2章 第19話 人助け


「先生、時間取ってもらってありがとうございます」

「いや、いいんだよ。 みんなの悩みを聞くのも先生の仕事の内だからね」


 学校の相談室で天成くんと向き合う。

 東堂雅人は教員人生2年目にして初めて子どもから相談を受けていた。これは喜んでも良いのだろうか。


「天成くんが相談したいことはなんとなく分かるよ」

「そうですか......やっぱり先生には分かるんですね」

「伊達に先生をやってないからね」


 天成くんが尊敬の目で見てくる。その期待に応えるべく、俺は天成くんの悩みを当ててやる。


「ずばり、恋の悩み......だね?」


 天成くんの目が失望で埋め尽くされる。


「あの、すみません。 やっぱ相談するのやめとこうかな......」

「冗談だから! 愛花ちゃんのことだよね?」


 天成くんが席を立とうとするのを慌ててひき止める。最近の子は決断が早すぎやしないだろうか。


「まぁ、そうですよね。 先生も恋の相談されたところで困りますもんね」


 天成くんが笑顔でそんなこと言ってくる。小学生のオブラートは薄すぎるのでけっこうなダメージを受ける。ここらで1回くらい威厳を回復しといた方がいいんじゃないだろうか。


「天成くん。 先生だって恋をしていたことはあったんだよ。 そう、あれは先生が天成くんと同じ6歳のころ......」

「あ、僕の相談聞いてもらっていいですか?」


 天成くんが心無い言葉で俺の言葉を遮って来る。まぁ、この恋は6歳から今まで続いているので話せば長くなる。まことに遺憾ではあるが遮るのが大正解だ。


「うん、そうだったね。 で、愛花ちゃんがどうしたのかな?」


 なんとなく話は分かっているが、相談の内容をこちらから決めつけてしまうのも良くないだろう。天成くんの言葉を待つ。


「はい。 多分なんですが、僕は愛花ちゃんに嫌われているんじゃないかって......」


“へー。愛花ちゃんが突っかかって来るのをどうにかしてほしいっていう相談じゃないんだな”


 思っていたのと違い、少し感心する。

 天成くんは愛花ちゃんをどうにかできれば良いと思っている訳ではないらしく、愛花ちゃんからの評価を気にしているらしい。


「愛花ちゃんは天成くんが3人と付き合っているのが気に食わないだけで、嫌っている訳ではないんじゃないかな?」


 あくまでも天成くんと愛花ちゃんの口喧嘩は3股が原因で起こることが多い。そう考えると、単純に嫌われているという訳ではなさそうだと俺は思う。


「でも、愛花ちゃんはたっくんとは楽しそうに話してるし......」

「あー......」


 それは俺も不思議に思っていたので共感する。


 愛花ちゃんはなぜか天成くんの3股には突っかかっていくのに、9股しているたっくんとは普通に話す。

 いや、というより俺の目が正しければ......


“あの愛花ちゃんの目。 恋してる女の子の目なんだよなぁ......”


 交際経験のない俺でも分かるくらい、たっくんと話す時だけやけに愛花ちゃんの声は明るい。そういえば今日もたっくんに群がる女子の中にいる愛花ちゃんを目撃している。広がって周りの迷惑になっていたので注意したが。


“いやもうたっくん何者なんだよ”


 もうそんな気持ちしか湧かない。もはや何かしらの特殊能力でも持っていると言われた方が納得するだろう。


「多分、天成くんが嫌われているというより、たっくんが特別なんじゃないかな......?」


 やんわりした表現で言葉を返す。すると、天成くんも、


「あぁ、確かにそうかも......」


 と、やけに納得のいったような返事を返す。たっくんがモテることは古い付き合いの天成くんが1番知っているのだろう。天成くんが困った顔でこちらを見てくるので見返す。


“不思議だよね”

“不思議ですね”


 無言で見つめ合っているのになんとなくお互いの思ったことが分かる。これが子どもと心を通わせるということなのだろうか。


「僕、これからどうしたらいいでしょうか」


 天成くんが正気を取り戻して、改めて相談して来る。そしてそのまま真剣な声で続ける。


「最近思うんです。

もし、このまま関係性が改善しないならいっそ距離を取った方がいいんじゃないかって」


 天成くんの質問に俺は言葉を詰まらせる。

 こんな時俺はどう答えれば良いのだろうか。こんな風に面と向かって子どもから相談されたのが初めてで正解が分からない。


 俺が憧れた先生はいつも正面から生徒とぶつかり、そして最終的には生徒を正しい方向へと導いていた。今になって思えば、きっと相談された時から、先生には落としどころが見えていたんじゃないだろうか。


“俺もそんな先生のようにならなきゃ......”


 そう考えた俺は、天成くんを見る。そして気付く。


“いや......

 天成くんが質問しているのは俺が憧れた先生じゃない。

 俺じゃないか”


 俺は一昨年、生徒の信頼を得られず失敗した。でも、その理由も今なら分かる。

 俺がやっていたことはただ、憧れた先生の真似事だ。

 生徒に話していたのは1度だって俺の言葉じゃなかったんじゃないか?


“きっとそれじゃダメなんだ”


 俺は正直に自分の悩みを教えてくれた天成くんを改めて見る。

 子どもが素直な気持ちで話してくれているのに、俺が他人の真似をして助言を与えるのは違うだろう。

 きっと俺は、俺の言葉を話せば良いのだ。そして自分の言葉に責任を持って、最後まで子どもの悩みと付き合っていく。

 それで間違えたのだとしたら、きっと後悔もしないんじゃないだろうか。


「天成くん、俺はまだまだ未熟で正解なんて分からない

 でも、だからこそ正直な気持ちを話そうと思う」


 俺は言葉を続ける。


「俺は天成くんに逃げてほしくない。

厳しいことを言うようかもしれないけれどそれが本心だ」


 子どもと向き合うと決めた俺は、天成くんに思いの丈を話す。


「俺は一昨年、生徒と話をするのに自分の気持ちを正直に話すことができなくて、関係がうまくいかなかった。そしてそんな自分に嫌気が差して中途半端な気持ちでいろいろなことから逃げ出した。

 でも、その先には何もなかった。ただ虚しさしかなかった」


 そう、これは一昨年苦悩を経験したからこそ言える。“俺の言葉”だ。


「俺は天成くんに俺と同じ道を歩んでほしくない。

 だからこそ、願うのはただ1つ。

 天成くんは最後まで愛花ちゃんと向き合ってほしい」


「先生......」


 そして、最後に笑いながら付け足す。


「もしそれで改善しなかったらまた相談に乗るよ。だから一緒にがんばってみないかな?」

「先生厳しいですね」


 天成くんは苦笑いをする。厳しいことを言い過ぎたろうか。


「でもありがとうございます。 こんなに温かい言葉をくれたの、お母さんとひな先生くらいです」

「え、ひな先生?」


 名前に心当たりのある俺はその言葉に驚く。


「はい、幼稚園の頃の先生です」


 ひな姉はこの近くで幼稚園の先生として働いていると聞いている。そんなにありふれた名前ではないので、きっと幼馴染のひな姉なんじゃないかと思う。


「ありがとうございました! 先生のおかげでもう少しがんばってみようかなって思えました」


 そう言って、天成くんは席を立つ。


「じゃあ、そろそろ時間も遅くなってきたので帰りますね」

「あ、じゃあ校門まで送っていくよ」


 ひな姉のことも確かめたい気持ちもあったので、そう言って帰ろうとする天成くんに付いて行った。




 それから校門に着くまで、天成くんの幼稚園の頃の話を聞いた。

 結論から言うと、天成くんの担当だった先生の名前は相生ひな、俺の思ってたひな姉と同一人物だった。


「先生とひな先生は幼馴染だったんだよ」

「へぇ、世間は狭いですね」


 感心したように天成くんは言う。

 と、そんな会話そしていたところでもう校門に来ていたことに気付く。


「じゃあ、先生さようなら!」

「はい、さようなら! また明日ね!」


 そう言って学校沿いを小走りに帰っていく天成くんを見守る。


“ん?”


 そこで気付く。ちょうどさっき校門を出たところだったのだろう。ちょうど天成くんのいる位置の反対側の歩道で同じようにたっくんと女の子たちの集団が帰っていた。ただ周りにいる女の子が多いのが問題なのだろう。女の子の1人が車道にはみ出している。


「おーい! 危ないから広がって歩かないようになー!」


 俺は大きな声でたっくんの方に注意を飛ばす。すると車道にはみ出ていた女の子が驚いたように振り向いた。


“あ、愛花ちゃんだ”


 噂をすれば、近くにいるもんだ......とそんなの呑気なこと考えている場合ではなかったことにその直後気付く。


“え!?”


 慌てて振り向いた愛花ちゃんはそれでもたっくんに置いていかれたくはなかったのだろう。そのまま後ろ歩きをしようとしたところで足が引っかかる。そしてそれに釣られるようにバランスを崩す

 ......車道の方向に向かって。


「おい! あぶない!」


 俺は声をあげ、慌てて近寄ろうとする。するといや応なしに気付く。俺の横を追い抜いて愛花ちゃんの方に向かう車に。


“え、これやばくないか?”


 咄嗟に車の先を見る。するとそこには愛花ちゃんに向かって走っていく天成くんが見えた。


―キキーッ!


 劈くような車のブレーキ音がそこら中に響き渡る。車は愛花ちゃんがいた位置を避けるように変な方向に車体を傾けながら止まった。


“え......”


 車の陰になって見えなかった部分が視界に入る。



 ......そこには天成くんと愛花ちゃん、2人の子どもが転がっていた。

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