2章 第20話 章末(2)

 トラック。

 なろう系小説において、転生の原因となりすぎてもはやネタとして扱われるようになった、なろう系の被害者の1つである。

 ひと昔前までのなろう系では転生や転移までの過程をある程度丁寧に描写していた......丁寧な描写と言っても大体は1話分で終わることがほとんどなのだが。

 その際、転移の場合は異世界からの召喚という流れがメジャーとなり、

 転生の場合は事故死、特に人を助けてトラックにひかれるという流れがメジャーとなった。

 その少し後、トラックにひかれるのがメジャーとなった後のなろう系では、その転生のきっかけを描く際に変化球を挟むことが多くなった。トラックではないものでひかれる、死因を過労死などに変える等、いわゆるテンプレを外したものが増えたのである。

 そして最近はというと。

 もはやこの描写、省かれることが多くなっている。

 理由としては、描くのが面倒なのに加え、同じような作品が増えた今では最初にそんな描写を挟んでいたら読者が逃げてしまうというのが挙げられる。また、それらの理由から最初の説明パートを全て省くため、主人公をなろう系読者にすることで、転移や転生のきっかけからそれを実感する流れまでを全て含めて、

『最近日本の小説で流行っている異世界転生(転移)というものだろう』

という一言で終わらせることも珍しくない。


 まぁこんなことを言ってはいるが、でもその実。

 トラックにひかれた後の事、いわゆる転生というものが存在するかどうかは、誰も証明できていない。





「ひな先生?」

「あ、天成くんのお母さん?」


 スーパーで買い物を終えて店を出ようとしたところでひな先生と出会う。住んでいるところも近いし、こういうこともあるだろうとは思っていたけれど、卒園してから始めて出会ったので少し驚いてしまう。

 ひな先生は私の顔を確認した後、視線を落として私のお腹を見る。最近は誰がどう見ても分かるくらい大きくなっているので、当然といえば当然かもしれない。


「順調に大きくなってますね。 今何ヶ月でしたっけ?」

「今、5ヶ月です」


 つわりも1番きつい時間が過ぎ、すでに安定期に入っている。2度目であってもあの感覚は全然慣れるようなものではなかった。天成の時も思ったが、もう2度と体験したくはない。


「天成くんがお元気ですか」

「はい。 学校でちょっと女の子と言い争いがあるって悩んでますけど、それも良い勉強になっていると思います」

「え!?」


『あの3人とうまくいってないのかな......』

 そんなひな先生の呟く声が聞こえる。


“いや、ひな先生息子の女性関係知ってるのか”


 というか、それとはまた違う女子です......と言ったら先生はどう思うのだろうか。


 そんな好奇心に負けそうになっていると突然私のカバンから電話の音が鳴り響く。


“ん? 学校から?”


 スマホの画面を見ると息子の学校の名前が表示されている。家の電話ではなく、スマホにかかって来るということは何か緊急の要件だろうか?


「ちょっとすみません」


 ひな先生に断りを入れて電話に出る。





 電話で聞かされたのは天成が病院に運ばれたという事実であった。


「すみません、ひな先生。 息子が病院に運ばれたらしくて今すぐ行かないといけなくなってしまいました」


「え!? 天成くん大丈夫なんですか!?」


 ひな先生が驚く。自分よりも驚いている人を見ると冷静になるというのは本当のようでその様子を見て少し落ち着く。


「はい。どうやら車と接触しそうになったけど当たることはなかったらしいです。

一応激しく転んだので精密検査を受けるために病院に行くということで」


 私も最初、息子が病院に行くことになったと聞いた時は頭が真っ白になった。けれどすぐに大事には至らなかったことを聞いたので今では落ち着きを取り戻せている。


「そうですか......大けがをしたとかでなければよかったのですが......」


 そう言って、安心したようなひな先生だったが、何かに気づいたようで口を開く。


「あの、もしよろしければ付き添っても良いですか?」

「え!?」


 ひな先生からそんな提案を受けるが、多分大事には至らなかったと聞いている分、ひな先生に付き添ってもらうのもなんか申し訳ない。

 そう思って断ろうとしたところでひな先生が付け足す。


「その買い物袋を持ったまま移動するのも大変でしょうし」


“あ、ひな先生は私のことを気づかってくれているのか”


 確かに最近は買い物に行くのが億劫になってきているで、1回で買い溜めをすることが多く、今日の荷物も重い。それにタクシーを使うにも大通りに出るまで少し歩く必要がある。

 断るべきか、お言葉に甘えるべきか。

 そんなことを考えていたらひな先生が私の手から買い物袋を取り去る。


「大丈夫ですよ。 それに私も天成くんに会いたいですし。 さぁ急いでタクシーを探しましょう」


 そう言ってひな先生が大通りの方に歩いていく。


“卒園生のためにそこまで言ってくれるなんて......”


「ありがとうございます」


 私はひな先生に感謝を告げる。

 今日のところはひな先生のお言葉に甘えさせてもらうことにする。お礼はまた今度しっかりさせてもらおう。





「あ、お母様! と、ひな先生!!」


 病院に着くと息子が私達を見つけて走って来る。受付の人が言うには検査を終えて今は結果待ちだということだった。


「こら、念のためまだ激しい動きはしちゃダメだよ!」


 そう言ってひな先生が息子に声を掛ける。話を聞いた限りでは、車と当たってもいないようなので大丈夫だとは思うが、まぁ念のために安静にしておいた方が良いだろう。ひな先生の言う通りだ。


「はーい」

「天成くんのお母さん、急にお呼びしてしまってすみません」


 東堂先生がタイミングを見て話しかけて来る。


「いえ、こちらこそありがとうございます」

「いや、お礼を言わなければならないのはこちらの方です。天成くんがいなければ大事故に繋がっているところでした。ほんと、勇敢な息子さんですね」


 東堂先生が息子を褒める。話を聞くと愛花ちゃんを助けるために車の目の前に飛び出して助けたということだったのでまぁそう見えるだろう。


“うちの息子が勇敢ねぇ......”


 そう思って息子を見ると、胸を張って自慢気な様子で立っていた。


「大丈夫だよ! 僕しか気付いてなくて助けなきゃって思ったし!

 それにもしかしたら僕も転生するかもしれないし!」


 そう言って息子が笑う。私もそんな息子にとりあえず笑い返す。

 今は息子の意志を汲んでおこうと考えて。




 30分ほど経った後、検査も無事何もなかったということで私達は帰っても良いということになった。

 それまでの間に愛花ちゃんとそのお母さんがお礼を言いに来たり、息子とひな先生との感動の再開があったりと、いろいろな事があった。特に愛花ちゃんのお母さんからは目に涙を浮かべながらお礼を言ってくるので私達2人ともたじたじだった。


 息子も愛花ちゃんから直接お礼を言われた上、転んだ時にできた傷を心配されていたのだが、


『全然大丈夫だから安心して良いよ!』


 と元気に返していた。



 そんなこんなで息子と病院を出る直前、少し離れた所でひな先生と東堂先生が話しているのを見つける。


「へー、あの2人知り合いだったんだ......」


 私がボソッと呟くとそれを聞いた息子が、


「なんかね、幼馴染だったらしいよ」


 と返してくれる。私はそれを聞いてもう1度先生達を見る。そして確信する。


“あれはただの幼馴染の間柄じゃないな......”


 女としての勘がそう告げている。絶対何かあると。


“ひな先生へのお礼はもう少し経ってから直接渡しに行こうかな!”


『どんな間柄なのか聞いてみたい』

 そんな邪な気持ちを持って恩返しをしようとするダメな大人がそこにはいた。

 でもしょうがないね。作家として好奇心は財産なのだから......




 家までは病院の前でタクシーを捕まえて帰った。私の身体もそうだし、息子も疲れているだろうと思ったからだ。

 病院の前では買い物袋を持つということで息子の方から声を掛けてきて、その後も何かと話してきていた。でもタクシーに乗って家が近づいて来ると、息子の口数も段々と減っていった。



「ただいまー」

「......」

 誰もいない家に私の声だけが響く。

 息子は玄関に入ると無言のまま買い物袋を置いた。



 私はそれを確認して、息子を抱きしめた。


「もう我慢しなくて大丈夫だよ?」


 私はできる限り優しい声を心掛けて声を出す。膨らんだお腹に負担を掛けないように優しく、それでいて力強く息子の身体を抱く。


「よくがんばったね」

「......!!」


 すると、息子も今まで抑えていた感情をさらけ出すように声を出す。


「お母さん......ぼく、怖かった......」


 私の肩が濡れていくのが分かる。でもそんなことはどうでもいい。

 息子の頭を撫で続ける。



 友達を助けてそれでいて笑っている息子は確かに勇敢に見えたことだろう。


 でも、冷静になれば分かる。息子はまだ6歳だ。

 自分から車の前に飛び出すなんて怖いに決まってる。そこに死の危険があったことを知ったら尚更だ。たとえその後が無事だったからといってその恐怖が消える訳がないのだ。


 息子は強い子に育ったと思う。

 命を賭けて友達を助けたこともそうだが、なにより。

 外にいる時1度も弱音を吐かなかった。


 それは息子が分かっていたからだ。

 今泣いたら先生達に心配をかけてしまうことを。

 そして何より、助けられた愛花ちゃんが責任を感じてしまうことを。


 自分の気持ちを押し殺してまで友達のことを案じることができる息子は、本当に強い子だ。そう私は思う。



「ぼく、もっと強くなる......」


 息子はかすれた声で私に告げる。


「友達も弟も守って、それでいて当然のように立っていられるくらい、強いお兄ちゃんになる」

「うん、そうだね」


 私は友達の命を救った息子を、そしてその後も友達を気遣ってあげられる優しい息子を誇りに思う。

 でも息子はまた、ずっと先を見据えている。

 ここで止まらず、もっともっと成長していくつもりでいる。


 きっと私なんかが思っているよりもどんどん成長していくのだろう。


“でも、寂しくなんてなったりしないよ”


 だって。私の目の届かない所であっても、手の届かない所であっても。

 自然に、自由気ままに成長していく。

 それが“天成”なのだから。




 私はその後も息子が泣き止むまでずっと抱きしめていた。

 今日流した涙もまた、息子の成長の糧になるのだと信じながら。



~第2章 学校入学編 完。


21話より

第3章 子ども達の成長編 開始~

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