか」

「あっ、偉久保君」


 椅子に座る偉久保が言う。その奥から、見知らぬ男が優弥へ近づいてくる。優弥はソファーから体を起こした。


「コーヒー、飲めるかい?」

「あ、はい」


 男は優弥へコーヒーを差し出した。そのまま、向かいのソファーに座る。


「いやぁ、さっきはごめんね」

「さっき? さっき何かあったんですか?」

「あ、そうか、君は気を失っていたから知らないか。じゃあいいんだ」


 男は一人で呟く。何もわからない優弥は、とりあえずコーヒーを飲んだ。


「よし、じゃあ自己紹介しよう」


 独り言を終えた男は、気持ちを切り替えて言い出す。


「はじめまして、僕は片無芯かたなししん


赤髪ストレートを揺らしながら挨拶をする。爽やかな笑顔とともに差し出された手を優弥は握った。


「は、はじめまして。鹿賀優弥かがゆうやです」

「都立恵那川高校一年だよね。偉久保と同学年の」

「そうですけど、あの、どうして僕がここにいるんでしょうか?」

「あれ、偉久保から聞いてなかった?」


 優弥は偉久保を見る。すると偉久保は口パクで「ごめんいってない」と伝えて頭を下げる。


「……聞いてないです」

「んーそうか。なら説明するよ」


 片無はコーヒーを飲み、話し始めた。


「優弥くんは、例のバケモノのことは知ってるかな?」

「ふわっとしたことしかわからないですけど」


 何年か前に突如発生したバケモノ。出た当初こそ日本はおろか世界でも話題となった。しかし、バケモノに関し目立った事件は起きず、気がつけばニュースでその日の件数を報告するくらい程度になっていた。


「これ、普通だったらもっと騒ぎになるよね?」


 片無はさも当然といったように優弥に問いかける。


「そりゃそうですよ。普通に考えてバケモノがいるのがやばいのに」

「じゃあなぜ騒がれないのか、わかるかい?」


 唐突の質問に、優弥は両腕を組みうんうん唸る。

 数分の後に一つの答えに辿り着く。まさかとは思いつつ、優弥は言った。


「……片無さんたちが何かしているんですか?」

「正解正解大正解! まあ、正確にはバケモノを駆除する代わりにあまり公にするなって政府に釘を刺したんだけどね!」


 片無が拍手で讃えるのを、優弥はひきつった笑みで受けた。

 初対面の相手に、そんなことを言っていいのだろうか。セキュリティの甘さに若干引く優弥を前に、片無は話を続ける。


「そういえば、優弥君堕体に殺されそうになったんだってね?」

堕体だたい?」

「僕らが呼ぶバケモノの名称さ。アクセント前側ね」

「殺されそうになりました。でもそれがどうかしたんですか?」

「その時さ、偉久保が持ってた刀が見えたって聞いたけど、本当?」

「はい、見えましたけど」

「おーっ、マジなんだね」


 前髪を手でくしゃくしゃしながら、片無は偉久保の方を見た。だから言ったでしょ、と言わんばかりの眼光で偉久保はそれに返す。


「だとするとかなりいいね、うん、素晴らしい」

「あの、いまいちなんのことかわからないんですけど」

「ごめんごめん、話を戻そうか」


 再び片無は優弥に目線を合わせた。


「もう気づいてると思うけど、堕体を駆除してるのは僕らなんだ」

「はあ」

「でも僕らは数が少なくてね。少しでも人員が欲しいんだ」

「ま、まさか……」

「そのまさかだよ、優弥君」


 片無はにやっと口角を上げた。優弥は額に汗がじんわりと浮き出て、唾を飲み込んだ。


「僕たちと一緒に、堕体を駆除しないかい?」

「…………」


 予想通りの誘いだった。

 それゆえに、優弥はすぐに答えを出せない。事務所の中が重い雰囲気に呑まれ、張り詰めた弓のような緊張感が漂っていた。


「もちろん、断るのも自由だ。何も嫌がるやつを入れるほど僕も鬼畜じゃないよ」


 場をほぐしつつ別の選択肢を与える。しかし優弥の表情は依然固まったまま動かない。


「もし今日答えが出せないなら、また後日でもいい」


 さらに付け加える。すると、優弥の顔の強張りがふっと緩んだ。


「……じゃあ、お言葉に甘えてもいいですか?」

「いいよ。僕の方こそなんかごめんね」

「いや、そんなことは。あ、コーヒーごちそうさまでした」


 建物を後にした優弥は、そのまま自宅へと歩く。歩きながら頭の中でさっきまでの会話が繰り返し流れる。流れるたびに胸のモヤモヤは大きくなるばかりだった。

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