第9話 ステータス
ステータス及びステータス魔法。
なろう系作家の良き味方であり、時たま牙を剥く敵でもある。
この役割はいくつか存在する。
まず、異世界に転移した主人公に転移した事実を分からせる。なろう系では、ステータス魔法を開くことで主人公が異世界を実感するなんて日常茶飯事である。
また、主人公や仲間の成長を明確に示す。なろう系に関わらず主人公が成長するのは熱い展開ではあるのだが、なにぶんその表現が難しい。それを数値やスキルの多さで表すことができるのはお手軽である。また、主人公の現状を明文化できるのも利点だ。
最後に相手の強さを表す。強大な敵が出てくる際、漫画などではその強さを誇示するため噛ませ役を倒させたりするものだが、なろう系ではその手間は必要ない。ステータスで圧倒的な数値を示せば良いのだから。
しかし、そんな使い勝手の良いステータスにも悪い面がある。
その最たる例が、強さ関係にごまかしが効かないことである。ステータスが強さに直結するとは限らないが、単純に数値による矛盾は発生しやすい。特に、強さのインフレが起こり加速度的に登場人物が成長していった場合、序盤に出てきた強敵が気付いた時には雑魚になっていたりするものだ。
このステータス。作家が途中で面倒になるのか、なろう系作品ではこんなことがよく起こる。
『敵の名前 Lv.∞』
なろう作家はインフレの仕方もインフレしているのだ。この場合大抵は主人公がステータスを超越した神のような存在になるのだが、その話はまた別の機会に話すとしよう。
今回はそんなステータスのお話だ。
休日。夫は友人と出掛けているので、今日は息子とお留守番である。と言っても息子は1人で遊んでいるので、今は資料の閲覧もとい読書に洒落込んでいるところだ。
「お母様この敵強い!」
息子が私に対して救難信号を出す。
息子が何で遊んでいるかというと私と夫が昔遊んでいたアクションRPG型のテレビゲームである。遠い昔に押し入れの奥にしまっていた物を、今日の朝、息子が掘り起こしたのだ。
「どれどれ」
息子に助言でもしようと思い、画面を見る。するとそこには中盤のそんなに強くない中ボスが映っていた。
"あれ? このボスそんな苦労するところだっけ?"
確かにこのボスは防御力が高く、攻撃を通すのが大変だが、その反面体力が低く設定されている。攻撃さえ通ってしまえば簡単に倒せるはずなのだが......
"いや、待てよ"
嫌な予感がして息子に声をかける。
「ちょっと主人公のステータス見せてもらっていいかな?」
「うん、いいよ」
息子が操作して出てきた画面を見る。
ていせい Lv.21
ATK:11
DEF:212
INT :13
DEX:8
AGI :9
LUK:6
嫌な予感が的中する。紛れもなくこれは......
“ステータス極振り型主人公!”
ステータス極振り型主人公。
なろう系にて一世を風靡したタイプの主人公。最初は弱いステータスだけを見て雑魚扱いされるのだが、段々と極振りしたステータスが猛威を振るい無双する。
大抵の場合、攻撃力などの使えそうな能力には極振りされず、一見使えなさそうな防御力や素早さに極振りされるパターンが多い。
"息子のキャラのステータスを見るとDEF......防御力だけ異様に高い"
きっとLv.21に上がるまでで得たポイントを防御力に全て振ったのだろう。どうりで防御が固いボスを倒せない訳だ。
アクション部分のプレイングに大分左右されるゲームではあるが、大前提、そんな貧相な攻撃力じゃボスにダメージが入る訳がない。
"逆によくここまで進めてこれたな息子よ"
私は少し誇りに思う。
そして、考える。
もしかしたら彼は防御力というステータスに魅力を感じ、そこにこのゲームの全てを賭けようと決めたのかもしれない......と。
そのためであればきっと、その道がどんなに困難であろうとも、突き進むことに決めたのではないか......と。
ならば私がやってやれる事はただ1つ。
“プライドの突き通し方を教えてあげるのみ!”
「そんな攻撃力じゃ何度攻撃してもその敵は倒せないよ」
「そんな......」
息子の表情が絶望に染まる。だが、私はそこで言葉を止めたりはしない。
「でも、安心して。 たとえ攻撃力が低くても倒す方法はあるから」
「お母様!」
息子が希望を見つけたような表情で私を見る。そうだろう。私もこれを見つけた時ははるか高くの穴から垂れ下がる蜘蛛の糸を見つけた思いだった。
「まずは1つ前のダンジョンに戻って」
「うん!」
「そこの地下室でしか出現しないダンゴムシみたいな敵がいるでしょ」
「こいつだね!」
「そいつが一定値の防御力を一時的に下げるポーションを落とす」
「なるほど! こいつを倒してそのポーションを集めればいいんだね」
「そういうこと!」
「ありがとうお母様! 僕がんばる!」
息子がアイテムを集める作業に入る。私はそれを見て満足し、また読書に戻った。
1時間後、居間には中ボスを倒して興奮する息子がいた。
「お母様! やっとボス倒せたよ!」
「うん。 ちゃんと見てたよ」
私は心の中で涙を流す。たかが中ボス。されど中ボス。息子が努力をして報われた瞬間だ。嬉しくないはずがない。
「これでやっと僕も次のダンジョンに進めるね!」
嬉しそうな声で言った息子がキャラを前に進めようとする。
「まって!」
しかし、私はそれを止めなければならなかった。
「この先はその中ボスが雑魚として登場するから、同じポーションを100個は持っておかないと次のダンジョンにはいけないよ! それにその先でも使うからもっと集めておいた方がいいかも」
通の中の通だけが知っている通称“ダンゴムシマラソン”。ダンゴムシ型の敵を倒し続けて、防御力低下のポーションを集める一通りの流れを言う。
......1時間あたり10個集まればいい方である。
「お母様......」
息子が涙声で言い私の方を向く。私にははっきりと息子の心が折れる音が聞こえた。
「そんなの全然楽しくないっ!!」
“ですよねー!”
息子にはまだ縛りプレイは早かった。
それに多分、防御力だけ上げたのも途中から引っ込みが付かなかくなって意地になっただけだろう。流石に防御力へのプライドなんてない。
私はおとなしく息子にステータスを振りなおせるアイテムの場所を教えるのであった。
夜、誰もが寝ているであろう丑三つ時、若葉家の居間では地鳴りのようなゲームの駆動音が断続的に響いていた。
Vitesse Lv.99
ATK:11
DEF:11
INT :13
DEX:8
AGI :999
LUK:6
テレビ画面に表示される文字列。ソファにはそれを見て不適な笑みを浮かべる女性。
「ふー......」
彼女は姿勢を正すと、手馴れた操作でメニュー画面を閉じ、裏ダンジョンへ入っていく。その洗練された動きは数年のブランクを感じさせないくらい無駄がなかった。
“女が踊っている”
何も知らない人間が見たらそう思うことだろう。
否。彼女は戦闘中である。
周囲には大量オーディエンス。その全てが彼女に向って一撃殺の攻撃を仕掛ける。しかし、そのどれもが命中することはなく、その内、1匹また1匹と倒れていく。
残されたのは1人の踊り子。
周りには大量のドロップアイテムが落ちているがそのどれにも目をくれず、まっすぐダンジョンを進んでいく。まるで戦闘だけを求めているように。
「ふふっ……ふふふ......」
声量抑えた不気味な女の笑い声が闇の中に溶けていく。
彼女の夜はまだ始まったばかり......
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます