2章 第15話 先生

「先生彼女いないでしょー?」

「うんまぁ......いないよ?」

「やっぱり―! 顔はそんなに悪くないのにね!」

「おいおい......」



 こんな会話は誰しもが1回は聞いたことがあるのではないだろうか。先生が自己紹介をする際によくある質疑応答である。

 この質問、先生によってはプライベートだからNGというような答えをするかもしれない。しかし、俺は別に構わない。どちらかというと、何も質問をされない方が寂しくなって死んじゃうだろう。だから不躾な質問だろうが俺的には何も問題はない。

 ないのだが、唯一、心配があるとすれば、


“お前ら本当に6歳か?”


 この質問が小学1年生から出ていることだろう。




 時間は少し巻き戻り、自己紹介の最初の場面。

 俺は黒板に大きく“東堂雅人”と書き、みんなの方に振り返る。


「先生の名前は“とうどうまさと”と言います。 みんなよろしくね!」

「「「よろしくおねがいします!」」」


 みんなの反応がよく、少し安心する。この1番最初の挨拶で冷たい態度を取られたら、これからの学級経営の失敗に繋がりかねない。ソースは一昨年の俺だ。


「みんなも1年生で今年から入学だろうけど、先生もこの学校で仕事をするのは1年目です。分からないこともたくさんあるだろうけど、そういう時は一緒に学んで、成長していこうね!」


 俺は昨日寝ないで考えた台詞をスラスラと話していく。みんなもよく聞いてくれているので良い感じだ。

 この初対面の場面でミスをしないように俺は去年からずっと作戦を考えてきた。

 そう。今がその成果を見せつける時だ。


「といっても、実は先生この学校に始めて来たのが最近ではありません! どうしてか分かるかな?」


 小学生の心を掴む作戦その1、クイズ!

 小学生であればこれに食いつかない子はおらず、おのずと答えを考えてしまうだろう。そしてその間は答えを考えているようで、その実、俺の遍歴を考えることに繋がる。そう、自然と俺を意識してしまうのである。


「難しいかなぁ。じゃあ最初のヒントを......」

「先生がこの学校の卒業生だからですか?」


“な......早すぎる......!”


「よ、よく分かったね。正解です!」

「「おー!」」


 みんなが声を上げる。


“いや、早すぎるだろ。こちとら第3ヒントまで用意してるんだぞ!”


 このクイズで5分は持たせるはずだったのに、現実では5秒も持たなかった。

 俺は、真っ先に答えを出した児童の名前を見る。


『若葉天成』


“やっぱりこの子か......”


 このクラスを任される際に注意した方が良いと他の先生に忠告された児童。悪い子ではないのだが、成長が早い分要注意だという。この子の頭脳がクラスをまとめる方に働くか、壊す方に働くかで、天使にも悪魔にも化ける......ということだった。


「じゃあ、第2問に移ろうかなぁ」


 俺は意識を切り替える。用意した質問をあっさり答えられるなんていうことは授業でもよくあることだ。幸いまだ問題は用意している。


「先生がやっているスポーツはどれでしょうか?

 ①野球 ②サッカー ③卓球 ④ゴルフ」


 小学生の心を掴む作戦その2、スポーツ!

 小学生への話題で間違いがないのがスポーツ。男子からは同じようにスポーツをやっている子から共感を得られると共に、女子からは尊敬の目で見られる一石二鳥の作戦。この話題さえ降っておけば触りとしては問題ないだろう。


「はい!」


 俺は声を上げた女の子の名前を名簿で確認する。


『上野愛花』


 この子も他の先生から注意されていた子である。この子も天成くんとは違った意味で成長が早いという話を聞いている。他の先生から聞いた話によると、天成くんが“大人びている”とすると愛花ちゃんは“ませている”ということだ......この2つに意味の違いがあるのだろうか?


「先生モテなさそうだから①と②じゃないと思う!」


“あ、なんとなく意味の違い分かった! いや違う!そういう問題じゃないんだよ!”


ただ言っていることは間違っていないので、内心冷や汗を流しながら、「それはどうかな~」とごまかす。


「右手の甲だけ日焼けした跡があるからゴルフじゃないですか?」

“いや、お前は何で分かるんだよ! シャーロックホームズか!”


 心の中で天成くんにツッコむ。こいつら本当に小1か。言動がおかしくないか。


「正解だねぇ......」


 と言いながら、もうダメかもしれないと心の中で思う。もうどんなクイズを出しても即答される気しかしない。


「じゃあ、次はー......」


“仕方ない。この手はあまり使いたくなかったが......”


 主導権を握り続けることを諦めた俺は最終手段に手を出す。


「質問タイムにしようか! 質問してくれればなんでも答えるよ!」


 小学生の心を掴む作戦その3、丸投げ!

 もはや子どもたちが気になる話を聞いてもらえば確実に盛り上がるよね!

 そしてNGなしで全て正直に答えることによって、みんなに心を開いていることをアピールする。完璧な作戦だ。

 

「じゃあ、質問ある人―?」





......そして、冒頭のシーンに戻る。


「彼女作りたいんだったらまず髪の毛を整えた方がいいかなー......」


「ほ、他に質問ある人いるかなー?」


 愛花ちゃんが引き続き助言をくれているのを流して、他の質問を募集する......一応そのアドバイスを心にメモして。

 そこからは怒涛の質問ラッシュが幕を開けた......


 いや、主に質問していたのは2人だけだが。


例1

「先生は生まれ変わりって信じますか?」

「え!?......まぁあってもおかしくはないかなって思うよ?」

「そうですよね! 僕もそう思います!」


“え、宗教? なんか怖い......”



例2

「はい、先生はペット飼ってるの?」

「ペットは飼ってないよ!」

「ペット飼うと彼女できなくなるからやめた方がいいよ!」


“うるさいよ! 余計なお世話だよ!”



例3

「はい、先生はなんか能力持ってますか?」

「えーっと、間違い探しを見つけるのがめちゃくちゃ早いよ?」

「あ......はい。すごいですね!」


“え、気を使われた? ごめん、求めてた答えが分からなかったよ......”



例4

「先生料理するのー?」

「なかなか一人暮らしだと忙しくて......」

「仕事のせいにして家事を妻に任せきりにするタイプだね!」


“うるさい......て言いたいけどちょっと耳が痛いよ!”



 天成くんと愛花ちゃんが交互に質問して来るので、それに答えていく。


 好きな食べ物、好きな色、その他もろもろ。何を質問されてもいいように、理由まで含めて完璧に答えられるように準備してきた。


 それなのに......


“全然思ってたのと違う! もっとかわいらしい質問来ないの!?”


 想定の範囲外から質問され、想定の範囲外へと話が流れていく。

 俺の脳はもうすでにパンクしそうだった。


“もう、無理だ! これ以上俺の話をするのは厳しい!”


 そう考えた俺は、ついに禁じ手に手を出す......



「じゃあ、今度はみんなに自己紹介してもらおうかな?」


 俺は逃げた。これ以上質問という名の爆弾が降ってくるのを恐れたのだ。

 情けないと笑いたければ笑えばいい。

 これは戦略的撤退だ。



「じゃあ、1番から」

「はい!」


 俺はすでにやり遂げモードだ。あとはみんなの自己紹介を聞いていれば今日は終わる。



 ......そう、完全に油断していた。


「青山未来です! 少し恥ずかしいんですが、天成くんの彼女の1人です......!」



 あ、そっかぁ。


“爆弾って降り注ぐだけとは限らないんだなぁ......”



 この時、東堂雅人は初めて踏み抜いた地雷の感覚をゆっくり噛み締めるのであった。


 ......まだ、これがほんの序章とも知らずに。

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