3章 第22話 TS

 なぜ、なろう系で転生が流行ったか。

 これもまた学会において度々議論されている議題の1つである。


 この議題の際に必ず出る意見としては、

『大人が子どもに生まれ直すことで無双しやすくなるから』や、

『子どもの頃からの主人公の成長を追うことで感情移入しやすくなるから』

などが挙げられるのだが、しかしこの理由。私の中ではなんとなく結論が出ている。


 私が思う最も大きな要因。それは、

『1回死んでステータスリセットができるから』

である。


 ステータスリセットに何のメリットがあるかと思う方もいるかもしれない。しかし、これは小説においてとても重要なものなのである。なぜならこれが行われることによって全ての読者が、


『もしかしたら、自分も死んだらこの主人公のような生活を送れるかもしれない』


と考えられるからだ。


 分かりやすいように例を挙げよう。


 例えば年齢。

 主人公が高校生の青春活劇小説があったとする。もしこれが普通の小説であれば、鈍色の青春時代を過ごした読者は『俺にはこんな高校生活はなかったけどな』と心の端をちくちくと傷めることになるだろう。

 だがしかし、こんな読者でも安心。1回死んで生まれ変わったら主人公と同じような高校生活を送れるかもしれないと希望を持つことができるのだ。

 そう、転生ものなら。


 例えば人間関係。

 姉や兄、妹、弟、はたまた幼馴染や許嫁など。普通の小説の主人公がそれらと楽しそうに生活しているのを見ると、捻くれた読者はこう思ってしまうのだ。『俺には幼馴染なんていなかったけどな』と。

 けれど大丈夫。1度死んで生まれ変われば理想の関係の相手を見つけることができるかもしれないと望みを持つことができるのだ。

 そう、転生ものなら。


 以上。このように現実世界ではあり得ない事、あるいはすでに手遅れになった事、それらも全部含めて、『もしかしたら自分も......』と全ての読者に感じさせることができるのが転生ものの魅力なのである。



 それに転生によってリセットを行えるステータスは上に挙げたものだけに留まらない。他に例をあげるとすると、例えば、


『もし男(女)に生まれていたら』

などの性別も挙げられることだろう......





「さぁ、君の秘密を話してもらおうか」


 私は息子に対し強めの口調で話しかける。


「......」


 しかし、息子は大きな目で私の顔を見つめるだけで何も言おうとはしない。


「しらばっくれても無駄だよ。 もうネタは上がってるんだ」

「......」


 私がさらに追随しても、無言を貫き通す息子。


「はぁ。 しょうがないか......」


 息子も意地を張っているようだ。これ以上言っても息子の口から真実を告げることはないだろう。


 私はついに確信に迫る。


「天成、」


 私はビシッと指を差す。


「君は転生者なんだろう?」


決まった......!


「こら、天成にそういう事言うの止めなさいって言ったでしょ。 あと人を指差さない」

 夫が決めポーズを取っている私の頭を軽くはたく。


「あうあー」

 それを見ていた息子がやけに楽しそうに笑う。


「ほら! 今あうあーって!」

「もしかしたらあうあーが違いますかもしれないでしょ......」

「異世界言語!?」

「赤ちゃん言葉だって」


 私の言葉に夫が頭を抱える。いや、私も可能性は低いと思っているけどもしかしたらっていうこともあるじゃない?


「天成は普通の赤ちゃんだよねー?」

「あー!」


 私から守るように息子を抱き上げた夫はご機嫌を取るように揺する。

 楽しそうに揺すられる息子を見て、少し嫉妬する。


「ずるい! 私も抱っこする!」

「変な事言う母親には抱かせません!」

「あぃー!」


 息子を取り合う父親と母親。これが最近の若葉家でよく見られる風景である。




 私の名前は若葉七海。しがない一児の母......になったばかりの人間である。

 つい3ヶ月ほど前に念願の第一子が生まれ、我が家も大分騒がしくなった......まぁ息子はまだ『あー』とか『うー』とかしか言えないので主にうるさいのはその両親だが。

 子育ては分からないことだらけで大変だが、育児休暇を取ってくれた夫と助け合って何とかうまくやっていけていると思う。妊娠期のナイーブになっていた私に今の状態を伝えてあげたいものだ。


 ......と、私達のことはどうでも良いのだ。大切なのは息子の成長である。

 生まれたばかりの息子は天井をボーっと見ていることが多かったのだが、最近は好きなぬいぐるみに分かりやすく興味を示しており、明らかな意思表示を感じる。そう。もうこの歳にしてすでに、物の好き嫌いをはっきり表すことができるのだ。

 息子はこの世で1番可愛い。これは自明であるのだが、それに加えて最近はうちの子は天才なんじゃないかと思い始めている。それかもしくは、


「やっぱり転生者......」

「流石に違うって」


 息子を抱いた夫とベビールームから出て鍵を閉める。特にこの部屋に危ない物はないが、息子が自由に家の中を移動できても大変だからということで鍵を閉めるようにしている。ちなみに、まだ移動できる歳ではないけれど今の内から鍵を閉めるようにして慣れておこう、というのも全て含めて夫の提案である。



「でも、あんまり泣かないし」

「あんまり泣かない子くらい珍しくないよ」


 夫が優しく私をたしなめるように言ってくる。落ち着いた態度にちょっとムッとしたので、負けないように息子が転生者たる理由を探す。


「でも生まれた時から歩くような動きをするし!」

「原始歩行だね」

「それに生まれた時から私の指を握って来るし!」

「把握反射だね」

「最近は私にずっと笑いかけてくるし......」

「3ヶ月微笑だね。 僕にも笑ってくれるよ」


 夫は冷静に全て返してくる。なんでこんなに詳しいんだ!とツッコみたくなったが、それも全部私が妊娠期ナイーブになっていたので安心させるためにいろいろと調べてくれた結果だ。良い夫かよ。


「じゃあ、もう勝負よ!」

「え、何が!?」


 夫が驚いているけど関係ない。ここで引き下がっては母親の名が廃る。


「息子に直接答えてもらいましょう」




「はい、天成~!

 君が転生者ならこっちの恐竜のぬいぐるみ、転生者じゃないならこっちのうさちゃんのぬいぐるみに手をのばしてね~!」


 私は2つのぬいぐるみを両手にそれぞれ持ち、息子の前に掲げる。


「奥さんや。 男の子相手にそのぬいぐるみのチョイスはちょっとずるくないかい?」


 夫が声を掛けてくるが私は無視した。だって勝負はいつの日も無情なものであるから。


「うー!」


 勝敗は一瞬で決した。

 息子が手を伸ばした先、そこにあったのは


 ......うさちゃんだった。


「ほら、転生者じゃないって!」


 夫が嬉しそうな声を上げる中、私は別の可能性に行き着く。


 これはもしかして......


“TS!?”


 TS。

 Trans Sexual、つまり性転換を表す略語である。

 TS作品は転生や転移が多いなろう系作品とは切っても切れない関係にある。なぜなら男が女に転生したり、女の意識が男キャラクターに入って漫画に転移したりというように、TS設定を作りやすい傾向にあるからだ。主人公が複雑な立場となるため感情移入しにくく読者を選ぶ傾向にある他、単純に男の意識で男がハーレムを作っていく作品の方が人気になりやすいため作品数は少ない......が、一部熱狂的なファンがいるというのも事実である。



“息子はTS転生者?”


 私は新たな可能性を模索する。ここでわざわざ普段遊んでいる恐竜ではなく、遊んだことのないうさちゃんを選んだということは私にだけTS転生者だと伝えるメッセージなのではないだろうか。それかもしくは、私達に転生者とばれてはいけない理由があるのか......


 私はこのことは夫に言わないことにした。なぜなら息子の真意をはっきりさせるまでは私が勘付いていると息子に察知される訳にはいかないから......あとこの話をするとぬいぐるみのチョイスでずるしたってばれるから。



 私はその日から息子が転生者かどうかを調べるのを表立ってしなくなった。

 しかし、決してそこで息子の正体を探るのを諦めた訳ではない。

 直接聞かないその代わりに、私は罠を張ったのだ。

 転生者であれば、この世界の情報を知るために本がたくさんある部屋に籠ることになるだろう。だからあえてその部屋の鍵は開けておく。そして年齢に似合わず本を読んでいるところを捕まえれば現行犯だ。息子だって言い訳はできまい。


“穴のない完璧な作戦だ!”


 私は悦に浸りその作戦を続けた......当然息子が1歳になる頃には息子が転生者なんじゃないか、なんてことは思わなくなりこの作戦は自然消滅するのだが。



 ......今になって思い出す。過去ベビールームだった部屋、現在書庫として使っている部屋の鍵を閉めなくなったのはその頃だったなぁと。



「お母様起きて! お父様がご飯作ってくれたよ!」


 息子が起こしてくれる。夢でちっちゃな天成を見ていたので、急に成長してしまったように感じる。。


「大きくなったねぇ」


 息子の頭を撫でる。そんな私を息子は怪訝な表情で見ながらも止めはしなかった。


「お母様寝ぼけてる?」

「いや、ちょっと懐かしい夢を見ててね」


 夢の内容を息子に話してあげる。久しぶりにあんな昔の夢を見たのでなんだかノスタルジックな気分だ。


「昔のお母様なんか若いね!」

「失敬な。 今も若いよ」


 でも確かに昔に比べたら大分落ち着いたかもしれない。私よりも騒がしい息子もできたことだし。


「弟ができた時もお母様そうなる?」

「いや、流石にそうはならないかな」


 私は最近になってまた一段と重くなったお腹をさする。子どもの成長をこんなに身体で感じることができるのも今だけなんじゃないかと思う。

 この子が生まれる時には天成もいる。きっと私が落ち着いてても騒がしい家庭になることだろう。


「僕がお兄ちゃんとして守ってあげるね!」


 天成がお腹の中にいる弟に話しかける。


「そうだね。弟を守ってあげられるくらい強くならなきゃね」


 私は再度天成の頭を撫でる。


 弟の名前ももう決めてあるし、経過も順調。

 きっとこの子は何の問題もなく元気に生まれてくる。そんな確信があった。





「あー、女の子ですね」

「......へ?」


 医者の言葉に私はすっぽ抜けた声を上げる。え、この子天成の弟でしょ?


「いやぁ、確かにちょっと男女の区別早すぎたかなぁとは思ってたんですけど、見間違いでしたね。」

「見間違い?」


 脳が追い付かない私はオウム返しをすることしかできない。


「最初それらしきものが見えたので男の子と言いましたが、それ以降よく見えてなかったんですよね。でも今回のではっきり見えました」


 困惑している私を見てこれ以上話すのは無駄だと思ったのか早々に話を切り上げ、医者が端的に述べる。


「簡単に言うと付いてません。女の子です」


 これはもしかして、


“TS......??”


 いや、生まれてないからTSも何もないのだが、そんな言葉が一瞬頭をよぎる。




......どうやら第一子も第二子も、思ったようには成長してくれる気はないようだ。


 家に帰ると緊急家族会議が開かれることとなり、名前からまた考え直すことになったのは言うまでもないだろう。

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