2章 第13話 卒業

 卒業。

 なろう系かどうかに関わらず、物語において登場し、必ず節目となる大切な儀式である。この儀式が行われることによって、登場人物の日常生活における周囲の人間関係や生活環境ががらりと変わることになる。


 この卒業という儀式。大抵のなろう系作品ではテコ入れとして使われることが多い。


 なろう系作者が大好物な設定の1つに学園編がある。特に主人公が転生した際には成長の過程で必ず入るといっても過言ではない。

ではなぜこの学園編という章がよく使われるのか。

 まず1つ目には、作者や読者が少なからず学校生活というものを経験しているため共感を得やすいことが挙げられる。

 また、2つ目には限られた範囲で舞台設定をすることによって、より物語が分かりやすくなることが挙げられる。学園の中という小さなくくりを用意すれば、主人公がその中で最強であるという状態を作りやすいし、もしもそれ以上に強い相手を用意したければ学園の外から登場させればよい。要するに力関係の基準を作りやすいのである。


 しかし、この学園編登場するのは良いのだが、ほとんどの作者が途中でこう思うのだ。

“飽きた。 これあと5年とか続けるの無理じゃない? というかバレンタインあと5回もやるの流石に面倒じゃない?”


 と。


 その結果、学園編最初の方は大切に大切に進め1年間を何十話とかけて行ったわりに、残りの数年間はダイジェストにして終わらせたり、そもそも学園を爆破するなりして学園編を無理やり終わらせるということが多々起こる。


 まぁ、何が言いたいかというと、そういう長々と学園編を描くのが嫌になった作者が唐突に題名を『卒業』にして、主人公達を新たなステージに進めてテコ入れするということは、なろう系にとっては日常茶飯事なのである。




 卒園式当日。

 前で卒園生代表として話す、天成の声がホールに響く。最初この打診を受けた時は、あまり園児らしくない息子を代表にするのもどうかと思ったのだけれど、

『天成くんが1番しっかりしていますし、それに園のみんなも天成くんが良いって』

と言ってくれたひな先生の言葉と、それに釣られてやる気を出している息子を見たらNOとも言えなかった。


“それにしても、”


「これまで、僕達を温かく見守ってくださった地域の方々、それに......」


“もはや中学校の答辞なんだよなぁ”


 改めて、息子の幼稚園らしくなさを実感する。

 周りのお父さんお母さんを見ると、うちの息子を知らない人も多かったのだろう。まるで幼稚園児感のない息子に、感動よりも動揺が勝っており、ほんのりざわざわしている。


“大丈夫ですよ。 あなたたちの息子さんや娘さんの成長速度が正常ですよ”


 うちの息子が異常なんです。

 だが私はそんな幼稚園児らしくない言葉を言う息子に驚いたりはしない。なぜなら、


“最初の方は、『下剋上勇者の天下統一』の魔法学園卒業シーン、後半は『生まれつき弱小ステータスの俺が最強になる10の法則』の傭兵学校の卒業シーンから取ってるな”


 息子と同じものを読んできたからこそ分かる引用元。まぁこのくらいは許されることだろう。

 それに、なんといっても


“どんな言葉でも、立派に前で話ができている息子は誇らしいからね!”


 私は確信する。最前列で今も回しているこのビデオは絶対永久保存になる。





「てんせいくん、小学校上がっても元気でね!」

「ありがとう、みーちゃん! 卒園してもま連絡するからね!」

「わたしも連絡するよ!」

「わたしも!」


 卒園式が終わり、息子が友達との最後の別れを惜しむ。

 それもそうだろう。なろう系を読んでいる息子であれば、卒業=別れの儀式であるイメージは十分にあるはずだ。

 そんな中、私は、


“息子の彼女はあの女の子たちかぁ”


 本当に女子3人から囲まれている息子を見て、そんなどうしようもないことを考えるのであった。


 いや、そんなことより、


「天成! ひな先生とのお別れはしたのー?」

「まだー! 今からみんなで行く!」


 そう言ってひな先生のところへ4人で歩いていく。そう、お友達との別れはそんなに大切ではない。大切なのはひな先生だ。



 私は少し離れたところから息子たちの話を聞く。するとひな先生の言葉が聞こえる。


「違うの! たっくんのは浮気とかじゃ......いやそもそも天成くんのも違うんだけど......」


“え!? 何の話してるのひな先生!!?”


 ひな先生ってやっぱり変人なのだろうか。

 少し心配になったので私が話している息子たちの方に近づくと、ひな先生もこっちに気づいたようで近づいて来る。


「ご卒園、おめでとうございます」

「いえ、こちらこそ2年間本当にありがとうございました」


 私は最大限の敬意を込めてお礼を言う。


「いや、私なんて。 結局天成くんのことを天成くんのお母さんほど理解してあげることも出来なかったですし」

「いえ、理解しようとし続けてくれたのが嬉しいんです。 だからこそ息子もひな先生のことを信用していたんだと思いますよ」


 2年前、息子を幼稚園に通わせ始めた時、家で待っている私の胸は不安でいっぱいだった。頭がよく、他の園児とは変わった息子が幼稚園に馴染めるとは思わなかったからだ。もしかしたらいじめられるかもしれない。他の子と遊べないかもしれない。そんなネガティブなことばかり考えていた。

 でも幼稚園に迎えに行った時、息子がひな先生のことを、そして先生も含めてみんなで楽しく遊んだことを話してくれてたのを聞いて、とても安心したのを覚えている。そして、ひな先生とそこで初めて会い、この人なら信用して預けようと思ったのだ。


「いえ、そんな......」


 ひな先生の声が少し掠れる。


「ひな先生! 今までありがとうございました! また遊びに来ますから、その時はまたおままごとしましょうね!」


 天成もひな先生に別れの挨拶を告げる。

 もう会わないということはないだろうけど、一緒に話すという機会はもう数えるほどしかないかもしれない。


「うん。 天成くんも元気でね! 何かあったらいつでも遊びに来ていいからね!」


 ひな先生が笑って息子の頭を撫でる。


“良い先生に出会えて本当に良かったな”


 泣きそうなのを堪えながらも、笑顔で送ろうとする彼女のことをきっと息子も忘れないだろう。





「ぐすん......」

 帰り道、幼稚園では泣く様子の無かった息子も、幼稚園を離れてから急に寂しくなったのだろうか。涙を流していた。


「ほら、涙拭きな」


 私はハンカチを取り出し息子の涙を拭く。息子にとっては初めての大きな別れだろうから、泣いてしまうのもしょうがないかもしれない。それに、


「だって、もうひな先生も、たっくんもかなちゃんもしぃちゃんもみーちゃんもなかなか会えなくなっちゃうんだよ......」


 息子が涙声で答える。そんな答えを聞いて私は思う。


“やっぱりか......”


 やはり、息子は勘違いをしている。私は今まで言い出しづらかったことを口にする。


「そうだね。ひな先生とは会えなくなるかもね......」


 私はそう答えながらも息子の勘違いを直す。


「でもね、」


 これは息子にとっては良い情報だろうか。


「他の子は同じ小学校に上がるからいつでも会えるよ?」

「え!?」


 あんだけ感動の別れをしていたから言い辛かったのだが、ほとんどの子は同じ小学校に上がるので今生の別れということではない。

 あんな別れをした手前恥ずかしいという気持ちと、また会えることが嬉しいという気持ちが相まって複雑な表情になる息子。



 卒業したからといって必ずしも環境が大きく変わるとは限らない。

 なろう系と現実の違いをまた1つ知った息子であった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る