3章 第21話 秘め事

 魔術。

 体内にある魔力を意志の力によって具現化して術者の思い通りの結果を呼び出す行為である。

 知のない者は魔術と魔法を混同して考えるが、この2つは決して相容れぬ物だ。

 あくまでも、

 魔術は理論の上で成り立つ学術であり、

 魔法は理論的に説明できない不思議現象なのだから。


 この魔術。発動方法は大きく分けて2種類ある。

 1つは詠唱。これが最初に発見された魔術の発動方法である。一説では原初の魔術は祈祷師が神へ雨乞いをしたことで偶然発見されたものであると言われている。その祈祷の際の文言が最古の詠唱であると言われており、現代の上級魔術「龍如昇雨雲」の祖となったとされる。

 2つ目は魔法陣。これも偶然発見されたものであるとされ、詠唱を明文化する際に図形を使った魔術師が魔術を暴走させたのが始まりだとされている。現代では多くの図形が定義付けられ、基本はそれらを順序立てて並べることで任意の効果を発揮する。

 この2つの詠唱方法は一長一短で、魔法陣の方が魔術の発動が早い他、詠唱を覚える必要がないというメリットがあるものの、描くのに詠唱の数倍時間がかかることや、その描いた魔法陣も使い切りであること、またそもそも特殊なインクが必要であるなどのデメリットもある。


 また魔術とは少し異なるが、生まれつき体内の魔力量が少ない、もしくは全くないという人間のために、魔法陣を描いた道具にあらかじめ魔力を詰めて、魔術と似たような働きをする“魔術道具“なるものが現在では流通しており......


 と、このような感じで魔術の説明を長々とするなろう系小説は今も昔もけっこう多いものである。


 この魔術の説明。

 なぜ必要なのかというと、まず1つ目には魔術の扱いが作品によってバラけるというのが理由として挙げられる。まぁ詠唱と魔法陣などの発動方法に関してはどこも似たり寄ったりだが、それでも、


 魔術がどのように使われているのか、

 そもそも魔力がどの程度生活に根付いているのか、

 魔術の属性はどう決まるのか、


というのは大抵説明される。魔術は、現代社会にはない存在であるからこそ読者によって認識のズレが生じる可能性がある。そのため、各小説でその世界観での魔術の扱いというものを定義しておかなければならないのだ。


 2つ目は......

 と言いたいところだが、そろそろなろう系という物を理解してきた方ならばもう答えは分かるのではないだろうか。


 魔術の説明を事細かにする理由。

 ......そう。主人公が無双するためである。主人公が常識外れのことをして無双するためには、まず異世界の常識をあらかじめ伝えておく必要があるのだ。1つ目の理由で言った物を流用するならば、


『普通は長い詠唱が必要なのに主人公は無詠唱!?』であったり、

『一般人には魔力がないはずなのに主人公には膨大な魔力が!?』であったり、

『普通は一人一属性のはずなのに主人公は全属性使える!?』であったり。


 たとえ主人公が全属性の魔術を使えたとしても、周りが全属性の魔術を使えるのか使えないのか分からない状態では主人公の特別感は伝わらない。

 つまり。

 予め設定した周囲の人間を軽々と超越するからこそ主人公の無双は際立つのである。



 そして、これは現実世界でも同じことが言える。

 どれだけ優れたものがあったとしても比較対象がなければそのすごさはピンと来ない。

 比較対象がいることで初めて、優れていることが明確に伝わるのである。




 私の名前は若葉七海。しがない2児の母......になるまで秒読みの小説家である。


 最近、私には1つ悩みがある。それは、


『私の想定より息子の成長が早すぎて付いて行けないこと』である。


 

 ......ちょっと待って。言い訳をさせてほしい。

 私も最初はどんどんと勝手に成長をしていく天成を見て、少し寂しさを覚えながらも『それでこそ天成だ!』とか思ってた。

 でも実際車との事故があった時から大人びた対応が多くなったりだとか、嫌いなブロッコリーも進んで食べるようになったりだとか。

 極め付けには、息子が今日学校から帰って来た時、なんか紙を持っていたので、

『それなにー?』

と聞いたら、

『お母様には言わない!』

と言ってそのまま部屋に入って出て来なくなってしまったりだとか。


 そういうことが積み重なって私の思いは今爆発してしまったのだ。


“いやもう全然寂しい! 強がってごめん!”


 息子が私に隠し事するなんてそんなことなかったのに!

 基本的にはなんでも私に自慢してくるタイプの子だったのに!


 私は知っている。成長した息子の現状。これは、


“思春期!”


 思春期。

 一般的には中学生から高校生にかけて、第二次性徴を経て子どもから大人へと、心も身体も発達していく段階を指す言葉である。この時期になると、子ども達が親に頼る生活ではなく自立した生活を目指したり、相談する相手も親ではなく友達になったりと様々な変化が起こる。


 息子はまだ6歳だが早熟である。きっともうこの段階なのではないだろうか。いや、そうに違いない。


“ということはあの紙の正体は何だろう......?”


 大したことではなければよいかもしかしたら、息子もお年ごろ。教育上良くないものかもしれない。


“それに、なろう系は男性向けのものが多いから......”


 私はなろう系の作品は幅広く集めていると自負しているが、やはり需要の観点から見ても必然的に男性向けの作品が多くなる。

 それが書籍化するとなると当然挿絵というものが入る訳で......

 それを見た息子が何かに目覚めてしまってもおかしくない訳で......


“ダメだ! 保護者として確かめなければ!”


 私は決意する。思春期と言ったって息子は6歳だ。まだ、そういうのは早いと思う。

 あくまでも保護者としてチェックを行い、何かあればやんわりと指導、特に問題がなければ知らないフリをすれば良いのだ。


 作戦は決まった。


 私は息子の出方を窺う。息子がトイレをしに部屋を出てきた瞬間が作戦決行の合図だ。息子がトイレに入ったのを確認した直後に部屋に侵入。謎の紙をこっそり確認し、そのまま何事もなかったかのように部屋を出る。穴のないパーフェクトな作戦だ。


―バタンッ


 そうこう考えている間に息子が部屋から出てくる音がする。

 私は居間でテレビに視線を持っていきながら、全神経を視界の端、息子の方へと向ける。


―バタン カチャ


 その瞬間、私は息子の部屋へと向かう。鍵の音と同時という最高のスタートだ。1秒も無駄にはできない。

 時に大胆に、時に繊細に。できる限りのスピードで移動しながらも足音は殺し、ドアを開ける際にも音がでないように細心の注意を払う。

 そして見つける。目当てのものは机の上だ。


“これは僥倖!”


 私は時間もないので短く息を吸い覚悟を決める。数瞬のラグもなく、折り畳まれた紙を開く。そこに書いてあったものとは......



『紅き精霊よ! 思し召すままに作り出だせし業火の熱をもって、汝の敵をいざ打ち砕かん! 顕現せよ我が魔力! 出でよファイヤーボール!』


“これ、ファイヤーボールのオリジナル詠唱だー!”


 紙にはほんの数ヶ月前も見た息子のファイヤーボールのオリジナル詠唱がカッコイイ字で書いてあった。

 私は自分の心の整理を付けられぬまま、とりあえず速やかに部屋を出る。ここで息子に見つかってしまっては作戦が台無しだからだ。


 幸い、居間に戻ってきても息子はトイレから出てきておらず、私は無事、完全犯罪をやり遂げたのだった。



 居間の椅子に座りなおして落ち着く。なんも心配はいらなかったようだ。


“小学1年生でファイヤーボールの詠唱を考えるなんてまだ子供じゃないか”


 私は安堵する。


“それに、”


 そして、先ほど見たオリジナル詠唱を思い出す。


“詠唱の完成度上がってたなぁ”


 数ヶ月前の息子の詠唱を知っているからこそ分かるこの進歩。

 息子の成長は大変微笑ましいものだった。


“このくらいの成長だとずっと私も置いていかれないんだけどな”


 トイレから部屋に戻る息子の背中を見つめながら、私はそんなことを考えていた。






 少年は部屋に入るなり、机の上を確認する。

 机の上には折り畳まれた紙......そしてその周囲に飛び散った、注意して見なければ気づけないくらいの小さな消しゴムのカス......これは先ほど少年が紙の上にわざわざ乗せたものである。


 机の上の様子を見て、作戦が成功したことを確信する。


 警戒する必要がなくなった少年は、机の上の紙を引き出しにしまい、その代わりにまた同じ大きさの紙を取り出す。

 .....それは小さな手紙だった。


『若葉天成くんへ』


 表面に丸っこい字で書かれた文字を見つめる。漢字の部分は書き慣れていないのだろう。ところどころ歪んでいるのが見て取れる。

 そして、そのまま手紙を裏面に返す。


『上野愛花より』


 先ほどよりも書き慣れた印象を受ける字を見て小さなため息を付く少年。


「流石にちょっとお母様に見せるのは恥ずかしいかなぁ......」


 顔を赤くしながら小さく呟く少年。

 落ち着いた声を出しながらも、その顔が浮かべる小さな笑みを隠しきれてはいなかった。

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