2章 第12話 恋
「ほんと男って単純な人が多いよねー」
「そ、そうだねぇ」
私の左、快活な声で語られる男についての持論に私は当たり障りのない返事を返す。
「まぁ、相手のことをなんでも理解したいっていう女はそういう男の方がいいんじゃないかな?」
「確かにそ......そうかもねぇ......」
私の前、冷静な声で語られるそんな男の需要に関する分析に私は口籠りながら返す。
『男が幼稚園児みたいに分かりやすいかったらなぁ』なんてことを思ったことがある私には耳が痛い。
「恋愛なんてお互いの"未知"を"既知"に変えていく過程を言うのにね」
「ふ、深いねぇ......」
私の右、ロマンチックに語られる恋愛の定義に私は感嘆の声を返す。
とりあえず相槌を打っているが、もうすでに私の付いていける恋愛談議を超えている。
私は手遅れになる前にこの話題に終止符を打つため、3人に声を掛ける。
「はい、みーちゃん、かなちゃん、しぃちゃん。
もうお昼寝の時間だから寝ましょうねー」
「「「はーい」」」
こうして私、相生ひなは『第23回 てんせいくんを囲む定例会(女子会)』を抜け出すことに成功したのだった。
「ははは! それはおもしろいですね!」
「おもしろくないですよ......」
私が見舞われた悲劇を聞いて笑うこの男性は、山中颯。
私よりも2個年上で、今年で26歳のはずなのだが、童顔のせいかまだ学生に見える。いや、童顔ということを除いても人懐っこく笑い、無邪気に人と関わるその様子はとても26には思えない。そして、その子供っぽい仕草のせいかこの幼稚園で3本の指に入るくらいモテる。
「でも、ひな先生は本気で天成くん狙っているんですか?」
「だから、誤解だって言っているじゃないですか」
私がかなちゃん達に、天成くんのことは誤解で何とも思っていないと伝えると、かなちゃん達は3人で集まりボソボソと緊急会議を始めた。小さい声だったので全ての内容は聞き取れなかったのだが、
『隠してるつもりなのかな......』
『きっと照れ隠しで......』
『そういうオトシゴロだから......』
などと聞こえ、最終的には
『大丈夫! ひな先生の気持ちは伝わってるからまたお話しようね!』
と言われたのだった。
“そういうオトシゴロって何だ! 普通この歳だったら酸いも甘いも知っているよ! いや私は知らないけど!!”
虚しくなるので口には出さない。こうして私は定例会という名の雑談会に参加することとなったのである。
「ははは。 分かってますよ。 幼稚園生に本気になってたら大問題ですからね!」
颯太生がにこやかに釘を差してくる。
“もしかして、幼稚園生相手に嫉妬?”
そんなことを考えてすぐに否定する。周りにいる男が少ないからって誰彼構わずそんなこと考えてたらダメだろう。私はそんな考えを振り払うように首を振った。
「ひな先生、一緒にあそぼ―!」
お昼寝が終わったみーちゃん含めた3人が遊びに誘ってくる。みーちゃん達の後ろには天成くんも付いてきていた。
『先生だけのけ者にするのも悪いと思って!』
かなちゃんが私に近付きこっそり耳打ちしてくる。
私はそれを聞いて、
“勘違いはどうあれ、すっごい良い子なんだよなぁ”
などと思う。
みんなで天成くんを囲むと決めたらちゃんとみんなで囲む。一夫多妻な関係が良いか悪いかはさておき、人として間違った方向に進んでいないことに安心する。
「それとも忙しいですか」
天成くんが心配そうに聞いてくる。
「遊んできていいですよ。 ここは自分が見ていますので。 それに卒園したらみんなと遊べなくなりますからね」
颯先生から優しい言葉がかかる。それならお言葉に甘えさせていただくとしよう。
「ありがとうございます。 じゃあ遊ぼうか!」
その言葉を聞いて喜んだ4人が教室に向かって歩きはじめたので私も付いて行く。目的地が決まっているということはきっと遊ぶ内容も決まっているのだろう。
「それで何して遊ぶの?」
「おままごとだよ」
私がそう聞くと、しぃちゃんが答えてくれる。
「私、シンデレラ役なんだ!」
みーちゃんが嬉しそうに話しかけてくる。おままごとにシンデレラ役......?とは思ったけれど多分、演劇に近いものなのだろう。
「そうなんだ! 他のみんなは何役なの?」
私が聞くとみんなが次々とみんなが答えてくれる。
「私はパワハラに悩まされるOLの役」
「私は捕らわれの姫を」
「僕はタイムリープする勇者です」
「ちょっと世界観カオス過ぎない!?」
ギリ世界観が合っているのが、かなちゃんの姫と天成くんの勇者くらいじゃない? というかしぃちゃんのOLだけ現代に生きているのは何??
これが個性を重視した現代社会の教育方針の結果なのだろうか。各々楽しく遊べればいいのだけれど、そもそもこの世界観を合わせることすら難しい。
「それで、先生の役なのですが......」
天成くんが遠慮気味に言ってくる。
「シンデレラに意地悪しながら、会社の部下にパワハラをして、姫を誘拐する魔王の役をお願いしたくて......」
「私、大悪党じゃない!!」
私がこのおままごとの要だったらしい。全ての世界観を繋げられるかは、全て私にかかっていた。
“これいけるのか? 私?”
なんか責任重大な気がして不安になってくる。しかし、その時に思い出したのは幼馴染との会話だった。
『なんだか、ひな姉の演技は感情を揺さぶられるんだよなぁ......
大丈夫絶対次の舞台もうまくいくよ!』
『ほんと? ありがとまーくん!』
『まーくんはやめろって言ってるだろ! もう子どもじゃないんだし......』
私が高校1年で演劇部の公演の主役を任された時、勇気付けられた会話だ。
“よし、久しぶりに演劇部としての本気を見せるか!”
かつての演劇部の血が騒ぐ。
それに、先ほど颯先生も言っていたことも心に残っている。
“これでみんなとおままごとするのも最後かもしれないんだよなぁ”
もうすぐみんな卒園して、小学校に上がっていくだろう。
家は近いので近所でばったり会うことはあるかもしれない。でも、一緒に遊ぶとなるとそうはいかない。卒園したらもう遊ぶことはないだろう。
“悔いのないように今のうちに遊んでおかないとね!”
今宵の私は燃えている。
今の私ならどんな役だってこなせるような気がした。
「ひな先生さようならー!」
「はい......さようならー......」
天成くんが帰ったのをみて一息つく。これで一緒に遊んでいた全員が帰ったことになる。
燃え尽きた......
全員がそれぞれ自由なことをし始めるのを私が全て管理し切った。おとぎ話と現代社会とメルヘンの世界、その全てを股にかける魔王として私は君臨し、そして最後には華々しく散った。
誰も褒めてはくれないけれど、確かにあの場を制御していたのは私であった。
私は椅子に座って疲れた体を癒す。
“私、がんばったよね? 自分を褒めてあげていいんだよね”
私が自分で自分を褒めてあげようと思ったその時、
「僕は見てましたよ、ひな先生。 ひな先生がいたからこそあの場はうまく収まっていました。 よく頑張りましたね」
後ろからそんな声が聞こえ、肩に手を置かれる。
“私のがんばりを見ていてくれた人がいたんだ!”
私は胸がときめく。誰だってそうだろう。自分のがんばりを認めてもらえる人がいたらそれだけで嬉しくなってしまうものだ。
私はドキドキした胸を落ち着かせるようにそっと後ろを振り向く。
するとそこにいたのは......
「たっくん......!」
私の春が今走り出す――!!......?
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